タイトル未定2026/04/18 00:30
29 ○カフェ(昼)
健司と遼は、テーブルを挟んで向かい合って座っている。
間にはランチの皿と飲み物が並んでいる。
二人は同時にカウンターのほうへ目を向ける──
そこには、80歳くらいの老婦人がひとりでお茶を飲んでいる。
健司はまじまじと見つめ、顔をゆがめる。
健司「これ無理だろ。絶対イヤだ。マジ無理…。」
遼「でもさ、まずは試さないとダメだろ?」
健司「もっとマシな相手いなかったのかよ?」
遼「案外いい人かもしれないだろ?」
健司「一生恨むからな…。」
健司は深く息を吸い、覚悟を決めてゆっくり立ち上がる。
その一歩一歩が、まるで永遠みたいに重く感じられる。
老婦人は最初、健司に気づかない。
やがて顔を上げ、健司と目が合う。
健司「あの…すみません…」
老婦人は、少し驚いたようにまばたきをする。
老婦人「はい? 何かしら?」
健司は固まる。
テーブルでは、遼が身を乗り出し、小声でつぶやく。
遼「いけ…いけ…押せ…押すんだ…」
健司の手がゆっくり耳のほうへ上がり、髪に触れる。
健司「あの…ここからどうやって──」
カチッ。
隠れたボタンを押した瞬間──
健司の目の前の世界は、
すべてが闇に沈む。
30 ○見知らぬ家(昼・シミュレーション/ビジョン)
暗闇。
石川健司のまぶたが、ゆっくりと開く。
ぼやけた輪郭。
かすかな頭痛。
健司「え…? ここは…?」
視界がゆっくりと鮮明になっていく。
自分の手。
質素で整った家。
余計な物はなく、必要な物だけが置かれている。
健司「ここは… どこだ?」
振り向くと──
20代前半の、ほっそりとした美しい若い女性が立っている。
表情は穏やかだが、どこか心配そうだ。
若い女性「大丈夫? 気分はどう?」
健司「ああ…多分。
ちょっと頭が痛いだけ。」
健司はもう一度周りを見回し、戸惑いを隠せない。
健司「ここ…どこなんだ?」
若い女性「私たちの家よ。
床の拭き掃除がまだ終わってなくて…
その間、赤ちゃん見ててくれる?」
健司「…赤ちゃん?」
若い女性は隣の部屋へ消えていく。
若い女性「ええ。私たちの息子よ。」
健司(小声)「俺たち…子どもがいるのか…?」
奥の部屋から、
「ばぶばぶ…」と赤ん坊の声が聞こえてくる。
健司はその音のほうへ歩き、襖をそっと引く。
小さな布団の中で、赤ん坊が笑っている。
健司「マジかよ…。」
窓の外に目を向ける。
灰色の空と、果てしなく広がる田んぼ。
健司は外に出る。
低く響くエンジン音が、だんだん近づいてくる。
健司「なんだ、この音は?」
若い女性「飛行機よ。最近は頻繁に飛ぶの。」
健司「飛行機…?
今、何年?」
若い女性が戸口に立ち、答える。
若い女性「昭和16年。」
健司は彼女を見つめる。
健司「は…?」
若い女性「健司さん…今日はなんだか変よ。
少し休んだら?
お父さんにも言っておくわ。休んでも怒られないように。」
健司「待って…なんで俺の名前を──」
若い女性「あなた、私の夫でしょ。」
そのとき、軍服を着た二人の男が近づいてくる。
一人は包みを抱えている。
男1「ここは佐藤家で間違いないか?」
健司はためらう。
答える前に、若い女性が背後から姿を見せる。
男2「まことに遺憾ですが…
弟さんが戦死されました。」
男2は包みを差し出す。
男2(続けて)「遺品と手紙です。」
若い女性はそれを受け取り、静かに涙をこぼしながら部屋へ戻っていく。
男1「ご冥福をお祈りします。」
二人は去っていく。
健司は家に戻る。
若い女性は部屋の隅に座り、手紙を胸に抱きしめたまま、静かに泣いている。
健司はその姿を見つめ、胸の奥が重く締めつけられる。
健司(小声)「もう…十分だろ、これ…。」
彼の手が耳へ伸びる。
カチッ。
再び、闇。
31 ○カフェ(現在)
健司は固まったまま、老婦人を見つめている。
老婦人「他に、何か?」
健司「いえ、いえ…ありがとうございました。」
健司は軽く会釈し、後ずさるようにその場を離れる。
老婦人は席に戻り、ひとりごとのようにぼそっとつぶやく。
老婦人「変な若者ねぇ…。」
健司はテーブルに戻って腰を下ろす。
遼は身を乗り出し、興味津々で彼を見つめている。
遼「で? どうだった?」
健司「俺、どれくらい話してた?」
遼「えっと…三分くらい。」
健司は大きく息を吐き、こめかみを押さえる。
健司「…動いたよ。
あの人と一緒にいた…戦時中に。」
遼「嘘だろ。マジかよ?」
健司「若い頃は…普通に綺麗だった。
しかも子どもまでいた。俺、見たんだよ。」
遼はニヤリと口元をゆがめる。
遼「まだ間に合うんじゃね?
ワンチャンあるかもよ。」
健司は鋭い視線を向ける。
遼「まあ…今の彼女じゃ、
もう子どもは無理だろうけど。」
遼は吹き出しそうになって、飲み物をこぼしそうになるほど笑う。
健司「黙れよ。」
健司は黙ってランチを食べ始める。
遼はまだくくっと笑いをこらえきれず、肩を震わせている。




