↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/186

オーレンのコック帽子

 サイモンは門番の仕事を中断し、うわさのヘカタン料理店に向かった。


 村の奥にあったシーラとオーレンの家が、質素ながら綺麗な木造家屋に生まれ変わっている。


 店の正面にあるカウンターから商品を受け渡しするらしく、屋外には机と椅子が設置された飲食スペースもある。

 トリオン村の杉の木を使ってあるので、おそらく職人が来てくれたのだろう。


 小さな店だったが、さっそく冒険者たちの列ができていて、オーレンが料理を作りながら、彼らに包みを渡していたが、まるで間に合わない。


「オーレン、とうとう料理店を開いたのか」


「あ、サイモン、ちょうどいい所に来た。人がすごいんだよ、手伝って」


「わかった、何をすればいい」


「とりあえず、列に並んでいる人から代金を受け取って、商品を渡して。僕はガンガン作っていくから」


 そう言われてサイモンは、はじめて店のカウンターに入った。

 背が高すぎるので、前かがみにならないと窓に頭をぶつけてしまっていた。


 まるで穴ぐらに潜むクマのような姿勢になったおかげで、ぎろりと睨(にら)みつけるようになり、冒険者たちにびくびく怯えられながらも、いつもの調子で声をかけた。


「ようこそ、ここはヘカタン村だ……あ、しまった」


 うっかり、いつもの門番のセリフを言ってしまったサイモン。

 ブルーアイコンの冒険者たちは、ひそひそと噂し合っていた。


「えっ、あの門番って、さっき変な動きしてなかったっけ……」


「崖から飛び降りまくってたやつ? どうしてこんな所に現れたの?」


「また新しいバグ……?」


 どうやら、朝になると毎回変な行動を起こすバグをもったNPCとして、ブルーアイコンの冒険者たちの間に認知されつつあった。


 いつもの癖で言い間違えただけなのに、NPCにはちょっとした間違いも許されない。

 サイモンは、彼らにバグとは思われない、自然で新しいセリフを考えなければならなかった。


「ようこそ、ここはヘカタン料理の店だ。冒険の前に、何か食っていくといい」


***


 なんとか仕事をこなし、無限とも思えるブルーアイコンの冒険者たちをさばききったサイモンとオーレン。


 ひとまず休憩しているオーレンに、サイモンは拳を突き出して言った。


「おめでとう」


「ありがとう」


 オーレンは、サイモンの拳に自分の小さな拳をこつん、と当てた。


 開店した当初は、たった一人で切り盛りできると思っていたのだろう。

 普段の冒険者たちは、1日に多くて10人程度だったはずだ。

 その3倍以上が一気にきてくれた。


「こんなに大勢の人が来るとは思わなかった……食材もほとんど使い切っちゃったし、お昼は休業かな」


「それは俺が困るな。従業員を雇ったらどうだ」


「従業員かぁ、手伝ってくれそうな人がいないか、探してみるよ」


「この村の住民は老人ばかりだから、難しいかもしれないな。クエストを出せばそれなりに人は集まるかもしれないが、冒険者だから毎日は来られないだろう。食材集めぐらいならしてくれそうだが。シーラは手伝ってくれないのか?」


「食材集めは頼んでみる。姉さんは、昨日から街に出かけてる」


「そうか」


 オーレンの言う事には、シーラは最近、家を空けることが多くなったそうだ。

 てっきり、今日もシーラに会えると思っていたのだが。

 いったい街に何の用事があるのだろう。


 もう『トキの薬草』の依頼を出しに冒険者ギルドに行く必要もない。

 お店を構えるのに必要な資金も、このぶんだとすでに稼ぎ切っているみたいだ。


「シーラは街でなにをやってるんだ?」


「知らないよ? 何をしてても、姉さんの自由じゃないか。ひょっとしたら、男の人と会っているのかもしれないし……あ」


 オーレンは、しまった、と言う風に自分の口をふさいだ。

 サイモンは、オーレンのその態度に疑念を抱いた。


「どうした? ひょっとして何か心当たりがあるのか?」


「あ……いや、別に、そういうんじゃないんだけどさ」


 オーレンは言葉を濁していたが、とうとう白状して言った。


「騎士団長アスレって、サイモンは知ってる?」


「ああ、よく知ってる。お前の口から出てくるのが意外なほどよく知ってる名前だ」


「そうなんだ……この前、僕、姉さんに連れられて、冒険者ギルドに冒険者登録しに行ったんだよ……けど、よーく考え直して、けっきょく料理人になったけどさ」


「なんだシーラの奴、お前に冒険者になって欲しがってたのか?」


「うん、自分の専属料理人になって欲しいみたいでさ。姉ちゃんたまに発想が貴族なんだよね」


 オーレンが冒険者になりたがっていたのは、前の世界線では『トキの薬草』を必要としている人が大勢いたからだ。

 だが、サイモンの工作のお陰で、そのクエストはあらかた解決されていた。

 オーレンには冒険者になる動機そのものがなくなっていたのだ。


「けっきょく僕はならなかったけど……騎士団長アスレって人が、街で姉さんに声をかけていたんだよ。

 なんか姉ちゃんは、昔その人のクエストについていった事があるみたいでさ……その時に、たくさんの『トキの薬草』を見つけて戻って来たんだって」


「ほう、騎士団長アスレが……」


 サイモンは、ふむ、と眉をつりあげた。


 そういえば、ギルドマスターからシーラに課せられたクエストが、たしか『国王軍と同行して成果をあげろ』というのだった気がする。


 前回はそのクエストを達成したので、過去に同様の成果をあげたことになっているのだ。


 じつはこれが有志の暗躍によってご破談にされた、シーラと騎士団長アスレの『なれ初め』イベントだったのだ。


「なんかさ……うん、騎士団長アスレってさ……たぶん、シーラ姉ちゃんのこと好きだと思うよ」


「そうか」


「結婚したがってるよ。サイモンは、なんとも思わないの?」


 オーレンは、大好きな姉が取られそうになって、泣きそうな顔をしていた。

 サイモンは、彼の頭をがしがし撫でて、首を横に振った。


「シーラは強いからな、それだけ魅力的なんだろう。色んなパーティから勧誘があるだろうし、誰と結婚しても、俺が口を出すことじゃない」


「サイモン、そういうこと絶対に姉ちゃんの前で言っちゃダメだよ」


「どうして?」


「強いかもしれないけど、姉ちゃんは『自分が弱いと思い込みたい』んだよ。サイモンの前でもたびたびそんな感じだったでしょ。いい加減に気づいてあげてよ」


「難しいな」


「僕はさ、どうして姉ちゃんがそんな風になったのか、知ってるんだ。誰にも言わないでよ、サイモンと、僕だけの秘密だよ」


「ああ」


「僕はオーレンじゃないんだ」


 サイモンは、その言葉の意味を最初は理解できなかった。

 目の前にいるのは、シーラの弟オーレンだ。

 料理好きで、病弱で、心根のまっすぐな少年だった。


 何かの聞き間違いではないかと思った。

 けれどもそれは、オーレンにとっては、言葉通りの意味だったのだ。 

 オーレンは、目に涙をいっぱいためて、深く息をついた。


「僕はオーレンじゃないんだ。どの『ドラゴン』が誰かなんて、見分けがつかないよ。

 姉ちゃんがドラゴンになった僕を取り押さえて、村長が最後の薬を使って僕を助けてくれたけど、『オーレンじゃなかった』んだ。

 僕に使ったのが『最後の薬』だったから、本当のオーレンはたぶん、もうこの世にいないんだ。

 だから姉ちゃんは毎晩毎晩、Sランクの『ドラゴン』の依頼書を見て泣いているんだよ」


 シーラがどんな闇を抱えているのか理解して、サイモンは途方に暮れた。

 それはとても悲しい闇だ。


 戦争があった日、村を飛び出したサイモンは、自分の村が壊滅したことで頭がいっぱいで、シーラの家族の事など気にしている余裕はなかった。

 あのとき、サイモンの記憶にあった本当のオーレンは、2歳だった。


 それから10年を経て、サイモンが村に戻ってきたとき、シーラの隣には目の前の少年がいた。


 てっきりシーラとともに、オーレンが戦火を免れて生き伸びていたのだと思った。

 シーラは少年の事をオーレンと呼んでいたし、少年もあたかも自分がオーレンであるかのようにふるまっていた。


 けれども、違った。

 それはただの『ロールプレイ』だったのだ。


「そうか」


 サイモンは、深く頷いた。

 ようやくシーラの気持ちがわかったような気がする。


 彼女が冒険者ランクの仕組みをまともに理解しようとしないのは、自分がSランクの『ドラゴン』を倒せることに気づきたくないからだ。

 シーラはサイモンに知られたくはなかった。

 自分が強すぎるということ。

 ドラゴンと対等に渡り合える力を持っていること。

 オーレンがもうこの世にいないこと。

 その事実から目を背け、生き続けるために。

 シーラには『病気の弟を助けている』という『ロールプレイ』が必要だったのだ。


「お前はもう、本当の自分になりたいのか?」


「ちがうよ、サイモン。そんなわけないじゃないか」


 そういえば、オーレンは自分が薬を使って回復しても、『自分が薬を奪ってしまったせいで救われなかった人』の事をずっと気に病んでいた。


 つまりそれは、自分の代わりに死んでしまった『本当のオーレン』の事だったのだ。


 村長も、シーラも、オーレンも、この村では、みながみな『ロールプレイ』をしていて、ひとつの虚像を作り上げていたのだ。


 それが悪いことだとは、サイモンは思わない。

 たとえこの村の存在が偽りだったとしても、村を守ることが彼の全てだ。

 サイモンは、オーレンのコック帽子を拾うと、彼の頭にのせた。


「できたら、ずっと俺たちの弟でいて欲しい。俺は村を守りたいが、それはお前たち姉弟(きょうだい)のいる村なのだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。