モンスター冒険者
「次の方どうぞー。あ、サイモンさん! 少々お待ちくださいね」
サイモンが冒険者ギルドのカウンターにやってくると、受付嬢はちょっと待つように指示して、奥の部屋に行ってしまった。
珍しい出来事に、アサシンがサイモンと受付嬢の行ってしまった扉をきょろきょろと見比べている。
「なになに? はじめて見る演出なんだけど、ひょっとしてサイモン、メイシーさんと知り合い?」
「ああ、ちょっと前にへまをやらかしてな。名前は初めて知ったけど、お前も知り合いなのか?」
「うん、私の数少ない友達なのよ」
「ほう。普段どんなことしてるんだ?」
「ふふん、冒険者ランクが上がったら、嫌な顔ひとつぜずに新しいネームタグを手渡してにこっと笑ってくれるし、もはや顔と名前だって覚えてくれるんだからね?」
「悪いがアサシン、冒険者ギルドの受付嬢を友達のうちに入れてはダメだということわざがあってだな……」
「別にいいでしょ、ゲームの中くらいもっと陰キャに優しい世界にしてよぉ!」
サイモンの事を覚えていたらしい受付嬢は、なにやら奥の部屋から大きな荷車を持ってきた。
人一人運べそうな大きさの、鉄製のカートだ。
前回、サイモンがギルドに来たとき、大量のドロップをカウンターにどかんと広げて大変な事になってしまったので、受付嬢も対応の仕方を考えたようだ。
「さあ、遠慮なく全部この中に出してください。このまま奥の検査場に持っていきますので」
「おお、気が利くな。けど、今日のは前よりだいぶん多いぞ?」
「大丈夫、特別頑丈なカートですから。ブルーアイコンのBランク冒険者さんが溜めに溜めた1週間ぶんのドロップでも、平気で運べますよ?」
「なるほど、それは頼もしい」
ならば安心だろう、とサイモンも納得した。
途中で冒険者をやめてしまったが、以前のサイモンのランクもBだったので、ドロップもそのくらいだろう。
サイモンはアイテムリストを開き、これまで溜まっていたドロップアイテムを一気に全放出した。
村ひとつ占拠していた『スケアクロウ』×150体分。
『火炎玄武』戦で手に入れた雑多なモンスターのドロップ×300体分。
『ファットラット』の抜け毛×2体分。
無限に仲間を呼び続けた『カプリコーン』×500体分。
などなど。
どがどがどが、と山のようにカートの上に乗せられていくドロップ。
カートの縁からあふれ、天井にまで到達し、床の上にぼろぼろと散らばっていった。
これでもか、という大量のドロップの山を見上げて、受付嬢は口をあんぐり開けていた。
サイモンは、ドロップにほとんど埋もれてしまったカートを見下ろして、満足げに頷いた。
「ふむ、壊れてないぞ。本当に丈夫なカートだな」
「オーダー!!!! 誰か来て―!!!!」
受付嬢は、ベルをチリンチリン鳴らして、奥から大勢の人を呼んだ。
「うげー! なんだこりゃあ!?」
「応援を呼べ! 今日中になんとか運び入れるぞ!」
「『緊急依頼』を発布します! この中に『鑑定スキル』をお持ちの方! 鑑定に手を貸してください!」
毎回受付嬢の反応を見るのを楽しみにしているアサシンは、お腹を抱えてひとしきり笑っていた。
***
「モンスター冒険者だって、あはは、モンスターなのか冒険者なのかわかんないね、サイモン」
「もういいだろ、からかわないでくれ」
前回も冒険者ギルドに迷惑をかけたとは思ったが、まさかそこまで露骨に嫌がられるとは思わなかった。
「サイモンがギルド未登録なのも悪いんだよ。市場におろすのに税金とかの手続きがめっちゃ増えるんだって。登録しちゃいなよー」
「ひょっとして、アサシンは俺のことをブルーアイコンだと思ってないか……」
これから先の事を考えると、サイモンもふたたびギルドに登録しないといけないかもしれない。
不思議なことに、街の人々が記憶を失っていても、冒険者ギルドの人々は記憶を失っていないようなのだ。
向かいの酒場に行くと、シーラが先に席に座っていた。
陶器のコップで温かいカルーアミルクを飲んでいる。
「おかえり。どうだった?」
「まだ査定待ちだよ」
「あら、けっこうかかるのね?」
「大量のドロップを持ち込んだら、だいたい待たされる事になるよ」
「へー、そうなんだ」
シーラがはじめて聞いて驚いたような顔をしたので、サイモンは違和感を覚えた。
「シーラは、昔から冒険者ギルドに通ってるんだろう? そういう事は聞いたことがなかったのか?」
「そうね、たまに依頼を出しに来てるわ。けど、そこまで詳しい事は知らないかな?」
「ねぇ、シーラの依頼どれ? 私がやっつけてあげる」
「ありがとう、ミミズク。でも、ちょっと難しいかもね。何年も塩漬けになってるし」
「大丈夫、私を何だと思ってるの? スキルだけはひたすら鍛えまくったのよ。アイテム探索なんてお手の者よ!」
「そう? じゃあ、期待しちゃっていい?」
「期待しといてー!」
シーラの出している依頼は、弟オーレンの病気に効く『トキの薬草』の採集だった。
世界中を探してもほとんど見つからないことから、ただの薬草採集にも関わらず、最高級のAランククエストになっている。
必要な報酬も高額となるその依頼を出すときに、シーラは不正を働いてしまい、冒険者ギルドに捕まって働かされている……と聞いていたのだが。
「シーラ、ひょっとして、俺といっしょにやりたいクエストってのは……」
「ううん? さすがに今からそんなあてどもない旅をするのはムリかな。弟を置いていけないしね。
実は、報奨金を支払うお金がない時に、軽くお手伝い程度のクエストをしたことはあるのよ。少しだけね? だから、そんなに詳しくは知らない」
「そうだったのか」
「サイモンに比べたら、恥ずかしいんだけど、笑わないでね、Fランク未満の、冒険者には公表していないようなお使いをギルドはいくつか持ってるの。それを特別に教えてもらってて……。
夕ご飯までに終わるような、なるべく簡単そうなクエスト、見繕ってくるから、ちょっと待っててね」
シーラはケープを羽織ると、椅子から立ち上がった。
残されたサイモンは、心配そうにその姿を目で追っていた。
Fランクの依頼をいくらこなしたところで、Aランクの報酬を支払うには足りないだろう。
やはりどこかで無理をしているのではないか。本当はどんなに過酷な仕事をしているのだろうか。
アサシンは、サイモンの不安げな視線に気づいた。
「シーラの弟さんって、病気なんだ?」
「ああ。治すには『トキの薬草』というのが必要なんだが、もう何十年も見つかっていないそうだ」
「『トキの薬草』……ってことは、弟さんの病気『あれ』になるのかな?」
アサシンは、即座にその正体を見抜いていた。
そう言えば、彼女は不思議な事を言っていた。
『前作』を知っていると。
いわく、この世界のいろいろなものが『前作』をもとに作られ、同じ名称を継承していることから、名称を聞けばその内容をある程度おしはかることが出来る、と。
「弟さんさぁ。ひょっとして体のどこかに、なんかに咬まれた傷があったりしない?」
まっすぐに瞳を覗き込んでくるアサシン。
確かに、村が魔物に襲われた時についたものだが、オーレンの手には、ヘビに咬まれたような傷跡がある。
サイモンは、慎重に返事をした。
「ある」
「あっ、なーる」
なーる。
アサシンは、そう言ってサイモンからさりげなく目をそらした。
何か急に気まずくなったらしい。
よほど大変な病気で彼に配慮しているのだろうが、逆にサイモンは不安になってしまった。
「なんだ、教えてくれ」
「えーと……いや、『本作』と『前作』は違ってるかもしれないから、軽々しくは言えない」
「そうか……ところでそう言えば、この前言っていた、『鳥』のログについてなんだが、あれもやはり分からないか?」
「ぎくっ……!」
アサシンは、びくっと肩を震わせた。
目をぐるぐる回し、首をぶんぶん振って否定した。
「わ、わ、わ、分からないなぁ~? ううぅ~ん。なんかあれってさぁ~、一部のボスしか使わないレアなスキルみたいでさぁ~。Wikiでも1件とか2件(本当は3件あった)しか報告例がないっていうか~。そんなの信ぴょう性がないよねぇ~? データが、そう、データがまだまだ少ないんだよねぇ~?」
「そうか……すまない」
アサシンの誤魔化しの不自然さに、サイモンはまったく気づかなかった。
気落ちしている様子のサイモンに、アサシンは思わず言いそうになった。
「あ、あのさ……サイモン、怒らないで聞いて欲しいの。本当は――」
「お待たせ!」
依頼書を何枚か抱えて、シーラが戻ってきた。
テーブルの上に、ぺたぺたと白いわら半紙を並べていく。
「Fランク未満のやつ、片っ端からもらってきたわ」
「ほうほう、どんなのだ……?」
「あれ……? けどこの人相書き、どこかで見たような……」
サイモンとアサシンは、興味を惹かれて表記をのぞいてみた。
『オーガ・キング【デルゴース】』の討伐……ランクH
『マッド・スケアクロウ【ハーレクイン】』の討伐……ランクH
『真・火炎玄武【北方無限斉】』の討伐……ランクH
『ファットラット・ブラザーズ【アルファ】&【オメガ】』の討伐……ランクH
『はぐれカプリコーン【ドラキュール】』の討伐……ランクH
サイモンとアサシンは、依頼書を見下ろしたまま、どちらも硬直してしまった。
Fランク未満の、冒険者には公表していないような依頼書。
たしかにFランク未満。
たしかに公表されていなかった。
だが何かが……何かが違う。
固まったまま、ぴくりとも動かない2人の様子に気づかず、シーラは細い腕を腕まくりして、わくわくしながら尋ねた。
「ねぇ、どれから行く? サイモン。やっぱりサイモンなら、片っ端からぜんぶやっちゃうかな?」
モンスター冒険者。
シーラのはしゃぎ様を見ていたら、唐突にその単語が2人の脳裏に去来したのだった。




