ヘカタン料理の店
「こんちわーっす!」
「ちわーっす!」
リアルの時刻は8時25分。
サイモンの世界では朝の時刻。
ブルーアイコンの冒険者が、ぞろぞろとヘカタン村にやってきていた。
ただのNPCのふりをしなくてはならないサイモンは、いつも通り門番として村の入り口にたたずみ、「ようこそ、ここはヘカタン村だ」を連呼していた。
今日は不思議な事に、朝から人の流れがまったく途絶えない。
いったい、この村に何があったのか。
人の流れが途絶えるのを待っていたが、あきらめて途中で門番の詰所に入り、チャットを開いてみたら、クレアが恐ろしい長文の嵐を送り付けてきた。
『ダーリンめっちゃくちゃカッコよかったよぉー! もうね、首がながーくて、全身がシェパードみたいに引き締まってるのがポイント高かった! あと全身真っ黒なのに、両目が車のライトみたいにびかーって光っててさぁー! お腹が膨らんだりしぼんだり動いてて、あったかい鼻息がぶわーって顔までかかってきて、ちゃんと生きてるんだぁって感じがしてさぁ! 思わず抱き着いたら、なんでか私の体が黒い霧につつまれてロストしちゃったけど! 雑魚を霧であしらうつれない態度もステキ! もう私、何回も何回も繰り返し見てる! ねぇこれ私の配信チャンネルで拡散させてよお、願いー!』
よく読むと『ドラゴン』の動画を拡散しようとしていたので、釘を刺しておいた。
「ダメだ。もしそんな事をしたら、今後はお前に撮影を許可しないぞ」
『そんなぁー! 好きなアニメを観終わったら、当然リアクション動画も観たくなるでしょー?』
「わかった、拡散していいのは、2日後だ。それが過ぎたら、いいことにする」
『2日後って、日曜? ええー、私、日曜は仕事なんですけどぉー。職場にスマホ持ち込めないんですけどぉー。サイモンかわりにやってぇー。AIなら簡単でしょぉー?』
「そこまでは面倒みきれん」
2日後の秋アプデまで、この村が存続するかどうかの勝負だ。
それ以降ならば、サイモンの秘密がバレても影響は少ないだろう。
どのみち、それまでにサイモンの『ドラゴン』は、アイテムリストの『トキの薬草』で消滅させるからだ。
まだ『トキの薬草』が必要になってくる可能性があるので、タイミングを見計らっている状況だが。
そうなると問題なのは、やはり『鳥』の方だった。
果たして、ブルーアイコンのレイドパーティは、『鳥』と戦ってくれたのだろうか。
「戦いの様子がわかる動画はあがってないのか?」
『話題にはなってないねぇ。私、自分の動画を編集するのが忙しくて他の動画までみれないよ。アカシノさんも仕事に集中してるからあんまり話しかけられない』
「仕方がないな」
クレアの方では、それらしい動画はまだ見つからないらしいが、クレアによると『鳥』は『ジズ』という名であるらしい。
「『ジズ』?」
『騎士団長アスレが言ってたよ。なんか詳しそうだった』
「ふむ……だったら、あいつから情報を聞き出す方法はないかな……」
いままでリアルで情報収集してくれていた魔法使いも、そろそろ仕事にかからないといけないらしく、しばらく返事ができなくなるそうだ。
彼らは1時間ぐらい、サイモンの世界ではほぼ丸一日ぐらいチャットを離脱するので、今日は諦めた方がいいかもしれない。
サイモンはリアルの世界のことには干渉できないので、仕方がない。
騎士団長アスレにサイモンが直接会っても、正直まともに話してくれるかは不安だったが、攻略に役立つ情報は少しでも集めたかった。
「やはりヘカタン村で情報収集と言えば、あいつだな……」
***
ヘカタン村で有益な情報を握っている人物と言えば、商人アッドスだ。
前回も『血濡れのスカーフ』なる課金アイテムの存在を教えてくれて、非常に助けられていた。
市場で串焼きを買うついでに、冒険者が増えている理由について聞いてみた。
「聞いた話だと、この辺りに出たらしいですぜ」
「なにがだ?」
「『ドラゴン』です。なんでも真っ黒い狂暴なやつらしくて、破格の報奨金が冒険者ギルドで出されたんだとか」
「ああー……しまった、そうきたか」
おそらく、メイシーが手をまわして、ギルドから公式依頼を出したのだろう。
ブルーアイコンの冒険者を利用して、サイモンを身動き取れなくするつもりだ。
「まずいな……この討伐クエストが完了したら、俺はいったいどうなるんだ?」
討伐クエストが完了したら、また世界線が書き換わってしまう。
この場合だと恐らく、サイモンは消滅して、何年も前からこの世界にはいなかったことになるだろう。
だが……それにしては妙だった。
なぜメイシーは、サイモンが『ドラゴン』の正体である事を言いふらさないのだろうか。
そうすれば、ただの門番のサイモンなど、ブルーアイコンたちが束になって一網打尽にできるはずだが。
ひょっとして、このクエストを出したのは、サイモンをこの世界から抹消することが目的ではないのかもしれない。
「なあ……この村に『ドラゴン』が出た、以外には、特に情報はないのか?」
「いや? 特に聞かないですね……あ、そうそう。料理店がオープンするらしいから、それ目当ての冒険者が来ているのかもしれませんよ」
「なんだ、料理店か……俺の欲しい情報とはちょっと違うなぁ」
ふぅーむ、と、唸ったサイモン。
やはり、この世界は着実に改善されてきている。
冒険者が増えればいずれそうなるとは思っていたが。
とうとうこの村に料理店ができるとは、感慨深い。
やや遅れて、彼は驚いたように聞き直した。
「えっ、料理店が? この村に?」
「はい、料理店です。ヘカタン料理の店です」
「ヘカタン料理ってなんだ? 詳しく聞かせてもらおう」




