第一話:焼死体
最近、寒暖差によって体調を崩している方が多いと思います。僕自身も腹を抱えながら創作に...取り組めるわけもなく、親の顔より便座に挨拶しています。
そんな中書き始めた「変神〜神に祈るたった一つの願い〜」その序章がスタートしました。是非お楽しみください。
夜の住宅街に、しんしんと純白の雪が降り積もる。
その中を、制服姿の少年がザクッ、ザクッと雪を踏みしめながら歩いていた。
予報は晴れだった。今朝、天気予報で「傘の心配はありません」と言っていたのが嘘のように、雪は止む気配すらなく、静かに舞い続けている。
澄みきった空気の中、立ち並ぶ一軒家は色とりどりの光を放ち、まるで住宅街全体がイルミネーションの一部のように照らしていた。望んでもいないのに、クリスマスムードだけはしっかりと到来している。おかげで、いつも見えていた星はひとつも顔を出さなかった。
無意識に行われる呼吸。吐息が白く可視化されるたびに、嫌な記憶が胸の奥からよみがえる。それは、一度は忘れた記憶であり、忘れてはならない記憶。そして、できることなら二度と思い出したくもない記憶だった。
着崩した制服姿のその少年――雨宮 凛。
胸ポケットから紙タバコを取り出し、無造作に口に咥える。そして、高校生には不似合いなZippoライターを取り出し、火をつけようとした。だがその時、こめかみにピリピリとした弱い頭痛が走り、手が止まる。
(ねぇ、ジン? 僕の体、もう少し大事に使ってくれないかな)
頭の中で響く自分と同じ声。それでも少年は、いつものようにそれを無視した。
タバコに火をつけ、一息吸い込んだ煙は、やがて星のない夜空へと消えていった。
「凛が掛け持ちなんてするからだ。紙の一本や二本、我慢しろ」
(平気で三本目吸うくせに……)
「働いてんのは俺だろ?……まったく、向いてねぇバイトばっか選びやがって、しんどいんだぞ?」
(……確かに。いつもありがとう、ジン)
ジンは照れたように頭の後ろをかく。
「あぁ……いや、そういうの、いいって……」
タバコの箱を開き、本数を確認する。……残り二本。
「チッ……もうねぇじゃねぇか。あとでコンビニ寄って買っといてくれ」
(ピースライト、だっけ? あの金と黒のやつ)
「ああ、それだ。いつものところで買えよ?」
ひとつ大きなあくびをしてから、もう一度タバコに口をつける。
「ふぅぅ、……流石に疲れた。俺はもう寝るわ」
(うん、おやすみ、ジン。あとは変わるね)
吸い殻を無造作に地面に落とし、踏みつける。その瞬間、意識の主導権が雨宮 凛本人に返る。
「……うっ、気持ち悪……。それに、口の中が痛いんだけど……また喧嘩でもした?」
ジンは返事をしなかった。どうやら既に眠りについているようだ。
凛はため息をつき、乱れた制服を整える。そして再び歩き出そうとした、その時――
「グチャッ」という鈍い音が目の前から響き、白く染まった雪の地面が、その落下物を中心に溶け始める。熱が視覚的に感じられるほどだった。
「……ひと?落ちてきたのか?」
焦げた匂いが鼻を突く。凛は慎重にその物体へ近づくいていくが、近づくにつれて、それが人間──いや、人間だったもの、焼け焦げた焼死体であることがわかった。
しかし、まだ息がある。かすかに、ヒューッ……と呼吸の音が聞こえる。
全身の皮膚は焼けただれ、いくつかの部位にはまだ小さな炎が残っていた。
「……っ! まだ生きてる! 今、救急車を……!」
そう言いかけた凛の声に、焼死体が反応した。信じがたい動きで、まるで糸で操られているかのように、引かれたかのように立ち上がる。
瞼がブチブチと音を立てて裂け、赤い瞳が、凛をねっとりと観察する。
言葉を失う凛。焼死体はゆっくりと口を開く。
「……アア……ミィヤ……リ、ン……?」
「……は、はい。雨宮凛、です……?」
再び微量の頭痛が走った。
(おい馬鹿っ!正直に答える馬鹿がどこにいるんだ!馬鹿野郎!)
反射的に名乗ってしまった。その瞬間、焼け焦げた手が首を掴んでいた。
「く……はっ……!?」
首の皮がジューッと焼ける音を立て、黒く変色していく......
──苦しいっ、熱いっ、痛いっ!どうしてこうなったっ......!
理解が追いつかない。ただ、ジンの声だけが頭に響く。
(振りほどけ! 死ぬぞ凛!)
どうにか指を剥がそうとするも、びくともしない。逆に力はどんどん強まっていき、指が首に食い込んでいく。
(この馬鹿力!……ほんとに人間かよ!? 凛、早く俺と変われ!)
「……ド、オイテ……イギエル……?」
呼吸ができない。視界が霞み、意識が遠のいていく。
......その時だった。
「お前達、そこで何をしている!」
普段ろくに仕事をしない警察官が運よく駆けつけ、拳銃を抜き構える。
「その少年を今すぐ放せ!」
だが、焼死体は警官を一瞥しただけで再び凛に目を戻す。威嚇射撃すら無意味だった。
(なんでこいつ撃たねえんだ! はやくっ、撃てよっ!)
力が抜け、腕がだらりと下がり、振り子のように揺れている。
意識が遠のく中、凛の頭に走馬灯のような光景が浮かんだ。
"人語を話す剣"。"蒼炎をまとう鎧の狼"。"巨人とも呼べる騎士"。
どれも現実に体験した記憶ではない。だが、その中のひとつが、現実になる。
焼死体に残っていた炎が、体を伝って、凛の胸元へと流れ込み、鮮やかな蒼炎へと姿を変える。
青よりも青く、美しく燃える蒼炎。どこか懐かしく、優しさという温もりを感じさせる。
その蒼炎は焼死体を拒絶するかのように弾き飛ばした。
やがて凛を包み込みこんだ蒼い炎は、ゆっくりと体内に吸収されていく。
力が抜け、倒れかかったところを警官が受け止める。その目の前で、裂けた首の黒い皮膚がみるみる修復されていった。
「これは、一体......君! しっかりしろ!」
増援を呼ぶ警官たち。焼死体を追って走り去る数人。
「……ハァ、……フゥ、ハァ……」
凛は浅い呼吸を繰り返しながら、やがて穏やかに眠りへと落ちていった──。