オーレンのコック帽子
サイモンは門番の仕事を中断し、うわさのヘカタン料理店に向かった。
村の奥にあったシーラとオーレンの家が、質素ながら綺麗な木造家屋に生まれ変わっている。
店の正面にあるカウンターから商品を受け渡しするらしく、屋外には机と椅子が設置された飲食スペースもある。
トリオン村の杉の木を使ってあるので、おそらく職人が来てくれたのだろう。
小さな店だったが、さっそく冒険者たちの列ができていて、オーレンが料理を作りながら、彼らに包みを渡していたが、まるで間に合わない。
「オーレン、とうとう料理店を開いたのか」
「あ、サイモン、ちょうどいい所に来た。人がすごいんだよ、手伝って」
「わかった、何をすればいい」
「とりあえず、列に並んでいる人から代金を受け取って、商品を渡して。僕はガンガン作っていくから」
そう言われてサイモンは、はじめて店のカウンターに入った。
背が高すぎるので、前かがみにならないと窓に頭をぶつけてしまっていた。
まるで穴ぐらに潜むクマのような姿勢になったおかげで、ぎろりと睨みつけるようになり、冒険者たちにびくびく怯えられながらも、いつもの調子で声をかけた。
「ようこそ、ここはヘカタン村だ……あ、しまった」
うっかり、いつもの門番のセリフを言ってしまったサイモン。
ブルーアイコンの冒険者たちは、ひそひそと噂し合っていた。
「えっ、あの門番って、さっき変な動きしてなかったっけ……」
「崖から飛び降りまくってたやつ? どうしてこんな所に現れたの?」
「また新しいバグ……?」
どうやら、朝になると毎回変な行動を起こすバグをもったNPCとして、ブルーアイコンの冒険者たちの間に認知されつつあった。
いつもの癖で言い間違えただけなのに、NPCにはちょっとした間違いも許されない。
サイモンは、彼らにバグとは思われない、自然で新しいセリフを考えなければならなかった。
「ようこそ、ここはヘカタン料理の店だ。冒険の前に、何か食っていくといい」
***
なんとか仕事をこなし、無限とも思えるブルーアイコンの冒険者たちをさばききったサイモンとオーレン。
ひとまず休憩しているオーレンに、サイモンは拳を突き出して言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
オーレンは、サイモンの拳に自分の小さな拳をこつん、と当てた。
開店した当初は、たった一人で切り盛りできると思っていたのだろう。
普段の冒険者たちは、1日に多くて10人程度だったはずだ。
その3倍以上が一気にきてくれた。
「こんなに大勢の人が来るとは思わなかった……食材もほとんど使い切っちゃったし、お昼は休業かな」
「それは俺が困るな。従業員を雇ったらどうだ」
「従業員かぁ、手伝ってくれそうな人がいないか、探してみるよ」
「この村の住民は老人ばかりだから、難しいかもしれないな。クエストを出せばそれなりに人は集まるかもしれないが、冒険者だから毎日は来られないだろう。食材集めぐらいならしてくれそうだが。シーラは手伝ってくれないのか?」
「食材集めは頼んでみる。姉さんは、昨日から街に出かけてる」
「そうか」
オーレンの言う事には、シーラは最近、家を空けることが多くなったそうだ。
てっきり、今日もシーラに会えると思っていたのだが。
いったい街に何の用事があるのだろう。
もう『トキの薬草』の依頼を出しに冒険者ギルドに行く必要もない。
お店を構えるのに必要な資金も、このぶんだとすでに稼ぎ切っているみたいだ。
「シーラは街でなにをやってるんだ?」
「知らないよ? 何をしてても、姉さんの自由じゃないか。ひょっとしたら、男の人と会っているのかもしれないし……あ」
オーレンは、しまった、と言う風に自分の口をふさいだ。
サイモンは、オーレンのその態度に疑念を抱いた。
「どうした? ひょっとして何か心当たりがあるのか?」
「あ……いや、別に、そういうんじゃないんだけどさ」
オーレンは言葉を濁していたが、とうとう白状して言った。
「騎士団長アスレって、サイモンは知ってる?」
「ああ、よく知ってる。お前の口から出てくるのが意外なほどよく知ってる名前だ」
「そうなんだ……この前、僕、姉さんに連れられて、冒険者ギルドに冒険者登録しに行ったんだよ……けど、よーく考え直して、けっきょく料理人になったけどさ」
「なんだシーラの奴、お前に冒険者になって欲しがってたのか?」
「うん、自分の専属料理人になって欲しいみたいでさ。姉ちゃんたまに発想が貴族なんだよね」
オーレンが冒険者になりたがっていたのは、前の世界線では『トキの薬草』を必要としている人が大勢いたからだ。
だが、サイモンの工作のお陰で、そのクエストはあらかた解決されていた。
オーレンには冒険者になる動機そのものがなくなっていたのだ。
「けっきょく僕はならなかったけど……騎士団長アスレって人が、街で姉さんに声をかけていたんだよ。
なんか姉ちゃんは、昔その人のクエストについていった事があるみたいでさ……その時に、たくさんの『トキの薬草』を見つけて戻って来たんだって」
「ほう、騎士団長アスレが……」
サイモンは、ふむ、と眉をつりあげた。
そういえば、ギルドマスターからシーラに課せられたクエストが、たしか『国王軍と同行して成果をあげろ』というのだった気がする。
前回はそのクエストを達成したので、過去に同様の成果をあげたことになっているのだ。
じつはこれが有志の暗躍によってご破談にされた、シーラと騎士団長アスレの『なれ初め』イベントだったのだ。
「なんかさ……うん、騎士団長アスレってさ……たぶん、シーラ姉ちゃんのこと好きだと思うよ」
「そうか」
「結婚したがってるよ。サイモンは、なんとも思わないの?」
オーレンは、大好きな姉が取られそうになって、泣きそうな顔をしていた。
サイモンは、彼の頭をがしがし撫でて、首を横に振った。
「シーラは強いからな、それだけ魅力的なんだろう。色んなパーティから勧誘があるだろうし、誰と結婚しても、俺が口を出すことじゃない」
「サイモン、そういうこと絶対に姉ちゃんの前で言っちゃダメだよ」
「どうして?」
「強いかもしれないけど、姉ちゃんは『自分が弱いと思い込みたい』んだよ。サイモンの前でもたびたびそんな感じだったでしょ。いい加減に気づいてあげてよ」
「難しいな」
「僕はさ、どうして姉ちゃんがそんな風になったのか、知ってるんだ。誰にも言わないでよ、サイモンと、僕だけの秘密だよ」
「ああ」
「僕はオーレンじゃないんだ」
サイモンは、その言葉の意味を最初は理解できなかった。
目の前にいるのは、シーラの弟オーレンだ。
料理好きで、病弱で、心根のまっすぐな少年だった。
何かの聞き間違いではないかと思った。
けれどもそれは、オーレンにとっては、言葉通りの意味だったのだ。
オーレンは、目に涙をいっぱいためて、深く息をついた。
「僕はオーレンじゃないんだ。どの『ドラゴン』が誰かなんて、見分けがつかないよ。
姉ちゃんがドラゴンになった僕を取り押さえて、村長が最後の薬を使って僕を助けてくれたけど、『オーレンじゃなかった』んだ。
僕に使ったのが『最後の薬』だったから、本当のオーレンはたぶん、もうこの世にいないんだ。
だから姉ちゃんは毎晩毎晩、Sランクの『ドラゴン』の依頼書を見て泣いているんだよ」
シーラがどんな闇を抱えているのか理解して、サイモンは途方に暮れた。
それはとても悲しい闇だ。
戦争があった日、村を飛び出したサイモンは、自分の村が壊滅したことで頭がいっぱいで、シーラの家族の事など気にしている余裕はなかった。
あのとき、サイモンの記憶にあった本当のオーレンは、2歳だった。
それから10年を経て、サイモンが村に戻ってきたとき、シーラの隣には目の前の少年がいた。
てっきりシーラとともに、オーレンが戦火を免れて生き伸びていたのだと思った。
シーラは少年の事をオーレンと呼んでいたし、少年もあたかも自分がオーレンであるかのようにふるまっていた。
けれども、違った。
それはただの『ロールプレイ』だったのだ。
「そうか」
サイモンは、深く頷いた。
ようやくシーラの気持ちがわかったような気がする。
彼女が冒険者ランクの仕組みをまともに理解しようとしないのは、自分がSランクの『ドラゴン』を倒せることに気づきたくないからだ。
シーラはサイモンに知られたくはなかった。
自分が強すぎるということ。
ドラゴンと対等に渡り合える力を持っていること。
オーレンがもうこの世にいないこと。
その事実から目を背け、生き続けるために。
シーラには『病気の弟を助けている』という『ロールプレイ』が必要だったのだ。
「お前はもう、本当の自分になりたいのか?」
「ちがうよ、サイモン。そんなわけないじゃないか」
そういえば、オーレンは自分が薬を使って回復しても、『自分が薬を奪ってしまったせいで救われなかった人』の事をずっと気に病んでいた。
つまりそれは、自分の代わりに死んでしまった『本当のオーレン』の事だったのだ。
村長も、シーラも、オーレンも、この村では、みながみな『ロールプレイ』をしていて、ひとつの虚像を作り上げていたのだ。
それが悪いことだとは、サイモンは思わない。
たとえこの村の存在が偽りだったとしても、村を守ることが彼の全てだ。
サイモンは、オーレンのコック帽子を拾うと、彼の頭にのせた。
「できたら、ずっと俺たちの弟でいて欲しい。俺は村を守りたいが、それはお前たち姉弟のいる村なのだから」




