シーラの誤算
オーレンは帝国のモンスターに襲われてから、ずっとこの奇病に悩まされていた。
『混交竜血』と呼ばれる、特殊なモンスターに咬まれることで発症する病だそうだ。
正気を失ったオーレンをシーラが力ずくでねじ伏せ、村長が近隣の村から集めてくれた魔除けの薬草で症状はよくなったが、それでも根治には至らない。
この病の歴史は古く、『トキの薬草』が特効を持つと知られているが、開拓時代に発見されたのを最後に、もう何十年も発見されていない。
(サイモンだったら、弟を任せられるかも……)
毎日毎日、門の前に立っているサイモンを見ながら、シーラは、そのように考えていた。
もしもサイモンの傷が癒えても、そのまま戦争に戻らず、この村にとどまってくれるのなら。
弟の看病を彼に任せ、自分はこのまま、冒険者として生活していくのかもしれない。
そのようにおぼろげながら考えていたシーラだったが、まもなく、それが甘い考えだったことを知ることになった。
その日、シーラはHランク討伐クエスト『アッシュ・ゴブリン【ハーミットボーン】』の討伐に繰り出していた。
冒険者ギルドには、他にもいろいろなランクのクエストがあるらしいが、シーラはこの朱が入りすぎて真っ赤を通り越して黒ずんでいる依頼書ばかり選んでいた。
ランクを示すHの図形がシーラにはダンベルのような形に見えて、初心者の自分が鍛えるのにうってつけのような気がするのだ。
初心者向けでやりやすいのも理由のひとつだが、ギルドマスターによると、ひとつ上にGランクがあるはずなので、ずっと待っているのだが、それがなかなか出てこない。
それでも報酬は普通よりも多く、充分貰えているので満足していた。
きっとあの優しいギルドマスターが、シーラの身の上に同情して、大目に報酬を渡してくれているのだ、とシーラはむじゃきに考えていた。
シーラ目線では、彼女を処罰しようとした支部長はいけ好かないメガネの堅物だけど、彼女に手を差し伸べて仕事を与えてくれたギルドマスターは、とても優しく心の温かなイケメンなのだった。
幼い頃の彼女は、いろいろな意味で純粋だったのだ。
***
魔の山の西側、通称『聖地』に至ると、ブルーアイコンの冒険者たちが大勢いた。
(うわぁ、ブルーアイコン、増えたなぁ)
ちょっと前は1人か2人だった気がするのだが、ある日を境に、爆発的に増えたようだった。
『渡り人』である彼らがとつぜん増えた理由は、よく分からない。
言い伝えでは、あまり向こうの世界のことを詮索してはならない、とされているのだ。
「おい、なんかすげー可愛い子いるじゃん」
「ほんとだ、あれNPCなんだ? グラのクオリティやべぇ」
「どこ行くんだろ? ついて行ってみる?」
ダンジョンに潜っていくシーラの後ろを、ブルーアイコンの冒険者たちが珍しそうにぞろぞろとついてくるようになった。
彼らブルーアイコンの奇行は相変わらずだった。
無意味にぴょんぴょん跳び跳ねてみたり、スキルを無駄にから撃ちしたり、何もない空中をじっと見つめてボソボソ呟いていたり。
だが、気にしてはならない。
彼ら『渡り人』はこの世界に富をもたらす妖精のようなもの、そういう伝承なのだ。
居心地の悪い視線を背中に感じながらも、シーラは、さして気にしないようにしながらダンジョンを進んでいった。
やがて岩山の間に、突如として灰にまみれた空間が出現した。
【suit:はいかむりの秘跡】
魔の山の活火山から延々と灰が降ってくるこの空間には、灰に焼かれて炭になったモンスターたちが、石像のようにあちこちに立ち尽くしている。
心臓と呼吸がこころなしか苦しくなるこの空間で、シーラは腰の剣をすらりと抜くと、祈りをささげるように目を閉じた。
剣士スキル、第9階梯、【決闘の陣環】。
エリア内に入った敵や味方の戦闘ルールを一時的に切り替え、『当たり判定』と呼ばれる恐ろしく小さい範囲内でしか接触が起こらないようにするスキルだ。
この範囲内にいる者は、回避および刺突の特殊動作による戦闘しか許されず、必然的に関連スキルを鍛えた剣士の独壇場になる。
ただし、遠距離の範囲魔法には恐ろしく弱い。シーラいわく、あれは卑怯者の武器だ。
世界のルールを一時的に切り替えるほどのスキルは、全8階梯のスキルに当てはまらない。
なので第9階梯と呼ばれてはいても、他のスキルとはまったく次元の異なる技術である。
シーラは、それをHランクモンスターの討伐の中で、偶然にも習得してしまった、きわめてまれなケースだ。
敵はいる。
その気配は、この領域に踏み入ったときからずっとしていた。
やがて灰の中から、ガイコツを頭にかぶったアッシュ・ゴブリンが飛び出してきて、シーラの展開する灰色のエリアに足を踏み入れる。
「キキィーッ! ……ゴがっ!?」
シーラが一足飛びで距離をつめ、剣をひと突きすると、アッシュ・ゴブリンは一撃でレッドアイコンごとライフゲージを崩壊させ、ごろごろと地べたを転がっていった。
【決闘の陣環】の内部では、『当たり判定』が狭くなるぶん、攻撃成功時のダメージが飛び抜けて高くなる。
敵も味方も条件は同じだが、他のモンスターにはない『速さ』を持つシーラに勝てる者はいない。
彼女の美しさと強さに、ブルーアイコンの冒険者たちは、どよめいていた。
「うおおっ、マジかよ……!」
「い、いまの見たか……どうやったらあんな動きができるんだ……!」
「おいおい、ウソだろ、さっきのモンスター、討伐ランクいくつだった……!?」
「誰か視界メモリーとってないか!?」
冒険者たちが、口々に驚きの言葉を放っていた。
この程度の賛辞は飽きるほど浴びてきたシーラは、まるで意に介さず聞き流していた。
シーラは、ヘカタン村でもずば抜けて『速い』と言われている。
その才能を見いだしたギルドマスターや、高ランク冒険者たちの手ほどきにより、速度を活かせる軽装備、スキルツリー、戦闘スタイルを構築してきた。
だが、純粋な攻撃力と防御力では、サイモンに敵わない。あれは規格外だ。
さらに『先制』を得意とする槍を選んだのも強い。
最初に先制で稼いだダメージ差をキープしつつ、圧倒的な攻撃力と防御力で近接戦闘を耐え凌ぎ、多少のスキルによるリカバーを受けても最終的に競り勝つという戦略なのだ。
サイモンは討伐クエスト成功率トップのままBランクまでのし上がって、途中でギルドを脱退して軍に入隊したそうだが、もはや伝説となっていた。
聞いた話だと、彼は誰に教わる事もなく槍を選んだそうだ。
まさに天性の才能だ。
ギルドマスターも、シーラがまともにやり合って勝てる相手かどうか分からない、と言っていた。
ふーっ、とため息をついて、髪をかきあげる。
自分にない才能をいくらねたんだところで、仕方がない。
アッシュ・ゴブリンの討伐部位を手に入れようと、屈みこんだ。
そのとき、周囲にいるブルーアイコンたちは、メニューを見ながら言った。
「エッチ(ランク)だ……」
「ああ、ヤバいな……」
シーラは、かあああっ、と赤面し、スカートの端を手で抑え、アッシュ・ゴブリンのドロップをバキッと握りつぶした。
(ふええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
聞き間違いではない。
いま、間違いなくシーラは「エッチだ」と言われた。
シーラはいたたまれずに、その場から逃げ出してしまった。
まさか、自分の戦闘がエッチと評価されるなど、思ってもみなかった。
そう思って鏡を見ると、体つきも、冒険者になりたてのちんちくりんだった子どもの頃とはもう違う、17歳の乙女である。
ギルドマスターの目付きもなんかいやらしくなってきた気がするし(よく見ると元からだった)、支部長ももうちょっと慎みなさいと口うるさく言うようになった。
(うそ、うそ……うそ! ひょっとして戦ってる私って、そんなにエッチな格好だったの!? やばぁ!)
ここにきて、シーラは初めて自分の装備を意識しはじめた。
彼女にもとうとう思春期がやってきたのだ。
調べて見ると、女性剣士に限らず、軽装備のアーマーは、速度重視のため太ももが見えていたり、脇が見えていたりと、やたら露出が多いものだった。
これではいけない、彼女は鍛冶職人に頼んで、まず装備の改革を行うことにした。
ミニスカートの上には、常にパラオを巻き付け、タイツを履いて足の露出を抑えた。
脇もみえないよう、鎧の上から皮のジャケットを羽織って、極力肌の露出を抑えるようになった。
さらにはサングラスを装備し、目力も封印する。
鏡にうつして、何度も何度も自分の攻撃モーションを見直し、試行錯誤を重ね、『味も色気もない戦闘』を心がけるようになった。
シーラは、いままでギルドに言われるがままにしてきた戦闘スタイルを一新させ、スタイリッシュな剣士になっていった。
これで色気は完全にシャットアウトされたはずだ。
エッチだなどと2度と言われまい。
こっちは真面目に戦っているのに、外野からそんな風に見られるなど言語道断だ。
信念のなせる技で、シーラはふたたびギルドの裏クエストに復帰した。
ギルドマスターの部屋に飛び込むと、支部長が心配そうに声をかけた。
「もう来ないのかと思ったぞ、シーラ。一体なにがあった?」
「……なんでもありません」
このくらいで諦めるつもりはない。
彼女には冒険者になるという夢がある。
問題を解決するため、彼女なりに努力をしてきたつもりだ。
だが、実はそれは問題の根本的な解決にはならなかったのだ。
「ギルドマスター、例の『ダンベルみたいなやつ』のクエスト……お願い」
そう、文字が読めないシーラは、Hランクが正確には『エッチランク』と読むことを知らなかったのである。
いつも『ダンベルみたいなやつ』と呼んでいた。
それがすべての原因だったとも知らずに、シーラは同じランクのクエストをひたすらこなし続けてしまっていたのだ。
「『ダンベルみたいなやつ』でいいんだな……あまり無理はするな、何かあったときは、俺かメガネを頼っていいんだぞ?」
金の亡者のギルドマスターが、はじめて彼女に優しさを見せた。
いったい誰がこの悲劇から彼女を救えただろう。
シーラの夢は、このときすでに崩壊を始めていたのである。




