第四話:不器用な女
雪が降り積もりしその日、満月と共に二体の巨人が顕現した。
メラメラと蒼炎を身に纏う銀の巨人、バリバリと紫電を放つ漆黒の巨人。互いに武器を構え、まるでこの日を待ち望んでいたかのように戦闘態勢に入っていた。
その姿はまさに騎士だ。しかし、蒼炎の巨人を覆う鎧には何故か亀裂が入っている。
(なんだ、これ......)
二体の騎士はぶつかり合う。その一振りによって犠牲になる民の命も知らずに。
(こいつら、足元の死体に気づかないのか!?)
蒼炎の騎士は力任せに剣を振るうが、全て軽くいなされてしまう。やがて紫電を纏う大剣に打ちのめされた。間髪入れず雷撃を浴びせ、動かないことを確認すると天に腕を掲げた。
雷雲が一ヶ所に集まり、その中心から無数の槍が降り注ぐ。
鎧を簡単に貫通し、あっという間に蜂の巣になる銀の騎士。
手足の自由が効かずとも、漆黒の騎士に対する敵意は収まることを知らない。
シャキシャキッ......
『グルルルルッ......!』
シャキシャキッ......
『脆いな......あの男とはまるで違うようだ。眠れ、子犬よ......』
シャキシャキッ......シャキシャキシャキッ......
──んんっ......シャキシャキうるさいなぁ、さっきからなんのおっ......
ベッドの上で目覚めるこの男、雨宮凛。先程まで見ていたものは夢であることを知る。
隣には妹の雨宮美咲。目を丸くしてこちらを見ていた。
「お......にい...ちゃん......?」
「......おは、よっ?...ミサ?」
美咲は立ち上がり、一口サイズに切られたリンゴを無理やり口の中へ捩じ込む。
「ゴホッゴホッ......!?」
「一週間も寝たきりでっ、何がおはようよ!」
僕はあの焼死体と遭遇し、そのまま意識を失った。聞くところによると、警察に保護され、その後ここへ搬送された。
今は、病室にいるわけだが......怪我一つ確認できない。一週間も寝てたなんて考えられずにいた......
「ごめんミサ......心配かけちゃって」
美咲は目を合わせようとはしなかった。一緒に住んでるとはいえ、生活習慣がまるで違う。家族でありながらヨッ友に近い関係性だ。そんな彼女との久しぶりの会話......気まずさに蝕まれる。
「お兄ちゃんは、居なくならないよね...?」
凛はその問いに答えられずにいた。毎朝確認するネットニュース。そこに映るのは、事故や殺人事件の数々。日本は少ないと言われるが、あくまで世界基準だ。少ないとは到底思えない。
人はいつ死ぬのかなんてわからないし、考えていたよりもずっと弱い生き物だ。自殺者も年々増え続け、今日ではロシアの次に多いと聞く。
──もしあの時、あの場所でジンが現れなかったら......僕もその数に含まれていた。
今までの経緯からして簡単に”居なくならないよ”なんて答えられるわけもなく......頷くことしかできなかった。
頷く僕を美咲は見ていただろうか。下を向く僕に気づいているのだろうか。そんなことを考える僕もまた、目を合わせられずにいた。
数秒の沈黙......
何か話題を作るため、考えに考え抜き、美咲の手元に視線が移る。
「あ、ねぇミサ?それ何かな......」
「さっき食べてたでしょ?リンゴよ」
ビリビリと微量な頭痛を感じた。彼...ジンの登場だ。
(おいおい、これ......どう見ても芋だろ!食えるところ、ほとんどねぇじゃねぇか!?)
ジンは頭を抱えフラフラと病室を歩き回る。もちろんその様子を確認できるのは凛だけだった。
美咲の膝の上に置かれた白い皿。上に乗るのは、歪な形をしている......乱切りされたリンゴ味の芋だ。
確かに皮はきちんと剥けている。......が、ゴミ箱を覗くと皮より実の方が目立つ。
「みっ、みさ?別に無理しなくてもいいんだよ?皮剥きくらい僕でもできるから」
その言葉は凛にとって、今できる精一杯の思いやりだった。
「うるっさいわね、やりたくてやってんの!それに、お兄ちゃんの方が......無理してる......から」
美咲の目は......酷く赤い。隠しきれないほど腫れ上がっていた。
いつから泣いていたのか......定かではない...が、病室に運ばれたという情報が耳に入ってからには違いない。
記憶を無くしたとはいえ、美咲とは長い付き合いだ。彼女の性格は大体把握したつもりではいる。
だからこそ、考えたくはなかった。”泣いてほしくない”と咄嗟に出したあの日の言葉に重みがなく、浅いように感じてしまうからだ。
胸が苦しい、そんな一言じゃ片付けられない。片付けていいはずがない。
(凛...あまり考えすぎるな、俺まで嫌な想像しちまうだろ。それに......美咲はまだ中学生だ。今できることを必死に探した結果だろうよ)
そう......美咲はまだ義務教育を終えてはいない。しかし、何もできない非力な自分を自覚し、呪い、逃げた当時の僕とは比べものにならないほど、強い人間だった。
凛は皿に乗るリンゴを一つ摘み、口へと運ぶ。
「うん、美味しいよ」
「良かった......じゃ、私は帰るから」
立ち上がり、凛に背を向ける。
「もう行くの?」
「なぁに......?私がいないと寂し?でも残念、今から塾だから...... 寄り道しないで帰ってきてね?ケーキ...買っといたから......」
その声は終始震え、顔を見せることなくそそくさと病室を後にした。溢れ出しそうな涙を必死に抑えていたのだろう。
病室で眠り続けた一週間。その間に...クリスマスは終わっていた。キリスト教を信仰している訳ではない。どちらかと言えば無神論派だ。しかし、唯一の家族である美咲と唯一共に過ごせる時間でもあった。
再び横になる凛。窓から見える夕陽の色が、あの蝋燭を思い出させる。
「これまでのこと......全部夢だったら...僕が...子供じゃなかったら...」
(凛...?今なんて言った?子供云々の前...)
”夢”......その一言によって、ジンはずっと気になっていたことを口にする。
(見た夢...覚えてるか?)
「うん、覚えて...る。全部......?なんで?」
焼死体と出会ってから、ずっと違和感を感じていた。薄れていく意識の中に見た走馬灯とは関係のない誰かの記憶。夢にしては繊細で、現実に近いその光景。ファンタジー要素が多く、初めはジンが好きな作品の影響かと思えた。しかし、彼に心当たりは一つもない。
夢を全て覚えている人間などそうはいない。だからこそ感じる違和感。
雪が降り積もったあの日...”青い炎”が凛を守るかのように焼死体を吹き飛ばしたと......ジンは言う。
(何が何だかなぁ...さっぱりわかんねぇ...まず動く焼死体ってなんだよ...!ラートム畜生が!)
「ラーっ、え?なに?」
数秒間の沈黙...... 鴉の鳴き声が際立った。
「独り言が趣味なのか?雨宮の倅」
その男はいつの間にか病室にいた。無精髭が特徴的な男。余裕のあるコートを羽織り、背の高さをブーツで更に大きく見せている様だ。
──倅...?息子?僕を知っている人なのだろうか?けど、僕はこの人知らない。
学生であれば冬休みに入っているのだが、どう見ても40代以上だ。定時にしてもまだ早いようだが......
風貌から感じるオーラと余裕は、フリーターとも、一般人とも取れない。
「覚えてないか......まぁ無理もない。あれはお前がまだ赤ん坊の時だったからな」
(親父か御袋の友人か?お見舞いに来たって訳でもなさそうだが......)
クシャクシャの紙袋を持つ男はコートの内側から、四角いチョコレート色の何かを取り出し、凛の元へ投げた。
「なんですかこれ......警察...!?」
茨城県警と大きく書かれていた。そう......警察手帳だ。名前を記載する箇所に目を通すと、まるでモールス信号のような”一一一”が並んでいた。
「”いち...いちいち”さん?」
「一一一...こう見えて刑事だ。......とりあえず、ついてこい」
変神〜神に祈るたった一つの願い〜(設定その1)
雨宮凛の身体。その権限を譲渡する際にはルールがある。
凛とジン、二人の明確な意思の共鳴。あるいはどちらかが一時的に意識を失う必要がる。
「変神」第四話を最後までご覧いただきありがとうございます。
今更ですが、これ異世界モノなんです!『はよ異世界行けや!』なんて思ってる方...いるとは思いますが、もうしばらくお待ちください。