エッチのシーラ
港町の石碑の前に、カメラをかかえて座り込みをするブルーアイコン達がいた。
この世界で、プレイヤーがわざわざカメラを使っている理由は一つしかない。
ゲーム関連アプリの外に映像を持ち出すためだ。
分かりやすく言うと、Xやインスタグラムなどで使うためである。
「うーん、最近ぐっとくるレイヤーがいないなぁ」
「目新しい装備がなくなったからなー……一気に波が来たぶん、一気に消費されちゃった感じがする」
「次の月例アプデいつよー?」
ゲームの映像は、肖像権の侵害などで被写体と利用者の間で問題になることがしばしばあるため、ゲーム関連アプリの外では利用不可能にしてあるサービスが多い。
だがこの世界では、『カメラの映像』限定でどこでも自由に使えるようにしてあった。
このカメラは高性能で、プレイヤーが写っていないかの他に他のゲームのキャラに酷似していないかなど肖像権の問題を自動で判定し、許可が得られるまで被写体にぼかし加工をしておき、その間に被写体プレイヤーへの連絡を自動的に行い、さらに商用などの諸々の契約まで締結してしまうなど、肖像権の管理に関連するいままで煩雑だったあらゆる手続きを自動でこなしてくれる優れものだったため、撮影者にとっても重宝されていた。
サービス開始直後は、新しい仮想世界を楽しみにきたレイヤーとカメラ小僧が大勢いて賑わったものだが、リリースして2カ月後、その姿はすっかり減ってしまった。
このゲームには、AIが自動生成する日替わりのクエストや、それに関連するイベントなどを更新する『週間』アップデートの他に。
新しいアイテムを投入したり、スキルの性能を上げ下げするなどして、ゲームシステムのバランスを調整する『月例』アップデートなどがあった。
新しいコスチュームが使えるようになって、スタート地点の石盤前がレイヤーで賑わうようになるのは、主にこの月例アップデートの方である。
「服とか装備の更新も週間アプデにならんかな……そうしたらレイヤーも毎週来てくれるだろうのに」
「ははは、プレイヤーのお財布が追い付かんだろ。ガチャ何回させるつもりだよ」
「けど月例アップデートの装備ってさー、なんか似たり寄ったりで、ぜんぶお仕着せなんだよな。あれもAIが自動生成してるんじゃない?」
「わかる。まさに『AIが考えるファンタジー世界の装備』って感じがする。ゲーム以外の世界からインスピレーションを受けられないんだよな」
「なんか癖が感じられないんだ。やっぱAIが考えたファッションじゃダメだわ……」
などと、ゲームそのものには大して興味のない彼らはファッションに関してあーだこーだとぼやいていた。
そんな彼らの前を、さっそうと通り過ぎていくNPCがいた。
ブルーアイコン達は、驚きに目を見開いた。
それはまさにAIが考えたファッションだったが、彼らの予想を裏切るものだったのだ。
軽装の鎧の上からジャケットを羽織り、長い足にはパレオを巻き付け、サングラスで目を隠している。
まるでモデル雑誌から出てきたかのような出で立ちに、ブルーアイコン達はカメラを手に、思わず立ち上がった。
彼女の頭上には純白のアイコン。
三角錐のアイコンは、まるで天使の輪のように美しく広がっている。
その隣にNPCの名称が二つ名と共に浮かぶ。
『エッチのシーラ』
「おおおおおッ!!!!????? なんだあのイカした女ぁぁぁぁ!!!??? 『エッチのシーラ』だとおおおお!!!!!」
「きたあああああああ!!!! これだよこういうのだよ!!!!! 最高だぜ!!!! 『エッチのシーラ』ッ!!!」
凄まじい勢いでカメラをパシャパシャ連写するブルーアイコン達。
顔を隠しても、なぜかブルーアイコンにはすぐに正体がバレてしまうシーラは動揺した。
ぷるぷる拳を震わせ、恥ずかしさを堪え、うつむきがちに歩いていく。
さらに港町に住む下町のNPCたちは、なぜか冒険者ギルドの裏事情に恐ろしく精通しており、シーラの姿を見かけると口々に彼女の噂をした。
「お、おい、あれ『エッチのシーラ』だ!」
「うおお、本当に『エッチのシーラ』!」
「きゃーっ! 『エッチのシーラ』! いつも応援してます!」
「みんなー! 『エッチのシーラ』だー! 『エッチのシーラ』がいるよー!」
Hランクは非公開クエストなので、一般人は当然この二つ名の由来を知らないはずだった。
絶対に意味を勘違いしているはずである。
顔が熱くて、火だるまになっているみたいだった。
かけられる賛辞が、まるで道端から石を投げられているみたいに辛い。
拷問のような恥辱に、顔の表情筋がひきつってどうにかなってしまいそうだった。
(落ち着いて、みんな分かってるから。裏クエストのHランクの事だって、分かって言ってる。港町の人たちは読み書きができるし、誰も間違えたりしないはずだから……)
つい最近、いやらしいエッチの事ではなく、Hランクの事だと分かったシーラは、自分に言い聞かせようとしていた。
だが、港町にも読み書きが出来ないものはいる。
シーラの他の冒険者たちがそれだった。
彼らは有名になったシーラを妬み、会うたびに挑戦的な態度をとるようになったのだ。
盗賊のような身なりの2人組がシーラの前に飛び出してきて、いきなり剣を突き付けてきた。
「おうおう、てめえか!? 最近デカい面してやがる『エッチのシーラ』ってのは!」
「へへっ、二つ名もらったぐらいでいい気になってんじゃねえぜぇ!? 俺と勝負しろ『エッチなシーラ』!」
とくに、2人目の言い間違いが決定打となった。
限界を超えたシーラの抜刀は光の速さを超え、鞘がブラックホールのような塊を吐き出して、周りのものを飲み込みはじめた。
希望、絶望、目に映るすべての物を。
「「うがああぁぁぁああああ!???」」
抜刀によって生じた衝撃波が台風のように家々の柱を折り、並んでいる窓ガラスを激震地に近い順から叩き割っていく。
みねうちがほとんど意味を成さない風圧で男の全身の骨を粉砕しつつ、極大のかまいたちと、無数の真空波が入り乱れた斬撃ダメージを与え、ぼろきれになった挑戦者二人はギルドの屋根を超えて、はるか遠くまでぶっ飛んでいった。
このとき限界突破したシーラの強さは人々の語り草になり、以降、女性専用の最強装備の形容詞として『エッチな』がつくようになった。
だが、そんな事をシーラが喜ぶはずもなかった。
シーラは唇をかんで、ぷるぷる震え、涙を懸命にこらえていた。
「エッチじゃないもん……」
とうとうシーラは、冒険者の引退を決意したのだ。
***
それから4年が経ち、現在に至る。
港町の流行はとっくに移り変わっていて、あの時のようにシーラが追いまわされる事もなくなっていた。
今は2カ月に1回、港町に来ると依頼の更新手続きをしたら、そのまま村に帰るようになった。
討伐依頼を受けるのは、どうしても必要な時だけにしている。
「うわあああん、シーラちゃん、わかる、わかるわ、やだよねぇ、変なあだ名つけられるの、やだよねぇ」
アサシンは、めちゃくちゃシンパシーを得ていたらしく、シーラに抱き着いて号泣していた。
しかし、シーラはわりとあっさりしていた。
「うーん、今はもう、そんなでもないかな?」
「うそん、大人の女になってた……! たった4回月例アプデしただけなのに……!」
「いい経験もたくさんできたと思うし、4年も経ってるもんね」
「4年ぶりで本当に戦えるのか? シーラ」
「もち、任せといて」
まだまだ日は高い午後。
リアルの時間では、午前3時25分。
魔の山をめぐっていると、一行の前にその巨大なモンスターが現れた。
通常のオーガも見上げるほど巨大だったが、その十倍も巨大なオーガである。
積み上げられた岩石を蹴散らしながら歩く、真っ青な肌の巨人。
頭上のレッドアイコンは、バチバチ、と雷光がほとばしり、消えかけの電灯のように、時おり電気が落ちて真っ黒になっては息を吹き返した。
アイコンの隣には【デルゴース(オーガ・キングLvvvvv%?#&;】の名称があった。
サイモンがいくら目を凝らしても、文字が読めない。
どうやら、あそこだけ『プログラム』が若干壊れているらしい。
「なにあれ、表示がバグってる」
「『悪魔の力』ってやつか」
「ただのバグだけど、そう言い直すとカッコいいね。運営に連絡する?」
「いや、運営(GM)はやめてくれ。俺の方も一緒に封印されたら困る」
サイモンたちは、アサシンの能力を使い、【潜伏状態】でオーガ・キングの姿を遠巻きに見ていた。
軍隊でもレベルの高すぎるモンスターは、このようにしてやり過ごすことがしばしばあった。
人間がフィールドの雑魚モンスターといちいち戦闘しないのと同じで、モンスターとのレベル差がありすぎると、相手もこちらの事を無視することがあるのだ。
むろん、すべて安全という訳ではないので、念のために隠れていた。
だが、シーラがいる限り、どうやらその必要はなさそうだった。
「じゃあ、私がいってもいい?」
シーラは、動きにくそうなロングスカートをはためかせ、青い巨人に向かってすらっと剣を抜いた。
細身の剣を携えた彼女は、どう見てもこの対決の主人公には似つかわしくない、ごく普通の村人のいでたちである。
オーガ・キングが、「んご?」と彼女の方を見た。
にこっと微笑み返した瞬間、シーラは消えた。
彼女の立っていた空間が歪んで、小さな足が踏みしめたあとを中心に、空気の層が熱を帯びた下層と冷え切った上層に分断された。
なにか光るものがオーガ・キングの足元から首筋を通過して、星の高さまで火を噴きながら昇っていくのが見えた。
オーガ・キングの巨体が、その光を追いかけるように空を見上げたまま硬直し、立っていられなくなり、仰向けにひっくり返った。
シーラはその足元に着地して、剣を携えて、肩で息をしていた。
「ひー、やっば、ひさしぶりだったから、息が切れちゃった」
オーガ・キングのレッドアイコンが砕け、緑色に変化する。
いったいどんなスキルを使ったというのか、本当に一撃で終わらせてしまった。
シーラの言った通り、このペースだったら今日中に2件はまわれそうな勢いである。
彼女は、心地よい疲労感にあえいで、『聖地』のさらに奥を指さしていた。
「さあ、いきましょう、サイモン。今日は、片っ端から全部まわるんでしょ?」
サイモンは、苦笑いを浮かべた。
サイモンが村に戻ってから、シーラは見るたびに、美しく輝いている気がする。
彼女がいる限り、自分も負けていられない、と思うのだ。
「お前がいると退屈しないよ、シーラ」
***
日が落ちるまで『聖地』を走り回ったシーラは、草原に仰向けになっていた。
恐ろしいまでの機動力、そして速さだ。
サイモンが追い付くと、そこには最後のHランクモンスター、『マッド・スケアクロウ【ハーレクイン】』が倒れていて、淡い光をしゅわしゅわと放出させて消えるところだった。
山のような『真・火炎玄武【北方無限斎】』をひっくり返して一突き。
海のような『はぐれカプリコーン【ドラキュール】』の角をへし折って一突き。
愛くるしい『ファットラット・ブラザーズ【アルファ】&【オメガ】』はサイモンと2人でもふもふ、もふもふともふり倒したが、それ以外はけっきょく、シーラが全部倒してしまった。
あまりの高速移動に、アサシンなどどこか途中で置いて行かれてしまっていた。
距離が離れすぎて、サイモンとのセルも解除されている。
「まったく、とんでもない事だな」
リアルの時刻は、3時35分を過ぎていた。
この世界での夕食の時間はとっくに過ぎている。
『鳥』が現れる日付変更のタイミングまで、あと5分もない。
『鳥』と対決するためには、今回も『転移結晶』を使う事になるだろう。
スミスに依頼した防具は、もう出来ているだろうか。
出来ていたとして、果たして、今回は『鳥』の攻撃に、どこまで耐えられるだろうか。
「サイモン、これが私の全部です」
サイモンが考えあぐねていると、シーラは、呼吸を整えながら、サイモンの方をじっと見つめた。
それは、疑いなど欠片もない。
サイモンの事を心から信用している目だった。
「これが私の全部です。……だから今度は、あなたの全部を、私に教えてください」




