女戦士アイサ
新たなブルーアイコンの冒険者は、すさまじい勢いで魔の山を登ってくるようだった。
徒歩でこの山を登ろうとする者は久しぶりだ。
初挑戦の時こそ、みな魔の山を徒歩で登り、全ての村を通ってゆくのだが、一度山奥の転移ポートを見つけてしまうと、そちらばかり使うようになるのだ。
だいたい港町と、この村のひとつ先のヘプトン村の転移ポートの間を行き来することになるので、通過点であるヘカタン村はほとんど飛ばされる事になる。
サイモンがしばらく門番をしていると、その冒険者は勢いよくダッシュで坂道を登り切り、勢い余って5メートルくらいジャンプしていた。
尻尾の生えた勇猛な毛皮の装備をなびかせ、身長と同じ長さの戦斧を光らせながら、紐で硬く縛った皮の靴で、ずしっと音を立てて着地する。
毛皮を身にまとっているので、全体的に獣のような出で立ちだ。
女性用装備によくあることで、鎧の面積は小さく、ところどころ肌が露出している。
頭上には、蒼天のように美しいブルーアイコンが宿っていて、サイモンを見つけると大きな目を光らせ、大きく手を振った。
「おーい、サイモン! 私、私! 元気ー!?」
いったい誰だ? と最初はいぶかったが、頭上のブルーアイコンの隣に【アイサ】という名前が浮かんでいたので、サイモンが名前を知っている相手であることは確かだった。
むーん、と記憶をたどっていくうち、サイモンは、はっと思い出した。
「魔法使いの仲間の女戦士だな?」
「あたりー! 覚えてくれてたんだ!」
安っぽい装備から一変したので分からなかったが、どうやら三人組の初心者パーティの1人だった。
『カビゴンとの約束があるから』、などと言って、9時半に早々にログアウトしてしまった女戦士だったが、再びログインするのも早かった。
9時半から5時半まで、きっかり8時間睡眠してきたらしい。
「サイモン、なんか変な魔法をかけられて、サイモンだけがおなじ時間をぐるぐる繰り返してるんだっけ?」
「ああ、たしかそんな話してたな……もうすっかり記憶にないけど」
「仕方ないわねー。よし、私がサイモンと一緒に門の前で待ってあげるわ!」
ばんばんと、サイモンの肩を叩きながらいう女戦士。
綺麗なつくりのアバターとは裏腹に、性格はなかなか豪奢なようだった。
「安心して、私がサイモンに魔法をかける敵の正体を暴いてあげる!」
どこからその自信がやってくるのか。
えへん、と胸をはる女戦士。
そういえば、そんな約束をしたのも確かだった。
しかし、せっかく魔法使いと剣士が「イベントを勝手に進めると女戦士が怒る」という理由でサイモンに話しかけなかったのに。
当の女戦士は、堂々と単独でイベントを進めようとするとは。
決して悪い人間ではないのだが、どうやら超がつくマイペースみたいだ。
「ああ、ありがとう。まあ、助けに来てくれたのは、非常にありがたいんだが……」
果たして、初心者パーティの彼女が戦力になるのだろうか、疑問である。
サイモンは、女戦士のステータスをちょっと確認してみた。
アイサ/ブルーアイコンの冒険者
レベル 3
体力 21/25
スキルポイント 18/18
戦闘スタイル:戦士 階梯2
【攻撃力】35
【防御力】40
【精神力】8
【機動力】10
【ラック】50
現在の経験値 300 次のレベルまで 12
(……弱い)
よくもまあ、無傷で魔の山の中腹まで登ってこられたものだ、と感心する。
そういえば、猛ダッシュで山を登ってきていたが、あれはモンスターとの遭遇を避けていたのだろう。
『鳥』といっしょに戦うビジョンが浮かばないサイモンは、諦めて首を横に振った。
「悪いが、俺が戦おうとしているのは『鳥』だ……日付が変わると月の出ている方角からやってくる、レイドボスだそうだ」
「おお、なんかカッコいい! こんな所にレイドボスが出るんだ!」
「どんな攻撃をするのか、強いのか、弱いのか、それすらもよく分からない敵なんだ」
「わかった、その『鳥』と戦うのね? なんかワクワクしてきた!」
「いや、戦うと言っても、そもそも普通の攻撃が届かない距離にいるから……」
やんわり断ろうとしたサイモンは、ふと、『彼女の助けが必要なのではないか?』と思い至った。
サイモンは『鳥』と対面したが、その直後の記憶があいまいになっている。
いったい何が起こっているのかは不明だが、NPCであるサイモンには午前5時20分から午前5時40分まで、リスポーンする間の空白の20分が生じるのだ。
これまでは『ドラゴン』のブレスによって一瞬で死滅していたことが原因だった。
だが、今回は『ドラゴン』がいないので、また違う理由でこうなっているはずだ。
この間に何が起きているのかを知るためにも、ブルーアイコンの冒険者との協力が必要なのではないだろうか。少なくとも視界メモリーを保存してもらいたい。
いままでその役割を担っていたアサシンは、もうログアウトしてしまったし、シーラはホワイトアイコンなので、その辺の協力がしてもらえない。
ちらり、とサイモンは女戦士を見やった。
ふんすー、と鼻息を荒くして、やる気に満ちた表情をしている。
確か、戦士のスキルに遠距離攻撃のできるものがあったはずだ。
そこまで鍛え上げれば、なんとか戦力にできるかもしれない。
「どうしても『鳥』と戦うつもりなら、日付変更までに、お前を鍛え上げよう」
「おおー! 強化イベントじゃん! やったー!」
「よし、ついてこい」
「聞いてよ、あの2人さー、私が寝てる間にレベル10まで上げてんのさー、信じられるー!?」
***
女戦士を引き連れたサイモンは、ヘカタン村の市場に向かうと、商人のアッドスに声をかけた。
「へいいらっしゃい。旦那、今日はべっぴんな奥さんを連れてますね?」
「べっぴんって何?」
女戦士には言葉の意味が通じなかった。眉をしかめただけだった。
「アッドスは似たようなことを誰にでも言っているから気にするな。訳があって、今日は彼女を鍛えなければならなくなったんだ」
「お弟子さんでしたか。これはこれは可愛いお弟子さんで」
「ほー、見る目あるじゃんアッドス! 可愛いに免じて果物どれかおごってくれる?」
「果物はいいよ、アイサ」
アッドスの荷車に乗っている果物を見ると、どれもバフが20分程度かかるものになっている。
食品系アイテムはそんなに効果が高くないので、これを戦闘に使っても付け焼刃だろう。
「つまり、手っ取り早くこの子のレベルをあげたいってことですかい?」
「ああ、なにか気になるモンスターの話は聞いたことがないか?」
「旦那、そりゃ軍人が商人に聞く話じゃありませんぜ?」
「謙遜するな、お前のモンスターを選ぶ勘は俺も一目を置いているんだ」
「なんの話ですかい、そりゃ」
いままで商人アッドスは、賞金のかかった凶悪なモンスターの噂を何度もサイモンに紹介してくれた。
そのたびに、サイモンを何度もレベルアップに導いてくれたのだ。
はたして、レベル3の初心者を鍛えるのにちょうどいいモンスターの情報まで教えてくれるものだろうか。
女戦士は、びしっと指で5を示して言った。
「あと1時間そこそこしかないの、最低でも、レベルをあと5は上げたいのよ。レベル8まで上がってたら、あとは何とかなると思うから」
「なんて低レベルな話をしてるんだ。ここは魔の山だぞ? 子どもでも最低レベル10はあげてるのに」
初めての討伐モンスターにCランクを選ぶことといい、彼らのやることは本当にわからない。
ふむ、と商人アッドスは考え込んだが、やがて有益な情報をもたらしてくれた。
「たしか、火の洞窟で奇妙なモンスターを見た、という噂は聞いたことがありますね。
なんでも異様に硬くて素早い金属の塊みたいなモンスターで、ダメージが全然あたえられないくせにすぐに逃げるから詳しいことはよく分からないそうです」
「それだ!」
女戦士は、商人アッドスに抱き着いてキスをしていた。
「ありがとうアッドス! あなたは最高だ!」
「おい落ち着け、まだどんなモンスターか分からないぞ」
「わかるって! 十分すぎるって! ぜったいジャックポット的モンスターだしそれ!」
慎重なサイモンに対して、女戦士はすごく乗り気だった。
やはり、ブルーアイコンの冒険者のことは、サイモンにはよく分からない。




