第二話:消えない蝋燭(前編)
まさか、第二話を見に来てくださる方がいるとは......感謝です。僕のような”もやい”人間の小説を......ん?”もやい”の意味がわからない?それは失礼いたしました。
と...とりあえずっ、楽しんでいってください!
きっかけは、今もわからない。
父も母も...顔を覚えていなければ、一度も会話をした記憶がない。
……”記憶喪失”。
病院のベッドの上で告げられた、その診断結果だけが僕の最初の記憶だった。
唯一の家族は、妹の雨宮 美咲。だが、当然ながら初対面同然で、話す内容はおろか、どう接していいのかさえわからなかった。
そして僕──雨宮 凛は、自分の名前すら定かではないまま、親戚の家へ預けられた。
最初は優しく迎えてくれた。だが、時間が経つにつれて、歓迎の態度は薄れ、徐々に邪魔者扱いされるようになった。
金がかかる上に、片方は障害を抱えている。未発達な子供を二人も引き取ることへの負担は、思っていたより重かったのだろう。
”金は命よりも重い”という言葉が真実かと思えた。
夜な夜な聞こえてくる家族会議という名の罵声の応酬。眠りを妨げるには十分すぎる音量で、責任転嫁が飛び交っていた。
──……ああ、大人ってこんなにも醜いものだったのか。
泣いているのは、いつも美咲だけ。……同情することしかできなかった僕は、自分がどれだけ無力なのかを痛感した。
その後...中学校にも復帰した。だが、そこもまた地獄だった。
すでに出来上がったカースト制度の中に、記憶を失った"障害者"が入り込む余地などない。
......常時孤立。カースト制度を確立した義務教育では、当たり前の生活。
承認欲求を満たすためなら、障害者さえネタにする生徒達。気に食わなければ、待っているのはイジメだけ。
……素晴らしい教育方針だ。
僕は天気に関係なく、ずぶ濡れで帰宅。自分がいじめを受けているなんて、誰にも言えるわけがなかった。家族会議の新たなネタにされるだけだから......
美咲はそんな姿の僕を見て、涙を流す。握ってくれる手はいつも震えていた。
両親もいない。友達もいない。記憶もない。そんな現実に絶望し、心を完全に閉ざそうとした――そのとき、彼は現れた。
──その日の放課後、掃除の時間。
教室の隅で一人、雑巾がけをしていた僕の背中に、黒板消しがぶつかった。
「おーい、手帳持ち〜、まだ拭き残しあるぞー?」
数人の男子生徒が笑いながら、モップを逆さに持ち、僕の足元に水を撒いた。
床は一瞬にしてぬかるみ、滑った僕の膝は机にぶつかって赤く染まる。
痛みに顔を歪める間もなく、教室の空気は笑いに染まっていた。
「マジで“もやい”。よく生きてられるよな、こんなんで」
「でも逆に才能じゃね? 無能のね〜」
僕は俯き、ただ耐えることしかできなかった。あと少しで中学卒業。しかし、精神はとっくに限界を迎えていた。
手を取る者は誰もいない。助けを乞いた所で誰も答えない。僕には仲間と呼べる者なんていないのだから。
(……もう、いいや。今日が終わったら、死んでしまおう)
心の扉をそっと閉じようとしたその時、ピリピリと小さな頭痛が走り、それと同時に、目の前に足が映った。
誰かが助けに来たのだろうか、しかし笑いは絶えることを知らない。
顔を上げるとそこには自分に瓜二つの少年が背中を向け立っていた。チョークの粉が背中に付着している。
それは紛れもない僕自身だった。
(……どうして立とうとしない?どうして立ち向かわない?)
僕と同じ声。しかし、何かが違う。
(……聞こえてないのか?まぁいいや、お前はそこで寝てろ。あとは……俺がやる)
次の瞬間、僕の身体は別の“意志”に支配されていた。──彼、ジンだ。
立ち上がったジンは、降りていた前髪を上げ、濡れた床を静かに歩く。
「……才能が、何だって?……わりぃ、寝てたから一ミリも聞いてなかったわ」
その声は冷たく、低く響いた。……瞬間、教室の空気が凍りつく。
「よくもまぁ、ここまでコケにしてくれたな……」
一人の男子の顔面に、寸分の無駄もない左ストレートが突き刺さった。
ボゴッ、と鈍い音が教室に響き、生徒は机に突っ伏して動かなくなった。
「な、なんだよ……お前、雨宮……?」
恐怖に引きつった顔のもう一人が、後退ろうとした瞬間、両足を掴まれて転倒。すかさず腹に膝蹴りが叩き込まれる。
呻き声をあげる生徒を無視し、ジンはゆっくりと最後の一人に歩み寄る。
「悪いな、俺はどっかの誰かと違って、“優しくはない”」
机を1つ引き倒し、その脚を持って持ち上げる。
(......もうっ、やめてくれっ!)
脳内に響き渡る凛の声によって、寸前で止めたジンは、その恐怖で腰を抜かした生徒を見下ろし、微笑んだ。しかし、すぐに顔は強張る。
脚を床に叩きつけると、教室中に木の音が響いた。誰一人声を出せない。
腰を抜かした男子は失禁した。一瞬の迷いもなく襟を掴み、引き寄せる。
「覚えたばかりの言葉でイキってんじゃねぇぞ?もやいんだよ……」
言いたいことを放ち終え、少し不服そうに男子の襟を離す。
ジンは無言のまま黒板に向かい、右手でチョークを取り、何かを書き始める。
静かな教室をカッカッと音が響き渡り、周囲は唖然としている。
“学校辞めます”
そして、濡れた床に立ち尽くす生徒たちを背に、何事もなかったかのように教室を後にした。
───その後、河川敷で一人座り込み、夕陽に当てられる凛。
今もなお、ジンジンとした感覚が流れる拳を見つめ、学校での出来事は現実なのだろうかと考えていた。
「僕が、みんなを……」
あんなことをして、もう学校には戻れない。また家族会議のネタになる。今の凛の頭の中はそれしかなかった。
その表情はまるで納得のいかない様子だった。
(俺の左手が疼くぜっ、てか?......んで?なんでそんな顔してるんだ……?恨んでた相手だろ?)
当たり前のように横に座る瓜二つの男。……夢ではない、現実だ。。
(スカッとしなかったか?……まぁ、殴ったのは俺だが、)
──……黙れ。
(体はお前自身だ。その手の痛みは紛れもなく、お前自身のものだろ?)
──……黙ってくれ。
(……それにしても何で止めたんだ?ご丁寧に”学校辞めます”なんて黒板に書きやがってよ)
「する……ない」
(……は?なんて言った?)
「するわけないじゃないかっ!」
通行人が凛の大声に足を止めるが、その場には凛一人しかいない。周囲からは変人扱いされ、冷たい視線が刺さる。
(……おい、いきなりでかい声出すなよ、俺の姿はお前にしか見えないことくらい気づいてたんだろ?)
「……ごめん」
凛の表情を目にし、大きくため息を吐くジン。
口を開こうとしたその瞬間、凛が先に話し出した。
「確かに最初は気分が良かった……けれど、あれじゃまるで一方的じゃないか……!」
もう一人の僕の表情が固くなる。何か間に触ることを言ってしまったのだろうか。
(……一方的だ?お前馬鹿か?一方的に言われてたのはどこの誰だよ)
彼は間違っていなかった。僕は何も言い返せず、完全に論破されていた。
(今もこうして俺の話を淡々と聞くことしかできない、ほんと……弱いな)
「こんのっ!」
感情のまま襟を掴もうとするが、触れることができない。困惑する凛であったが、このドッペルゲンガーは自分にしか見えない。触れられないのも納得だ。
「なんだよ、俺の真似か?」
ジンは立ち上がり、夕陽を見つめる。その顔はどこか寂しげだった。
僕はいつもあんな顔をしているのかと考えると、勝手に怒りが沈んでいく。
一人縮む込む凛。
「……お願いだから、もう消えてよ」
ジンは凛を見つめる。
(無理だな……)
「……どうして、僕が弱いから?」
その問いにジンは困った様子で答える。
(消え方わかんね……)
「……は!?」
この自分に瓜二つの男は、自分がここにいる理由を知らなかった。
わかっているのは、誰かが助けを必要としているということだけ。
その“助けを求める者”は、間違いなく凛本人だった。
(あぁそうだ、お前さ……ほんとはあるんだろ?”記憶”)
その言葉に胸が締め付けられる。
(正確には、失った記憶が蘇った……だろ?)
息がつまる。
「どう、して……」
冷や汗が止まらない。
(俺はお前だ、隠し事はできないぞ?)
頭を抱え出す。
「やめてくれ、もう忘れたいんだ……!」
(だろうな……今の現状を作ったのは、凛……お前なんだから)
僕の生まれた茨城県には”もやい”という言葉が当たり前に使われていました。人を蔑む時に使う言葉です。
「ダサい」「陰キャ」「パッとしない」そのような言葉を一括りにしたものです。
僕もよく言われていましたよ...うっ!、嫌な記憶がっ、また次回お会いしましょう!