ドラゴンの少年
サイモンの声がかかった途端、シーラは機敏に目の色を変えた。
サイモンに見られたくはなかったが、彼らは魔の山の子どもだ。
モンスターとの戦闘中に私情を挟むようでは、この歳まで生き残れない。
足元に落としてしまった剣を腰の高さまで蹴り上げると、剣と共に消えるような速さで移動した。
次にシーラが出現したのは、『ドラゴン』の顔の真横だった。
「ごめんね」
囁きながら剣の横腹で角を弾き、ワニ顔を無理やり横に向かせると、その隙に顎の下に潜り込んだ。
「よいしょっ!」
ウロコを掴んで硬い首に腕を回し、体重を使ってぶら下がると、そのまま地面にねじ伏せてしまった。
まるで、小さなサルがヤシの木にしがみついて幹をへし折ってしまうような、鮮やかな力技だった。
細身で一体どうやってそんな力を出しているのか、傍から見ると不思議な技術である。
「押さえたわ!」
「よし、そのままでいてくれ!」
サイモンは『メニュー』を開き、アイテムリストから『トキの薬草』を選ぶ。
これまでサイモンは『薬草』を使用するとき、発酵させたものを生のままかじっていた。
病人に与えるときは、切り刻んだり、すりつぶしたりするなど、状況に応じて使い分ける必要があったが、ブルーアイコンの使うメニューにはそんな工程をかっとばしてくれる恐るべきチート機能がある。
『つかう』というコマンドがそれだった。
『トキの薬草』を使う対象は、もちろん『ドラゴン』だ。
ぽわん、と音を立ててサイモンの前に浮かび上がった『トキの薬草』が、不思議な淡い光を放つと、『ドラゴン』の黒いウロコに吸い込まれていった。
同様の光を放ち始めた『ドラゴン』は、全身をめぐる異様な気配に怖気づき、暴れはじめた。
「マサカ……! コレハ、ドウイウコトダ……! ナゼ……! ナゼ、コノ吾輩ガ……!」
シーラがヒゲを掴んで押さえつけているうちに、『ドラゴン』の動きが遅くなり、瞼が閉じて眠りに落ちてしまった。
『トキの薬草』は、竜の墓場に咲く薬草であり、生きているドラゴンは絶対その地に近づこうとしない。
この地には死を覚悟した『ドラゴン』が自らかけた魔法がかかっている。
この魔法を感知した『ドラゴン』の体は、休眠に至るための準備をはじめ、自ら崩壊するのだ。
致死の魔法を受けて休眠を開始し、徐々に体がしぼんでいく『ドラゴン』。
だらりと舌を伸ばして横たわったドラゴンは、ウロコが体毛のように細り、その体毛もはらはらと抜け落ち、徐々にオーレンの姿を取り戻していった。
まだ殲滅には至らないが、『ドラゴン』成分が薄れてゆき、手の上の『心臓』にまで戻った。
その『心臓』も小刻みに動いていたのが、ゆっくりと動きを止め、徐々にしぼんでカサブタのようなものになってしまう。
それに対して、オーレンの体は、強力な薬草の力で徐々に復元されていた。
『トキの薬草』が特効を持つとされる理由である。
「どうして……」
オーレンは、小さく呟いた。
まだ全身が竜化の影響でズタズタになっている。
サイモンは、追加で大量の薬草をオーレンに与えた。
体力ゲージは7割がた回復した。傷がほとんど癒えても、オーレンはなかなか立ち上がらなかった。
「シーラ! まだ薬草が足りない、村長の家から持ってきてくれ!」
「わかった、すぐに森に行って拾ってくるわ!」
「村長から貰ってきてくれ!」
「村長の家はタンスの中もタルの中も調べたけどなかったの!」
どうやら、村長から『トキの薬草』がないと聞かされた時、シーラはすぐには信じられずに、ひととおり村長の家を家探ししていたらしかった。
弟のためなら、人一倍の行動力を発揮する女の子なのだ。ちょっとズレているが。
「村長の家を探してもないだろう! 番兵の詰所に常備薬があるはずだから! 村長に言って貰ってきてくれ!」
「わ、わかった!」
シーラが駆け出していくと、オーレンは小さくうめいた。
「サイモン、僕、ブルーアイコンの冒険者から聞いたんだよ……この世界はゲームの中なんだって……誰かが遊びの為に作った、想像の世界なんだって……ほ、本当なの……?」
オーレンは、『メニュー』のチート能力を使うサイモンを見て、ブルーアイコンと同じ力を持っている事に気づいたみたいだった。
ブルーアイコン、リアルの世界のプレイヤーから同じような事を聞いたサイモンは、頷いた。
「ああ。多分、そういう事なのかもしれない」
「じゃあさ、この世界がゲームなら、どうして僕はこんなに苦しいんだ……?」
オーレンは、口から血の塊を吐きだした。
損傷した臓器は回復しているはずなので、お腹に溜まっていたものが一気に出てきたのだろう。
肩を貸して立ち上がらせ、うつ向けにさせ、ドラゴンの火のようにぜんぶ吐かせてやった。
「だってさ、僕は夢を見ないんだ。目を閉じるたびに、僕が殺してしまった人たちの顔が思い浮かぶんだ。
これがぜんぶ作られた幻だって言うのなら、どうして僕はこんなに苦しいんだ?
発作が起きて薬を飲む度に、ほんとうは僕を憎んでいるはずなのに薬をくれた村長や、村の人たちの顔が浮かぶんだ。
そのたびに、『どうして僕はまだ生きているんだろう』って、本気で悩むんだ。
生きて、病気が治ったら、冒険者になって、もっと沢山の薬を見つけるためだって、もっともらしい理屈をつけたりしているけど、現実には何ひとつできない自分がみじめで、今すぐ消えてしまいたい気持ちになるんだ。
この現実がぜんぶ、作り物なんだとしたら、一体だれがこんな世界を作ったんだ。
誰かが楽しむための世界なのに、この世界に生まれた僕は、全然たのしくなんかないんだよ。助けて、サイモン。僕を助けて」
サイモンは、オーレンの頭を抱き寄せて、泣き止むまでわしわしと犬のように撫で続けた。
「この世界に楽しい事がないなら、俺の夢を聞いてくれ。
俺はヘカタン村に料理屋が欲しいんだ。どんな店ができるのか、俺には想像もつかないが。
お前ならきっといい料理人になってくれると信じている。
いいんだよ、お前は冒険者になんてならなくても。お前が本当にいい奴なのは俺が知っているからな」
シーラが薬草を手にやってきて、それをサイモンがメニューの力を使って飲ませ、ひとまず安静になった。
シーラの家は崩壊してしまっていたので、サイモンの旧家にオーレンを運び入れた。
藁の上に横たえると、オーレンは体力を使い果たして、眠ってしまった。
「シーラ、今夜『鳥』が村にやってくる」
シーラは、サイモンの目をじっと覗き込んでいた。
守る物を見つけた彼の目は、まったく揺るがず、何よりも強かった。
「俺は門番だ、この村を守りたい……どうか俺に力を貸してくれ」
シーラは、頷いた。
彼女ももう、迷う事はなかった。
「いいわ。実は私、Fランク未満の魔物だったら、何度か倒したことがあるのよ」
リアルの世界の時刻は、5時20分。
レイド戦の時間が到来していた。
サイモンとシーラは、ヘカタン村の門へと急いだ。
『鳥』の姿は、半月の空にすでに見えていた。




