第二話:消えない蝋燭(前編)
まさか、第二話を見に来てくださる方がいるとは......感謝です。
僕のような”もやい”人間の小説を......ん?”もやい”の意味がわからない?それは失礼いたしました。
僕の生まれた茨城県には”もやい”という言葉が当たり前に使われていました。
人を蔑む時に使う言葉です。
「ダサい」「陰キャ」「パッとしない」そのような言葉を一括りにしたものです。
僕もよく言われていましたよ...うっ!、嫌な記憶がっ...。
きっかけは、今もわからない。
父さんも母さんも...。
顔を覚えていなければ、一度も会話をした記憶がない。
──”記憶喪失”。
病室──ベッドの上。
告げられた診断結果から、僕の記憶は始まった。
唯一の家族は、妹の雨宮 美咲。
だが、当然ながら初対面同然。
話す内容はおろか、どう接していいのかさえわからなかった。
そして僕──雨宮 凛は、自分の名前すら定かではないまま、親戚の家に引き取られる。
叔父と叔母は快く歓迎してくれた──初めのうちだけは......。
時間が経つにつれ、歓迎の態度は薄れていく。
生活に慣れていった訳ではない。
...その逆だ。
邪魔者という表現が正しいだろう。
金がかかる上に、片方は障害を抱えている。
未発達な子供を二人も引き取ることへの代償は、それなりのものだ。
社会資本が整った現代において、"命"よりも重いものは何かと問われれば......”金”と答える者も少なくはない。
──それが”現実”というやつだ。
夜な夜な聞こえてくる家族会議という名の罵声の応酬。
眠りを妨げるには十分すぎる声量で、責任転嫁が飛び交う。
終わりの見えない会議に、一区切りついたかと思えば、次に待つのは口撃だ。
プライバシーは一体どこへ消えたのか、我が物顔でわざわざ自室に入ってくる男。
???「お前ら”金食い虫”のせいで、家計が苦しいってのに、よく眠れるよな」
熊谷 凪斗。
叔父と叔母の息子にあたり、僕との関係は従兄弟というわけだ。
家族会議の後には必ず訪れ、既に耳にしている内容を再度口にする。
リン「ナギトくん...。こういうの、良くないと...思う」
ナギト「馴れ馴れしく名前を呼ぶな。口を開くな。息をするな。」
理不尽な物言いだが、リンはそれ以上口を開かなかった。
刺激してはいけないと感じていたのだ。
泣いているのは、いつもミサキのみ。
……同情することしかできなかった僕は、自分がどれだけ無力なのかを痛感した。
その後...中学校にも復帰した。
だが、そこもまた地獄だった。
すでに出来上がったカースト制度の中に、記憶を失った"障害者"が入り込む余地などない。
......常時孤立。
カースト制度を確立した義務教育では、当たり前の生活。
承認欲求を満たすためなら、障害者さえネタにする生徒達。
気に食わなければ、イジメを起こすだけ。
……とても素晴らしい教育方針だ。
僕は天気に関係なく、ずぶ濡れで帰宅。
自分がいじめを受けているなんて、誰にも言えるわけがなかった。
家族会議の新たなネタにされてしまう。
ミサキはそんな姿の僕を見て、涙を流す。
握ってくれる手はいつも震えていた。
両親はいない。友達もいない。記憶すらない。
そんな現実に絶望し、心を完全に閉ざそうとした──その日に彼は現れた。
──放課後、掃除の時間。
教室の隅で一人、雑巾がけをしていた。
背中に、黒板消しがぶつかる。
生徒A「おーい、手帳持ち〜、まだ拭き残しあるぞー?」
数人の男子生徒が笑う。
モップを逆さに持ち、リンの足元に水を撒いた。
床は一瞬にしてぬかるむ。
滑った膝は机にぶつかり、赤く染まった。
痛みに顔を歪める間もなく、教室の空気は笑いに染まっていた。
生徒B「マジ“もやい”。よく生きてられるよな〜。」
生徒A「才能なんじゃね?無能のね〜」
生徒C「記憶なくなっちゃうんだろ?便利だよね〜」
生徒B「死んでくれた方が、世の為人の為なんじゃない?」
俯き、ただ耐えることしかできなかった。
あと少しで中学卒業。
しかし、精神はとっくに限界を迎えていた。
手を取る者は誰もいない。助けを乞いた所で誰も答えない。
僕には──仲間と呼べる者なんていないのだから。
リン(もういいよ...。今日が終わったら、僕は...。)
心の扉をそっと閉じようとした──瞬間、ピリピリと小さな頭痛が走った。
目の前に足が映る。
誰かが助けに来たのだろうか。
しかし笑いは絶えることを知らない。
顔を上げる。
そこには自分に瓜二つの少年が背中を向け立っていた。
チョークの粉が背中に付着している。
それは...紛れもない──”自分自身”。
???『……何故立たない?何故立ち向かわない?』
僕と同じ声。
だが、明確に何かが違う。
???『……耳糞でも詰まってるのか?まぁいいや、お前はそこで寝てればいい。──俺がやってやるよ』
身体は別の“意志”に支配されていた──彼...ジンだ。
ジン「才能が...何だって?」
立ち上がり、降りていた前髪を上げる。
濡れた床を静かに歩く。
ジン「俺さぁ、寝起きは頗る不機嫌なんだわ...」
その声は冷たく、低く響いた。
教室の空気が凍りつく。
ジン「”やられる側”にも問題はあるんだろうが...」
寸分の無駄もない”左ストレート”が、男子生徒の顔面に突き刺さる。
ボゴッ、と鈍い音が教室に響く。
生徒は机に突っ伏して動かなくなった。
ジン「けどな、それ以上に悪いのはお前らだ。...違うか?」
生徒A「な、なんだよ……お前、アマミヤ...っ?」
恐怖に引きつった顔。
後退ろうとしたが、両足を掴まれて転倒。
すかさず腹に膝蹴りが叩き込まれる。
呻き声をあげる生徒を無視。
ゆっくりと最後の一人に歩み寄る。
ジン「悪いな、俺は優しくねぇんだ。やるならとことんやるぞ...」
机を1つ引き倒し、その脚を持って持ち上げる。
ジン「掃除の時間、なんだろ...?なら、その腐った小根を綺麗にしなきゃな...ッ!」
リン『......もうっ、やめてくれ...ッ!』
脳内に響き渡るリンの声。
降りかかる机が寸前で止まる。
恐怖で腰を抜かした生徒を見下ろし、微笑んだ。
しかし、すぐに顔は強張る。
脚を離し、机が床に落ちる。
教室中に木の音が響いた。
誰一人声を出せない。
腰を抜かした男子は失禁。
ジン「おいおい、汚ねぇな...。」
一瞬の迷いもなく襟を掴み、引き寄せる。
ジン「覚えたばかりの言葉でイキってんじゃねぇぞ?"もやい"んだよ...」
少し不服そうに襟を離した。
ジンは無言のまま黒板に向かう。
"右手"でチョークを取り、何かを書き始めていた。
静かな教室にカッカッと音が響き渡る。
周囲はいまだ唖然としている。
“学校辞めます”──
濡れた床に立ち尽くす生徒たちを背に、教室を後にした。
───河川敷で一人座り込み、夕陽に当てられていた。
今もなお、”左拳”にジンジンとした感覚が流れる。
それを見つめ、先程までの出来事は現実なのだろうかと考えていた。
あんなことをして、もう学校には戻れない。
また家族会議のネタになる。
今のリンの頭の中にはそれしかなかった。
ジン『俺の左手が疼くぜ...ってか?......んで?なんて顔してんだ?恨んでた奴らなんだろ?』
当たり前のように横に座る瓜二つの男。
まるで空気を読まず、一人になる事すら叶わない。
一つ確かなことがある。
これは夢ではなく──現実だ。
ジン『スカッとしただろ?…まぁ、実際殴ったのは俺なんだけどな?』
リン(…うるさい)
ジン『お前の体だ。その手の痛みは紛れもなく、お前自身のものだろ?』
リン(…静かにしてくれ)
ジン『…にしても、何で止めた?ご丁寧に”学校辞めます”なんて黒板に書きやがってよ』
リン「する……ないっ......」
ジン『……なんつった?』
リン「するわけないじゃないか...ッ!!!」
鏡写しの男は咄嗟に耳を塞いだ。
ジン『うるっさ...。急にデケェ声出すんじゃねぇよ』
驚いた。”この男の反応に”ではなく──感情任せに自分の口が開いたことにだ。
久しく無かった。いや、正確には、記憶上初めてのものになる。
泣き叫ぶ子供の声が聞こえる。
ハッと我に返り、口元を抑えた。
ジンは背後にいる親子を見ていた。
母を壁にするかのように隠れ、溢れるばかりの涙を流す子。
子も親も視線の先はリンに向けられている。
どちらの視線も痛い。
その場からそそくさと離れていった。
ここまで一瞬の出来事だ。
ジン『俺の姿はお前にしか見えないらしい。そりゃ、ゴミみてぇな目でみられるわけだ』
その場にはリンの姿しか確認できない。
側から見れば、変人。
だからこそ理解に苦しむ。
リン「……ごめん」
リンの表情を目にし、大きくため息を吐く。
次に口を開くのは、リンの方だった。
リン「確かに最初は...気分が良かった……。スカッとしたかもしれない」
ジンに眼を向ける。
リン「けれど、あれじゃまるで一方的じゃないか……!」
ジンの表情が固くなる。
何か間に触ることを言ってしまったのだろうか。
『…一方的だ?なら言うが、縮こまって一方的に言われてたのはどこの誰だよ』
その言葉に何も間違いはない。
故に何も言い返せない。
ジン『今もこうして俺の話を淡々と聞くことしかできない。ほんと……情けねぇな』
「こんの...ッ!」
感情に身を任せ、襟を掴もうと腕を伸ばす──触れられず、貫通する。
困惑するリンであったが、このドッペルゲンガーは自分にしか見えない。
触れられないのも納得だ。
ジンは立ち上がり、夕陽を見つめる。
その顔はどこか寂しげだった。
僕はいつもあんな顔をしているのかと考えると、勝手に怒りが沈んでいく。
一人縮む込む凛。
リン「……お願いだから、もう消えてよ」
ジンは凛を見つめる。
ジン『そいつは、無理な話だな』
リン「……どうして?僕が弱いから...?そう言いたいの?」
その問いにジンは困った様子で答える。
ジン『えっとぉぉ...。消え方わかんねぇんだ!へへッ!』
リン「……えっ!?」
この自分に瓜二つの男は、何故ここにいるのか、自分でもわかっていなかった。
わかっているのは、誰かが助けを必要としているということだけ。
その“助けを求める者”は、間違いなくリン本人だったのだろう。
ジン『あぁそうだ、お前さ……。ほんとはあるんだろ?”記憶”』
その言葉に胸が締め付けられる。
ジン『正確には、失った記憶が少しばかり蘇った……だろ?』
息がつまる。
リン「どう、して……」
冷や汗が止まらない。
ジン『んんん...。俺はお前だから?隠し事はできないってことなんじゃね?』
頭を抱え出す。
リン「やめてくれ...もう忘れたいんだ……ッ!」
ジン『だろうな…。今この現状を作ったのは、お前なんだから』
冷たい風が頬をなぞる。
鴉の鳴き声が遠くに聞こえる。
......この時だけは、何も感じなかった。
〜現在公開可能な情報〜
登場人物について②
ジン
性別:???
誕生日:???
年齢: ???
身長:166㎝(リンと同様)
体重:62kg(リンと同様)
好きなもの:???
特徴:白い肌。女性のような綺麗な顔立ち。小柄の割に引き締まった体。顔に前髪がかかることを極端に嫌うため、掻き上げている。




