シーラの二つ名
「どうもー! みなさんおひさしぶりです、仮想世界ゲーム実況配信のヒューマです!」
「撮影者のガノンです、こんにちは」
2人組のブルーアイコンが、港町の黒い船の前でわいわい騒いでいた。
主に騒いでいるのは巨剣を背負った赤い髪の冒険者で、もう一人の鎧を着た冒険者は、黙って立ったまま彼をじっと見ている。
なにやら肩に箱形の機械を担いでいて、目玉を人に向けていた。
目玉を向けられたプレイヤーの視界には『クラン【ヒューマガノン】が撮影の許可を求めています。以下の映像利用目的の内容に同意のうえ、撮影を承諾しますか?』の文字が浮かぶ。
承諾されるまでは映らなくなるらしい。
シーラに文字は読めないのでじっと眉を潜めたが、この箱を通して得た視界メモリーの情報を『リアルの世界』に送って、動画投稿サイトで生配信している……という説明を受けても、シーラにはブルーアイコンの世界の事情などさっぱり分からない。
伝承によると、『リアルの世界』に関わるブルーアイコンの活動を妨げてはならないそうなので、とりあえず撮影とやらを承諾しておいた。
「今回はこちらの素敵なNPCのシーラさんが、特殊なクエストを持ってきてくださいました!
ですがね、調べたんですが、このイベント他の誰も知らないんです! たぶんこれね、当チャンネルが一番乗りの特殊イベントです!
もし当チャンネルがこのままクリアしちゃったら、他のプレイヤーさんたちは挑戦できないかもしれませんね! へっへっへ、悪いな!」
あるときシーラは、どうしても独力では勝てないモンスターに出会い、一時的にパーティを組もうと考えるようになった。
どうやら敵は海上にいるらしく、『戦闘用の船』が必要なのである。
現在船を所有しているというAランク冒険者の大手クランに助っ人を申し入れたのだが、実際に会ってみると、構成メンバーはたったの2人で、初期装備でボスと戦ってみた、仮想世界でレトロゲー再現してみた、全財産をつぎ込んで船買ってみたなど、よく分からない事をしている変な連中だったのだ。
ブルーアイコンとはなるべく関わりたくなかったのだが、数多くの依頼をこなしているし、自分の船を所有しているのも魅力的だった。
冒険できる幅が広がるということは、それだけ彼らは『トキの薬草』に近いはずだ。
彼らが薬草を冒険者ギルドに素直におさめてくれるとも限らないので、今のうちにつてを持っておく方がいいだろう。
「さあ、相手は一体どんなモンスターなんでしょうね、危険なモンスターほど映えますからワクワクしますね! じゃあ早速、シーラさんに聞いてみましょう! どんなモンスターと戦いたいって?」
「これよ」
シーラは、鎧の冒険者の視線に注意しつつ、なるべく肌が露出しないよう、襟を押さえながら依頼書を見せた。
殲滅クジラ【バハムート】の討伐……Hランク
朱が入りすぎて、ぼたぼたと赤い液体が垂れている異様な依頼書である。
それを見て、大手クランのリーダーは、にやりと笑った。
「ふーん? エッチ(ランク)じゃん」
気がついたらシーラは抜刀し、リーダーの隣にいた鎧の男を壁まで蹴っ飛ばしていた。
「ごふぅっ!?」
このとき、生配信中の画面には、鎧の男の視界に映った青空と、赤髪のリーダーが首をぎりぎりと締めあげられ、ぎらりと光る刃を喉元に突き付けられている恐ろしげな姿が映し出された。
シーラはその目に涙を浮かべていたが、サングラスのせいで隠れている。
リーダーは、配信などそっちのけで、ひたすら謝っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ていうかなんで!? なにこれ!? 俺なんで殺されかけてるの!? 選択肢どこでまちがえた!?」
「うるさい……黙れ……」
「た、助けて、誰か助けてー! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!」
けっきょくその生配信はあまりにもセンシティブな映像として削除されたので、アーカイブにも残らなかった。
おかげで、シーラと大手クランとの関係は悪くなってしまった。
『戦闘できる船』が手に入らないので、巨大クジラの討伐は諦めざるを得なかった。
だが、シーラはそれでもよかったと思っていた。
あんな連中と手を組むぐらいなら、ずっと1人で頑張った方がマシである。
その後も、なんどかパーティを作ろうと試みるのだが、シーラが依頼書を見せた段階でなぜかつまづくプレイヤーが続出し、『船を手に入れた後に稀に起こる謎の難関イベント』として有名になってしまった。
あまりにも難関だったためか、見かねた運営(GM)の調整が入り、『ヘカタン村の人たちは発音に訛りがあって、Hの発音ができない』という細かい裏設定をヒントとして各所のNPCが話すようになった。
だが、そんな細かいヒントで答えにたどり着けた者はだれもおらず、とうとう誰もクリアできないまま1週間が過ぎ、Hランクのクジラが他のプレイヤーに討伐されて、このイベントは終わってしまった。
上手くパーティを作ることが出来ず、シーラは次第に孤立していった。
(男はキライだ……)
また交渉に失敗した日の帰り道、パンをちぎって港の桟橋からカモにエサをあげながら、シーラは不意に考えた。
サイモンならどうしただろう。
ギルドマスターから直接依頼を受けているシーラは、「サイモンには受けている依頼の事を知られないように」、と釘を刺されていた。
裏のクエストなので、あまり情報が広まると困るのだ。
シーラのクエストに同行を許されるのは、ギルドが厳選した冒険者か、Aランク以上の冒険者だけである。
サイモンはBランクなので、同行できなかったのだが、一度だけ、誤ってサイモンに依頼書を見られた事がある。
依頼書を家に持ち帰っていたのを、朝食を食べにきたサイモンが見つけたのだ。
彼はまずモンスターのイラストを見てから、「強そうだな」とか「わきが弱そうだな」とか、そういう評価をしていた。
「こんな灰色の奴がいるのか? ゴブリンはもっと緑っぽかった気がするんだが」
「私は、きっといると思うわよ? サイモン」
こんなやり取りだったが、シーラは、何故かにこにこしてしまうのだった。
サイモンも文字を読めない。
彼はシーラと一緒のものを見ている。
そう思うと正直、癒される。
一緒に冒険者パーティを組もうと言ったら、組んでくれるだろうか。
もしも露出の多い服を着ていた時代だったら恥ずかしくて無理だったが、今ならきっと大丈夫なはずだ。
幼馴染みのサイモンは、決してそんないやらしい目でシーラを見たりしない。
(いや、ダメだ。弟の世話を任せられるのは、サイモンだけなんだ)
妄念を振り払い、シーラは立ち上がった。
その後もソロで細々と活動を続けていくシーラ。
はじめての討伐断念を経ながらも、地道に業績を重ねていくうちに、彼女はひそかに有名になっていた。
***
それから2年。
シーラは19歳になっていた。
リアル世界の時の流れでいうと、約2カ月。
ゲームのリリースから2度目の月例アップデートを経過した辺りである。
相変わらずシーラは文字が読めないが、世の中の事が少しずつ分かるようになってきた。
ギルドマスターはお金の事しか考えていない最低の大人だし、支部長は信頼のできるカッコいい大人だと思うようになった。
他の冒険者が、どんな危険なクエストをしているのか、と思って手伝ってみたのだが、拍子抜けした。
だいたいシーラが普段の討伐に行く途中で、何匹かついでに倒しているレベルだった。
中には「へー、これモンスターだったのか」、と驚くぐらいのものもいた。
ヘカタン村では、畑のムシとかハエとほぼ変わらない扱いなのだ。
Hよりもさらに低いランクがあることを、シーラはいまさら知ったのだ。
だが、それでもこの裏クエストをやめる理由はなかったので、しぶしぶギルドマスターの部屋に行って、Hランクの依頼を受けていた。
ギルドに正式に所属しないまま、Hランクの討伐をし続ける彼女の事を、いまでは知らない者はいない。
いつものギルドの受付嬢が、金貨の詰まった大袋を渡しながら教えてくれた。
「そう言えばシーラさん、2つ名がつくんですって?」
「2つ名? 私に2つ名なんてつくの? いつも同じランクのクエストしかやってないのに?」
「だから評価されてるんですよ! シーラさんは当ギルドの誇りです!」
「よくわかんないかな……ちなみに、どんなの?」
「『エッチ(ランク)のシーラ』ですって!」
「!!!????」
理解が追い付かず、頭から宇宙ネコが飛び出してしまったシーラ。
これで何度目だろう。
またしても、シーラは人からエッチと評されてしまった。
シーラは泣きそうになった。
真面目にやっているのに。
装備にも、戦い方にも気を付けているのに。
これ以上、一体何に気をつければ彼女はエッチではなくなるのか。
受付嬢は、シーラの動揺に気づいたのか、二つ名の由来について教えてくれた。
「落ち着いてください。これ、Hランクのことだと思いますよ!」
「ふぇ?」
「ほら、これです!」
シーラの持っていた依頼書を指さし、教えてくれる受付嬢。
シーラが『ダンベルみたいなやつ』と呼んでいたHの記号の読み方を、はじめて知った。
「なんだ……ダンベル。君のことか」
ようやく2年越しの謎が解けて、シーラは肩の荷が下りた気分だった。
べつにシーラがエッチだった訳ではないとわかって、ほっとした。
だが、遅かった。
回り始めた歯車を止めるには、それはあまりに遅すぎたのだ。




