suit: 火の洞窟
【火の洞窟】は、ヘカタン村の割とすぐ近くにあった。
魔の山を西にぐるりと回り込んだ山の斜面が目的地である。
「【エアリアル】が出た洞窟なんだよねー、そこ」
案内もつけずに女戦士がどんどん先に進んでいくので、どうやら一度来たことがあるらしい。
さらに女戦士は、道端に生えている木によじ登ると、リンゴ(熱耐性(微)、空腹予防、各15分)をむしってサイモンにも投げ渡した。
攻略に必要なアイテムの場所も把握している、かなりやり込んでいるようだ。
「私たち、リリースから半年たって始めたんだけどさ。Fランクのクエストなんて近所の薬草採集とかだから、ぜったい今年中にはランカーに追い付けないぞっていうから」
「それで初めてなのにCランクの無茶な受注をしたのか? けっこう苦戦していたみたいだな」
「ちゃんと勝算のあるやつを選んだつもりだったんだけどねー。はぁー。【炎の洞窟】は一切エンカウントせずに進めるし、エアリアル自体はノーダメージで倒せる必勝法があるんですよ。って、『まほちゃん』が得意げに言ってたのよ」
「『まほちゃん』?」
「『まほちゃん』よ。なんかサブ垢でやりこんでるらしくてね。『このゲームは効率のいい狩り場も、大量に経験値を獲得する手段もありません』あ、今はまだ、ね」
女戦士は、わざわざサイモンの隣まで戻ってくると、腕組みをしてメガネをくいくいと持ち上げる仕草をした。
誰かの物まねをしているらしい。
「『なので、序盤に強い武器を手に入れて経験値をかせげば、一気に中堅クラスに追いつけますよ。そのための完璧な錬金ルートを徹夜で考えました。ばばーん。僕の完璧な計算に狂いはありません。どどーん。ゲームは効率です。キラリ』とか言ってさ。
けっきょく1時間以上も同じダンジョンに潜り続けて奇跡的に倒せたんですけどねー。あー、腹立つ」
「ああ、『まほちゃん』って魔法使いのことか? あいつメガネかけてたかな」
「かけてた、かけてた。もしかけてなかったとしても、私が無意識に割っちゃっただけじゃないかな。だってさー、しょっちゅう世界観を否定するメタな発言するんだもん。ロールプレイ意識低すぎー」
女戦士は、アサシンのようにチャットを使わず、サイモンと直接会話をしていた。
お互いの状態がすぐにわかるよう、サイモンとはセルパーティを組んだのだが、歩調をあわせてわざと待ったり、くるっと振り返って顔を直接あわせたりしていた。
「チャットとか、そーゆーの、ダンジョンに入ったらでいいじゃん? 仮想世界に来てまで、文字で会話したくないのさ。わかる?」
「ヘカタン村には文字がないから、分からないな」
「私たちの世界では、文字だけで繋がった関係の方が多いのよ。サイモンの世界は、文字がない世界なんだ、いいじゃん。私はそういうのが好きでここに来てるんだ」
女戦士が指差したのは、山の斜面に急にぽっかりと開いた洞窟だった。
馬車でも余裕で入れそうな大きな入り口からは、野生のツタが垂れ下がっていて、しとしと、と雨水がそこを伝い落ちていた。
地面のあちこちに水たまりがあり、奥は真っ暗闇だ。
その暗闇に数歩踏み入れると、地名が視界に表示された。
suit:火の洞窟
さらに進むと、奥の方から、ぱちぱち、と何かが燃える音がして、心なしか暖かい風が吹いてくるようだった。
「名前を聞かなければ【火の洞窟】とはわからないな」
「でしょ? めっちゃ探したし」
何かが燃えている音は、炎系のモンスター、『チャコールマン』が、燃えながら暗闇をぶらぶら歩いているだけのようだった。
洞窟の中は、光源も音源も、このモンスターしかない。
全身が石油まみれの亜人型のモンスターで、体についた火が消えると、闇に紛れてまったく姿が見えなくなってしまう。
岩の隙間から、ときどき火の粉が鍾乳石のように輝きながら噴きあがっているが、光が弱く、洞窟内をほとんど照らしてはくれなかった。
「あの火に近づかないで。明るい所に入ったり、松明を使ったりすると、モンスターが気づいて襲ってくるから」
女戦士は、チャットを使うのをすっかり忘れて、サイモンに小声で言った。
「エンカウントせずに上手く進むには、あの火だるまの男に先に歩いていってもらって、闇に浮かび上がるルートを覚えて、その後ろを上手くついていくのよ。生成されるルートによっては、どうしても『チャコールマン』と戦闘しなきゃならないから、その時は安全地帯までダッシュするのみよ」
「そうか、じゃあ松明を使おう」
サイモンは、じゅぼっと松明に火をつけた。
辺りが一気に明るくなり、洞窟の隅々まで見はらせた。
暗がりにいるコウモリたちが、ぎらっと大量の目玉を光らせ、サイモンを凝視していた。
女戦士は、息が詰まったような声を上げた。
「サイモーン!」
「なにを怯えているんだ、ここはまだヘカタン村の庭先のようなものだぞ?」
コウモリや、チャコールマンなどの大量のモンスターたちが入り乱れ、一斉にサイモンに襲い掛かってくる。
アイコンの横に表示されるレベルなど、見なくともいいのだが、いちおう見てみると平均レベル8程度だった。
レベル3の女戦士にはキツイだろうが、レベル27のサイモンにはそよ風のようなモンスターの群れだ。
サイモンが槍を硬く握りしめると、周囲の地面から炎が吹き荒れ、暗闇のモンスターたちを明るく照らした。
槍スキル第2階梯、【火炎突】を発動させる。
洞窟内で爆発が起こり、いつもの数倍の衝撃波が周囲に広がった。
大半のモンスターたちは、巻き起こる爆炎と、サイモンが振るった槍の一撃で消しとんでいった。
かろうじて生き残ったモンスターも、炎のダメージを受けて燃え続け、今にも消え入りそうになっている。
完全に消え入る前がチャンスだ。
「さあ、今だ、女戦士!」
いまは女戦士のレベルをあげないといけないので、とどめは彼女にさせた方がいいだろう。
経験値は同じパーティーに属しているだけでも手にはいるらしいが、戦闘の内容に応じて、ファーストアタック報酬、ベストダメージ報酬、ラストアタック報酬の3つの特別な報酬があるらしい。
最初の一撃、最大の一撃、最後の一撃のいずれかを初心者にさせることで、効率よくレベルを上げていけるのだ。
そう思って振り返ったが、女戦士の姿はそこにはなかった。
「女戦士?」
サイモンが振り返ると、さっきの【火炎突】の爆風の余波で、女戦士は吹っ飛ばされ、かなり遠くまで転がっていた。
「……困ったな」
サイモンは、加減の仕方だけは知らなかった。
わりと前途多難なようだ。
女戦士は足を大きく広げてひっくり返った格好で動かない(恐らく、バーチャル酔いしていると思われる)ので、サイモンは彼女に手を貸して起き上がらせた。
女戦士は顔に垂れていた自分の尻尾をふりはらって、涼しげな表情をして、なぜか強気に言った。
「ふっ、それで本気なの?」
「いや、全然」
「だと思ったわ。ちょっと爆風に飛ばされたふりをして遊んでいたのだけど、つい遊び心が暴走して目が回ったみたい。私の事はいいから、先に行って」
「俺が一人で行っても意味がないだろう。お前を鍛えに来たんだから」
サイモンは、女戦士を背中に負ぶって移動した。
リアルの世界での遊びとはずいぶん勝手が違うらしい、女戦士は顔を真っ赤にしていた。
「うぅ、恥ずかしいよぅ、けどこれ案外楽ちんで、降りたいのと降りたくないのとで心が揺れ動くぅ」
「ちょっとは口を閉じられないのか」
モンスターはあらかた一掃されたので、松明の明かりをもとに進めばよかった。
しばらく歩き続けると、サイモンの目に、金属質な光沢をもつ大きな石ころが見えた。
明かりをかざしてもっとよく見ようとすると、その石ころはゴロゴロ、と音を立てて逃げるように移動していく。
ひょっとすると、アッドスの言っていた金属の塊みたいなモンスターかもしれない。
サイモンの予想通り、その金属の塊はぎょろり、と赤い大きな目をむくと同時に、頭上にレッドアイコンが浮かび、その横には名称が浮かんだ。
「魔導機械兵(頭部のみ)Lv.36」
レベルが異様に高いので、アッドスの紹介するいつものレアモンスターでたぶん間違いない。
サイモンは、背中の女戦士に尋ねた。
「これだろ? 女戦士。さあ、最初の一撃を加えてやってくれ」
だが、サイモンの背中からその様子を見ていた女戦士は、ちょっと引き気味に首を横に振るのだった。
「あ、ごめん、思ってたのとちょっと違ったみたい。戦闘はお任せします」
「なんでだよ」
サイモンも思わずびっくりする変わり身なのだった。




