見えざるドラゴンの謎
リアルの時刻では午前5時40分。
この世界に再び朝日が昇る頃。
気がつくと、サイモンは再び門の前に立っていた。
古木にちちち、と小鳥がさえずり、ウサギがのそのそと朝露に濡れた草原に繰り出していく。
「あれ……」
レイド戦に向かったサイモンは、ふたたびただの門番に戻っていた。
昨晩の記憶が、どうにも曖昧だった。
アサシンが突然彼に送ってきた『トキの薬草』を使い、オーレンの竜化を食い止めた。
その後、シーラと共に『鳥』との戦闘に向かって行ったところまでは覚えている。
「……何があった?」
その後の記憶が思い出せない。
最後の記憶では、『鳥』は直線距離で1キロメートルぐらい離れていたはずだ。
サイモンの攻撃が届かない場所にいたので、無事に攻撃を入れられたかどうかは怪しい。
サイモンは無理でも、シーラの方はどうしただろうか。
彼女は現在知られている8階梯の外のスキルを身に着けているので、未知の能力で攻撃できた可能性がないわけではない。
だが、普通のホワイトアイコンは、リスポーンすると同時に記憶を失ってしまう。
何が起こったか聞いても覚えていないかもしれない。
レイド戦の記憶を持っているサイモンがまれなのだ。
ふむ、と腕を組んで、これから先のことを考える。
いつもチャットメッセージを送ってきているアサシンが、今回に限って何も送ってこなかった。
スミスとの約束通り、これから1時間は眠るのだろう。
軽くお礼のメッセージだけ送っておいた。
スミスや魔法使い(モンク)も眠っているのだろう、メッセージは更新されていない。
ひとつひとつ、ログを確認していくうちに、なにやら見慣れぬ文章を見つけた。
『クエスト達成:『トキの薬草』を手に入れる(依頼主:ヘカタン村のシーラ)』
サイモンは、じっとその文面を目で追って、その意味するところを考えていた。
『リスポーン』の前後で、この世界が大きく変わってしまう、唯一の点があった。
達成したクエストに関連することだ。
***
村の奥に行くと、昨晩は完全に瓦解していたシーラの家が完全に復元されていた。
ちょっと地震でもあれば崩れそうなところも、そのままだった。
サイモンは、ちょっと窮屈な家の入口に若干肩をひっかけながら、家の中に飛び込んでいった。
「オーレン! シーラ!」
家の中で朝食の準備をしていた姉弟が、びっくりした表情でサイモンの方を振り返っていた。
これまでと明らかに違っている所は、料理を作っているのは小柄な少年で。
ベッドに座っているのは、姉の方だった点だ。
料理を作っているオーレンは、立派なエプロンを身に着け、鍋掴み(ミトン)を両手に装着し、うまそうな湯気を立てるシチュー鍋を机まで運んでいるところで。
ベッドに座っているシーラは、髪の毛があちこちにひどく跳ねていて、大きなあくびをして、服も薄着を1枚身に着けているだけだった。寝起きだった。
「きゃーっ!」
シーラは顔を真っ赤にして、シーツを体に巻き付けていた。
「いきなり入って来ないでよッ!」
「すまんすまん、というか、まだ寝てたのか? クエストの更新には行かなくてもいいのか?」
「クエスト? なにか困った事があったの?」
シーラは、シーツを体に巻き付けたダルマみたいになってサイモンをにらんでいた。
寝不足なのか、もう一度あくびをかみ殺している。
「昨晩のことは覚えていないのか?」
「うーん、まだ頭がぼーっとしてるわ……よく覚えてないけど、昨日は夜遅くまでずーっと起きてた気がするの」
「シーラ姉ちゃんでも眠れないことがあるんだ」
「お前のためだよ、オーレン」
「僕の? そういえば何か怖い夢を見てた気がする……」
「オーレン、ずっとうなされてたわよ」
「そうなんだ、ごめん」
サイモンは、オーレンの手を見た。
蛇に咬まれたような傷跡は、いまはもう周囲とすこし色の違うだけの痣になっている。
『混交竜血』の痕跡が、ほとんど消えていた。
「オーレン、『トキの薬草』はどうしたんだ、もう必要ないのか?」
「去年、冒険者が見つけてくれたらしいよ。おかげさまで今日も元気だよ」
「そうか」
サイモンは、ようやく世界が生まれ変わった事を知った。
いったい、どういう条件が働いて『トキの薬草』を入手したのかは分からない。
とにかくアサシンには感謝しかなかった。
オーレンのお手製のシチューが食卓に並んで、サイモンとシーラは肩を並べてそれを食べた。
【アークボアのまろやかシチュー】くたくたに煮込んだ玉ねぎ、舌の上でほろほろ崩れるジャガイモ、姉が昨晩狩ってきたばかりのアークボアの肉はS級品。クリーミーなシチューのルーが絶妙な濃度で全体に広がり、絶品のシチューを生み出している。防御力上昇(大)、魔力上昇(中)、空腹予防、各50分。
これまでは食べただけで「他と違う」と感じていたが、ステータスを見ると本当に違っていた。
言ってはなんだが、シーラの料理とは比べ物にならない。
朝食べて夕飯まで効果がもつ食品系アイテムなど、サイモンもはじめて見た気がする。
「そういえば、オーレンは料理人か冒険者、どっちになるんだ?」
「うーん、じつは決めかねてる」
「いったい何を迷う必要があるんだ、絶対に料理人だろ?」
サイモンが力説するも、オーレンの返事は歯切れが悪かった。
シーラがデザートのみかん(デバフ耐性(小)、空腹予防、各20分)の皮をむきながら言った。
「オーレンは冒険者になるのよね? 姉さんの片腕になってくれるんでしょ?」
「どうしたんだシーラ、さりげなく冒険者に復帰してるのか」
「狩ってきたモンスターをオーレンが調理してくれるのがすごく楽しみで」
「だったら村に店を構えたらいいじゃないか、同じだろ?」
「ちがうのよ、出先で狩った直後に料理するのが一番美味しいの。キャンプ食なんて最高よ。パーティーに一人は欲しい逸材として人気が出るわ」
「村に還元すべきだ、ぜったいに料理店だ」
「冒険者よ」
「だからどっちか決めてないんだって……」
***
ともかく、オーレンのクエストは完了した。
残す懸念は『鳥』だけになった。
商人アッドスの所に行く前に、サイモンは一度、門の前へと戻っていった。
昨晩、アサシンが消えた崖の上に立ってみる。
ここで『トキの薬草』を手に入れた。
と言う事は、あの薬草がこの辺りにあった、と考えるべきだが。
サイモンは、崖を覗いてみた。
山道を登ってくるのは、いつもの王国軍、馬車、そして冒険者が一名。
繰り返しのループから外れているあの冒険者は、きっとブルーアイコンだろう。
世界がだいぶ生まれ変わっているので、シーラのようにいつもと違う動きをするホワイトアイコンが現れたのかもしれないが。
「……ん?」
崖の斜面に、ぽつんと一本、生えているピンク色の草があった。
2本目の『トキの薬草』だ。
よく見ると、通常は黒い斑点がピンク色になったオトギリソウみたいだった。
オトギリソウが自生しているのは、この辺りではさして珍しいことではない。
『ドラゴン』の血を浴びて変化したのかもしれない。
……どうしてこんな所に生えている?
サイモンは、この薬草が『ドラゴンの血だまり』に咲く、という事しか知らない。
なので、前回は大量の『ドラゴン』を倒して入手できないか、実験していたのだが。
それで条件を達成したというのなら、分からなくもない。
なぜ2本も連続で生えるのだろうか。
「妙だな……こんな所に、『ドラゴン』が出たのか?」
オーレンは竜化を食い止めたはず。
サイモンがずっと立っていたこの平和な門の前に、なぜか連続で『トキの薬草』が咲いている。
不思議な出来事に、サイモンは首をひねった。




