タイトル未定2026/04/20 20:26
59 ○大学・ミーティングルーム(夕方・現在)
ミーティングルームには、数人の学生たちがテーブルを囲んで座っている。
資料を広げ、プロジェクトについて静かに話し合っている。
健司が静かに部屋に入ってくる。
舞がふと顔を上げ、健司に気づく。
その隣には、類がちょこんと座っている。
舞「類くん、お兄さん来たよ。」
類が振り返り、健司を見つける。
類「まだ終わってないよ。」
舞「ほら、類くん。行こ。」
類「なんでこんなに早く来たの?」
健司「お前たちが何してるのか、
ちょっと見たくてさ。
終わるまで待っててもいいよ。」
舞「大丈夫、もうすぐ終わるから。
類くん、楽しんでくれてたなら
うれしいんだけど…退屈じゃなかった?」
類「楽しかった。」
部屋の奥から声が飛んでくる。
学生「舞ー! ちょっと来てー!」
舞が振り返ると、友達が手を振って呼んでいる。
舞「ごめんね、健司くん…ちょっと行ってくるね。」
彼女が二歩ほど離れたところで──
健司「舞、待って。」
舞はぴたりと立ち止まり、再び健司のほうへ戻る。
二人は向かい合い、無言のまま見つめ合う。
健司はためらい、言葉が喉に引っかかったように出てこない。
やがて、ゆっくりと手を上げ、耳の装置に指先が触れる。
カチッ。
暗転。
60 ○空港(昼・シミュレーション/ビジョン)
搭乗ゲート前は人であふれている。
アナウンスが流れているが、どこか遠く聞こえる。
健司は舞と並んで立っている。
舞は、三歳くらいの小さな息子二人の手を握っている。
二人の子どもはガラス窓に顔を押しつけ、外の巨大な飛行機をじっと見つめている。
息子1「お父さん、見て! でっかい!」
健司はかすかに微笑む。
舞はしゃがみ込み、息子の帽子をそっと直す。
舞「また失くさないでね。」
健司はその様子を静かに見つめる。
その目はやわらかく、どこか懐かしさを含んでいる。
健司(小さく)「あと数時間で…着くな。」
子どもたちは笑いながら、小さな円を描くように走り始める。
その笑い声がゲートに広がる。
舞がふと顔を上げ、健司と目が合う。
健司は目をそらさない。
舞は恥ずかしそうにそわそわするが 、それでも微笑みをこぼす。
舞「その帽子、健司くんに似合ってる。
その色…すごくいい。」
健司は照れくさそうに笑う。
健司「ありがとう。
舞…君こそ、本当にきれいだよ。」
舞の頬が、ほんのり赤くなる。
彼女は視線を落とし、かすかに笑う。
舞「…そんなこと言わないで。
(間)
でも…ありがとう。」
空港の喧騒は遠のき、
聞こえるのは子どもたちの笑い声だけになる。
人混みの中で、二人だけが切り取られたような静かな時間を共有している。
その一瞬は、永遠のように感じられる。
61 ○古民家(夕方・シミュレーション/ビジョン)
畳。
低いちゃぶ台には、きれいに並べられた夕食が置かれている。
部屋は静かで、外からはかすかに蝉の声が聞こえる。
健司は卓につき、まだ混乱している様子だが、この穏やかな空気にどこか惹かれている。
キッチンから舞が姿を現す。
シンプルなエプロン姿で、最後の料理を丁寧に運んでくる。
彼女はそれを中央にそっと置き、健司の向かいに座って、優しく微笑む。
舞「全部、あなたの好きなものよ。今日はお腹空いてるといいけど。」
健司は瞬きをし、戸惑いながらも、心を揺さぶられる。
二人の幼い息子が、健司の両脇で正座して待っている。
手を揃えて、今にも食べたくて仕方がない様子だ。
息子1「ママ、おなかすいたー!」
舞「はいはい。じゃあ、食べよっか。」
舞は手を合わせる。
舞「いただきます。」
二人の息子も、可愛らしく真似をする。
息子2「いただきましゅ!」
健司は思わず微笑む。
食事が始まると、舞が少し照れたように、でも幸せそうな表情で彼を見る。
舞「そうだ…今日、不動産屋さんと話したの。」
健司は驚いて顔を上げる。
舞「海の近くの家、覚えてる?
あなたが気に入ってた家よ。
来年の春に空くって。 」
健司は理解が追いつかず、瞬きを繰り返す。
息子たちが彼の袖を引っ張り、指についたご飯粒を見せてくる。
息子2「パパ、見てー! べたべたー!」
健司はくすりと笑う。
舞はその姿を、あたたかい目で見守っている。
舞「あそこなら…二人にとっても、いい環境だと思う。
静かで、海も近いし…あなたの職場にも近いし。」
健司は舞を見る──
じっくりと、心で見つめる。
この生活は…
質素で、静かで、あたたかくて──
そして、愛に満ちている。
健司「舞…どうして俺なんかと一緒にいるの?」
舞は少し首をかしげる。
舞「え? どういう意味?」
少し考えてから、ふんわりと微笑む。
舞「…この生活が好きなの。
シンプルだけど、私たちだけのもの。何にも変えられない。」
息子が健司の膝によじのぼって、ぎゅっと抱きつく。
息子1「パパ、だっこー!」
健司は小さな身体を、優しく抱きしめる。
胸が痛いくなるほど、あたたかな瞬間だ。
健司と舞の視線が、再び合う。
舞は柔らかく笑う。
健司「じゃあ…俺のどこが好きなんだ?」
舞は迷わない。
舞「優しいところ。
いい人なところ。
責任感があるところ。
そして…笑わせてくれるところ 。」
健司は照れくさそうに、小さく笑う。
健司「自分はただ退屈な人間だと思ってた 。」
少し間を置き、声を落とす。
健司「じゃあ、もう一つだけ。
舞…
俺といて、幸せ?」
舞の笑顔が、いっそう柔らかくなる。
瞳がほんのり光り、優しさがあふれる。
舞「もちろん。
子どもたちもいて…
あなたがいて…
私は、本当に幸せよ。」
健司は彼女を見つめる。
胸がいっぱいになり、その表情に静かな光が宿る。
二人の間に流れる沈黙は、
空っぽではなく、満ちている。
62 ○公園(昼・シミュレーション/ビジョン)
やわらかな陽ざしの下、広い芝生がどこまでも続いている。
赤いボールが草の上をポンポンと跳ねる。
健司が息子に向かって、優しくボールを投げる。
健司「ほら、キャッチ!」
息子は一生懸命追いかけるが、ボールは腕の間をすり抜けていく。
転んでしまうが、すぐに大笑いする。
その後ろから弟がよちよちと駆け寄り、ぱちぱちと手を叩く。
健司はボールを拾い上げ、今度はもっとゆっくり投げ返す。
子どもたちはそろって走り出し、その笑い声が風に乗って広がっていく。
少し離れた場所で、舞がひざまずいて見守っている。
頬にかかった髪をそっと払う。その目には、あたたかさが満ちている。
健司はふと彼女を見る。
しばらく動けない。
ただ、舞の微笑みと、子どもたちの笑い声、
木々のざわめきが溶け合う景色を、静かに見つめる。
風が草を揺らす。
時間が止まったような穏やかな瞬間。
四人の姿はまるで、
一枚の幸福な家族写真のようだ。
63 ○住宅街の道(夕方・シミュレーション/ビジョン)
静かな住宅街。
ぼんやりと灯る提灯の明かりが、道をやわらかく照らしている。
健司と舞が並んで歩いている。
歩幅はゆっくりと、穏やかだ。
しばらくのあいだ、お互い何も話さない。
舞「こうして歩くの…久しぶりだね。」
健司「二人きりで。」
また数歩、無言で歩く。
健司がふと立ち止まる。
健司「…舞。」
舞が振り返り、健司の目を見る。
舞「ん?」
夕方のやわらかな光の中で、二人の視線が重なる。
健司「舞…時間が、もうあまり残ってないんだ。」
舞は戸惑ったように眉をひそめる。
舞「どういうこと…?」
健司は無理に笑ってみせるが、目だけは苦しそうだ。
健司「俺…行かなきゃいけないんだ。
でも…出会えてよかった。
ずっと、そばにいてほしいって思ってた。」
舞は健司の腕をぎゅっとつかむ。
その声は震えている。
舞「なに言ってるの…?
どこにも行かないでよ。
あなたは…私の人生でいちばん大事な人。」
二人は見つめ合う。
離れたくない気持ちが、互いの目にあふれている。
健司は息を呑み、唇を噛む。
健司「さよなら、舞。」
彼はそっと手を上げ、耳の装置に触れる。
カチッ。
周囲の世界が、ゆっくりと暗転していく。
64 ○大学・ミーティングルーム(連続・現在)
健司はその場に立ち尽くし、部屋の向こう側にいる舞を見つめている。
一瞬、周囲の世界が遠ざかっていく。
そのとき──
類が健司の腕を引っ張る。
類「お兄ちゃん!」
健司はハッとして、何度か瞬きをする。
まるで夢から覚めたようだ。
健司「舞…ありがとう。」
舞はやわらかく微笑むと、仲間たちと一緒に歩き出していく。
類は兄の顔を見上げ、ニヤリと笑う。
類「兄ちゃん、恋してるんでしょ?」
健司はビクッとする。
健司「えっ? なんでそう思うんだよ?」
類「なんとなく。」
健司は頭をかき、落ち着かない様子だ。
健司「あー…もう帰るぞ。」
二人は静かな廊下を並んで歩き出す。




