S課の領分
『本部より連絡、本部より連絡』
サイモンがカプリコーンたちと戦っている一方で、シーラは彼が戻ってくるのをしんぼう強く待っていた。
同じ馬車で眠りこけていた用心棒の2人は、そろって目を見開いた。
『本ゲーム内で、未成年者が不審な人物に深夜まで連れまわされる事案が発生した。当該の不審人物を特定し、可能ならば未成年者を保護するように』
午前3時15分、リアル世界ではひそかに警察が動いていた。
各県警に配備されているSNS生活安全課、通称『S課』の仮想世界犯罪対策室である。
どうやら、アサシンの身を案じた妹が通報していたらしい。
サイモンの事を「リアルの男だ」と言って見栄を張っていたので、未成年に声をかける不審人物がいるという騒ぎにまで発展したのだ。
『なお、当該の未成年者のアカウント情報はすでに運営から取得済みであり、C局の定点監視カメラの映像により、その近辺にいることが確認されている。プレイヤーの詳細は『要観察対象プレイヤーリストあ403号』を参照されたし』
いわゆる『覆面警察』であった用心棒たちは、ゆっくりと伸びをして起き上がった。
視界のログに映し出される『本部』からの報告をかるく流し読みして、あくまで普通のプレイヤーを装って、ごく自然な行動をする。
「さーせん、ちょっと散歩してきていいっすか?」
「なるべく早めに戻ってきてくれ」
「ういっす」
長髪の用心棒は、着物の裾をなおして折り目正しく一礼をすると、日本刀を持って馬車の後部から飛び降りた。
柔道の有段者らしく、土踏まずを使わないすりあしで移動する。にじみ出る強さは隠しきれない。
残された白髭の用心棒は、ふう、と息をついて、背嚢に身を預けた。
「なあ、あんた毎日この馬車に乗ってるな。退屈じゃないのか? ……おっと、NPCだったか」
白髭の用心棒は、荷馬車の隅に座っているシーラに声をかけそうになって、思わず顔をごしごし擦った。
シーラは、きょとんとして白髭の用心棒を見ている。
「毎日ですって? 不思議な事を言うのね」
「いや……なんでもない、忘れてくれ」
この特殊な警察は、バーチャル世界で大人と未成年者がやり取りしている現場を目撃しても、捕まえることができない。
未成年者が夜遅くまでSNSをやっていることは、別に法令で禁止されてはいないからだ。
大人との怪しげなやり取りを発見しても、出来るのは、せいぜい運営に違反行為を通報してアカウント削除と、アカウント情報の開示を請求すること。
そして他のゲームの利用状況、リアルでの住所や、通話履歴、ネットでの売買といった個人情報を収集し、リアル世界で違法な行動を起こすタイミングを見計らい、リアル世界で現行犯逮捕するのである。
そのためには、人海戦術によってプレイヤーのアカウントのリストを大量に作っておく必要がある。
なので、リストにないアカウントを見かけると、とりあえずどんなプレイヤーなのか把握しておく癖がついていた。
彼らはゲームの世界にいながらにして、その目は常に並行して存在するリアルの世界を見ているのだ。
「すまんな、さっきの男との話を聞いていて、ひょっとすると人間のアカウントじゃないかと思ったんだ」
シーラは、白髭の用心棒の方をじっと見ていた。
迫力のある大きな目だ。
頭上の白いアイコンがなければ、もはや本物の人間にしか見えないだろう。
「私は退屈なんてしないわ」
「ああそうだろうな、男の趣味で分かるよ。おっと失言した」
「どういう意味?」
「許してくれ、若い頃は夜勤など平気だったが、最近は朝が来るとぼんやりしてくるんだ」
「どういう意味って聞いてるのよ。私たちそんなにカップルみたいに見えてた? 困るなぁ~」
白髭の用心棒は、年のせいにしてなんとか逃げようとした。
彼はもともと、夜の繁華街などで未成年者が犯罪に巻き込まれていないか、見回りをしていた警察官だった。
だが、ドラッグの売買に、援助交際に、闇バイトに、わいせつな動画を送るように指示するなど、未成年者を狙った違法なやり取りは夜の繁華街よりも、ネット上のSNSやこうしたバーチャル世界で行われることの方が多い。
かつてS課は部署内のパソコンでSNSのログを一日中追って地道にそれらを調査していたが、近年発達したバーチャル世界でのやり取りは情報量が多すぎるため、同じような監視方法ではとても処理が追いつかなくなっていた。
日本最高峰のインターネットポリスのC局ですら定点監視カメラのような、世界の一部を切り取った断片的な情報しか手に入れられない。
よってS課は『潜入捜査』という、もっとも古い時代の見回りのような形態をとらざるを得なくなったのである。
「これから世の中はいったい、どうなっちまうんだろうね」
白髭の用心棒が呟いた。
けれどもシーラは、彼の言葉を聞いてはいないようだった。
馬車をおおう幌の外側にすこし顔を出して、なにかをじっと見ている。
赤くなっている顔を隠そうとしているのかもしれない。
「……サイモンは退屈な人なんかじゃないわ」
「おお……始まった」
「だって、あの人は昔、私に木登りを教えてくれたの。私は臆病で怖がっていたけれど、この木は神様の木だから、心配いらないって。彼は世界で一番美しい朝焼けを私に見せてくれた」
「もういい、もういいって」
「退屈と言えば、私の方だわ、だから今は私が彼に見せてあげられる風景を、ずっと探しているの」
「やめてくれ、もう勘弁してくれ。このスイッチどうやって切るんだ」
ちなみに、深夜帯になると彼らは村を手早く移動できる馬車を利用していたのだが、結果としてシーラと毎回も鉢合わせることになっていた。
シーラはリスポーンするたびにその日の事を忘れるので、彼はのろけ話を何度も聞かされてうんざりしていたのだった。
***
途中でSP回復薬を飲むことで、サイモンは計6発の【紫電突】を連続して放った。
雷光が黒い牢獄のようにカプリコーンを取り囲み、ライフゲージを奪い去る。
ナイトメアは「めええぇ」といななくと、レッドアイコンごと粉々に砕け散った。
「やったー! サイモン、やっぱり好きー! 最高ー! 愛してるー!」
アサシンが茂みから飛び出してきて、めちゃくちゃ彼の事を褒めていた。
どうやら警戒していた『覆面警察』の事はすっかり忘れてしまったようだ。
「アサシン、まだ戦闘が終わっていないから経験値が入らないんだが」
「ああ、ごめん! 私も攻撃にまわるから、はやく終わらせよう! そして早く街にいってデートしよう!」
「すまんが、シーラが一緒にいるから彼女とデートする」
「なんでよサイモン!? もぉー! あんな女のどこがいいのぉ!? 私の方がぜったいお得だよぉ!」
「ほら、いくぞ」
残されたカプリコーンに向かい、一発目の【紫電突】を放とうとした、その時。
サイモンは、視界のマップに起こった異変に気付いた。
――まずいな、誰かいる。
アサシンとは別の『青いアイコン』が、マップに映りこんでいるのだ。
マップが示している場所に視線を向けると、そのブルーアイコンは、崖の上の茂みに立っていた。
黒髪の長髪に、大きな日本刀。
馬車にいた用心棒の片割れだ。
寝落ちしていたと思っていたのだが、どうやら起きてきたようだ。
リアルでの時刻は、午前3時20分。
ブルーアイコンたちが目覚め始めるのには、まだ早い。
……ひょっとして、見られたか?
……『グリッチ』を。
その男がいつから崖の上にいたのか、サイモンには分からなかった。
じっとサイモンの方を観察して、彼のアイコンを見ているような気がする。
アイコンに表示される名称を確認しているのだろうか。
だとしたら彼の目には、なんと表示されているのか。
間違って、運営に通報されるような事がなければいいのだが。
「少女がいました」
男の口元がごそごそ動いて、誰かとチャットを交わしているのが分かった。
彼は言った。
「おそらく相手の男はただのNPCみたいです。『児相』の管轄です」
『よし、撤収』
用心棒は、ばさっとマントを翻して去っていった。
子どもがゲームのキャラクターに夢中になってしまうことは、よくある事だった。
たとえバーチャルの世界にハマりすぎた子どもがいても、そこに犯罪をもくろむ不審者がいなければ、『S課』のする仕事はない。
担当部署が違う。それは『児童相談所』の領分になるである。




