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橋が直るまで

 トリオン村のカプリコーンを一掃したサイモンは、そのまま馬車まで戻ってきた。


 馬車の荷台では、すっかり眼が冴えてしまった様子の2人の用心棒と、みんなに紅茶を配っているネコの商人。

 出ていったときと変わらない姿勢で待っていたシーラが、彼を出迎えた。


「おかえり、サイモン」


「ただいま。村人たちが今から橋の修理に取り掛かるみたいだから、もうしばらく待っていてくれ」


「サイモンは?」


「手伝ってくる」


 本来は討伐したあと、経験値稼ぎに専念する予定だったが、その必要はなくなった。


 レベル39のネームドに加え、次から次へと現れる大量のカプリコーンを一掃したサイモンは、すでにレベル26に到達していたのだ。


 今日中にレベル27に到達するのは無理だろうし、この辺りはモンスターの平均レベルも低く、経験値を稼いだところで焼け石に水だろう。


「あなた沢山戦って疲れてるんじゃない? 待っている事はできないの?」


「そうもいかない。モンスターたちが、この辺りの木をだいぶん食い荒らしてしまっていてな……トリオン村の人たちは、本当は被災者なんだ」


「大変じゃない」


「村に残された貴重な材木なのに、まっさきに俺たちの為に橋を作ろうと言ってくれたんだ。俺はせめて彼らを手伝いたい」


「そう、じゃあ、しっかり行ってらっしゃい」


「ああ、行ってくる」

 

【潜伏状態】のアサシンの声が、どこからともなく聞こえてきた。


「せっかく手伝っても、また『鳥』にやられたら意味がないよ、明日にはみんな忘れちゃってるよ?」


「そういう問題じゃないさ。お前は黙って見てろ」


「なによもー」


 サイモンが馬車から飛び降りていく。

 用心棒の2人も、紅茶を飲みながらひそひそと話し合っていた。


「俺らも手伝いましょうか?」


「くだらん、『S課』ならAIと人間の区別ぐらいわきまえておけ。なにか公益があるとでもいうのか?」


「たぶんですが、我々が早く先に進めるのでは?」


「正論すぎるな……やれやれ、年を取るとAIと人間の区別がつかなくて困る」


 彼らは紅茶を急いで飲むと、サイモンに続いて馬車から飛び降りた。


 冷たい川の上流から、切り出されたばかりの丸太が何本も流れてくる。

 トリオン村の人々は、丸太をそのままイカダにして川を下り、下流の街で材木として売る生業をしていたのだ。


 男たちが上着を脱いで川に入っていくと、アサシンはうひゃー、と声を上げた。


「ひゃー、年齢制限解除しててよかったぁ! ありがとうお母さん! うへへへ! あー、ガンダム見に行きたくなってきた」


『S課』の人たちがすぐ目の前にいるのも気づかず、親のアカウントを使ってログインしている事をカミングアウトしてしまうアサシン。


 上半身裸になって丸太を担いで歩くサイモンは、まるで神話に出てくる神様か英雄か巨人のどれかだった。回りの男たちも、おお、と見とれている。


 ふと横を見ると、シーラも口をぽかんと開けてサイモンの事をぼんやり見ていた。

 ネコからもらった紅茶をぼたぼたスカートの上にこぼしている。


 アサシンは、はっと息をのんだ。

 ガンダムを見に行っている場合ではない、今ここですべきことがあるではないか。


 最初はシーラと会うのが気まずくて【潜伏状態】になっていたのだが、思い起こせば、彼女とアサシンはこれからサイモンを取り合うライバルなのだ。


(に、逃げない……! この子には負けられない……! 頑張れミミズク……!)


 幼馴染みという最強ポジションの彼女からサイモンを奪わなければならない。

 いずれにしろ最終的に避けては通れない関門だ。

 

 ふたりきりになったのを見計らい、アサシンは意を決して【潜伏状態】を解除した。


「シーラ、お久しぶり」


 アサシンにとっては、2回目の対面だった。

 シーラの方は彼女の事を覚えているか疑わしかったが。


 ぼーっとサイモンに見惚れていたシーラは、こぼれてしまった紅茶を慌ててごしごし拭きながら、アサシンの方にぱっと向き直った。


「あれ、あなたひょっとして……」


「え? 覚えてる?」


「サイモンが言っていたわ、『仲間』の人?」


「……ひぅっ!?」


 思わぬ指摘を受けて、アサシンは硬直した。

『仲間』。

 生まれてはじめて誰かの『仲間』と見なされて、言いようのない高揚感を味わったのだ。


「そ、そ、そ、そうよぉ? ふふん、最近の冒険者は、綺麗な人が多くて驚いたでしょう?」


「ええそうね、本当に戦えるのか不安なぐらい」


「そんなことないわよ、サイモンはねぇ~、私のことすっごく頼っててねぇ、一部のクエストなんて、もう私が頼りだって頼んできてねぇ~。仕方ないなぁ~って、一緒にいるんだけどさぁ~」


「ふーん」


 シーラの表情がこわばった。

 じゃっかん効いている。

 この子が嫉妬深いのは、前の世界線でよく知っていることだ。

 しかし、どうして煽ればいいと思ったのか。

 逆に煽る以外でなんと話しかけたらいいのか、アサシンにはわからないのだ。

 とりあえず素に戻ったアサシンは、普通に聞いてみた。


「えーと……ちなみにサイモン、私の事なんて言ってた?」


「ガンダムが好きでよく見に行くんですって?」


「トランザムッ!」


 真っ赤になったアサシンが、馬車の幌に突進し、荷台が大きくガタゴトと揺れた。

 地べたからゆるゆる身を起こしたアサシンは、ちがうちがう、と首を横に振っていた。


「違うのよ!」


「違うの?」


「あなた、ガンダムがなにか、知らないでしょ!」


「え……ええ、知らないけど?」


「私も、ぜっんぜん知らないのよ! けどなんか流れでログアウトするたびにガンダム見に行ってることになっちゃってさ! なんか実際見てなきゃダメかなーって思って、ちょっとずつ見てるだけなの! お願い信じてぇぇ!」


「よく分からないけどさ……うーん、ごめん、やっぱりよく分からないわ……」


 ブルーアイコンの謎の言葉についていけるホワイトアイコンは、サイモンぐらいである。

 アサシンがめそめそ泣き始めて、シーラも困ってしまった。

 よしよし頭を撫でてなぐさめていると、サイモンたちが再び馬車に戻ってきて、アサシンはひゅっと姿を隠した。


「直ったぞ」


「うん」


 シーラは、心なしかにこにこしていた。

 やがて彼女は、意を決したように言った。


「ねぇサイモン、私も一緒にクエスト受けてみたいんだけど、いい?」

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