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馬車に乗って

 突然のサイモンの提案に、シーラは口をぽかんと開けていた。

 弟のオーレンも、口をぽかんと開けている。


「一緒にって事は……一緒に行くのよね。おなじ馬車に乗って」


「ああ、そうだな」


 サイモンは事も無げに言ったが、馬車の行程は、ほぼ半日に及ぶ。

 その間は狭い荷台で2人一緒にいる事になるので、ほぼデートのようなものである。

 普段カタブツのサイモンにデートに誘われる経験など、シーラにはなかった。


 オーレンにとっても、そんなサイモンを見るのは初めての事で、どのようにサポートすべきか分からず戸惑っていた。


「えーっ、なにそれ」


 シーラは、怪訝そうに眉をひそめた。

 信じられない、と言った顔つきだ。

 サイモンとは目を合わせずに、くしゃくしゃの髪の毛を手櫛で何度も何度もすいている。


「えーっ、困るなー。えーっ」


「たのむ、金がないんだ」


「さ、サイモン! そこはもうちょっとオブラートに包もうよ……」


 オーレンは、またとない機会だったのにサイモンへのサポートが遅れてしまったのを悔やんだ。

 シーラの方は、さほど気にしていないみたいだったが、せっかくのデートでお金の話はするものではない、というのがオーレンの感覚だった。


「急にどうしたの? 街に何か用事があるの?」


「街にというか……トリオン村で橋が落ちて困っていると聞いたんだ」


「それだけ?」


「ああ、助けになれないかと思って」


「ふーん?」


「……あと、ついでに冒険者ギルドにも寄ろうかと思ってる」


「冒険者ギルドに? 何をするの?」


「レアドロップを手に入れたから、ギルドに引き取ってもらいたいんだ。あとは、色々クエストしてレベルを上げたりだとか、そんな所だよ」


「ひょっとしてサイモン、冒険者に戻るの?」


「今日だけだよ。今日1日だけだ。代役がいないから、村長が許さないと思う」


「ふーん、そうなの」


 シーラの不審そうな目は、まるで拭えなかった。

 サイモンは肩をすくめた。


「悪いな、冒険者ギルドに寄ったら、すぐに金は返……」


「ああーっ! ……いや、なんでもない」


 オーレンは、とっさに発作を起こしてサイモンの失言をカバーしようとして、慌ててやめた。


 発作を起こすと、彼の面倒を見るために姉かサイモンのどっちかが家に残らないといけなくなる。

 今日は発作を起こしたらダメな事に直前で気づいたのだ。


「えーと、姉さん、はやく行かないと馬車に間に合わなくなるんじゃない?」


「だいじょうぶよ、走れば追いつけるもの。家っ子のオーレンには分からないかもね、ふふふ」


「ああ、草原には近道があるから、そこまでだったら余裕で馬車に間に合うんだ。さすがに山道まで行かれるとキツいが」


「あら、私は山道でも余裕で追いつけるわよ? ためしてみる?」


「ほほう、大した自信だな? 子供の頃みたいに競争するか?」


「いいわね。サイモンが先に行ってていいわよ。怪我人だからハンディキャップね。オーレン、お土産なにがいい?」


「お土産はいらないから、たのむから一緒に行ってよ! お姉ちゃんはいい加減に僕を心配させないでよ!」


***


「オーレンに追い立てられて来ちゃったけど、ねぇ、ひょっとして私たち、周りからデートだと思われたりしないかしら? 困るわー」


「そうか?」


「あー、困るわー」


 困る、困る、と言いながら、シーラはサイモンと並んで村の一本道に立っていた。

 まもなく山の上からやってきた乗合馬車は、料金は25ヘカタール。


 シーラは、御車のお爺さんに料金を2人分渡すと、馬車の荷台に身軽に飛び乗った。


 荷台には、体の倍くらい大きなリュックを背負ったネコの商人が1人と、剣を抱えてうずくまっているブルーアイコンの冒険者が2人もいた。


「ブルーアイコンだ。2人もいる」


「用心棒のクエストをやっているのよ。そんなに珍しい?」


「いや……珍しいというか」


 サイモンがメニューでリアルの時間を確認すると、午前3時5分だった。

 こんな時間に起きているブルーアイコンは珍しい、と思って顔をよく見ると、2人とも目を半開きにしたまま、ぐーぐー寝息を立てているみたいだった。


「寝てる……」


「疲れてるんだろうから、そっとしておきましょう」


 シーラが彼らの邪魔にならないよう隅の方に座ると、サイモンもすぐ隣に座った。


「この馬車、低料金なのに、用心棒を2人も雇えるのかな」


「かわりに運賃を無償にしてるのよ。持ちつ持たれつね」


「あの様子を見ると、めったに襲われないんだろうけどな」


 ブルーアイコンは、長距離移動に高価な『転移結晶』をばんばん使っている印象があったのだが、本来の冒険者は、こういう風に人々と助け合いながら旅をするものだった。


 がたんごとん、非常に揺れる馬車の片隅に座っていると、ぴろん、と音がして、チャットが入ってきた。


 開いてみると、アサシンからだった。


『生産職のプレイヤーをみつけた! 『火炎玄武』の素材があると、強力な防具が作れるって。サイモンも持ってたよね?』 


 おお、とサイモンは息を漏らした。


 プレイヤーというのは、ブルーアイコンが自分たちの事を呼ぶときに使う言葉だった。


 この時間に起きているブルーアイコンとコンタクトが取れるとは、かなり運がいい。

 さっそく返答しようとすると、シーラが声を上げた。


「あーっ、サイモン、また何か1人でやってる!」


 ぎくりとして、サイモンはメニューから顔をあげた。

 シーラが前のめりになって、メニューを突き抜けてぬっと顔を突き出してくる。

 シーラにはメニューが見えないのだろうが、ちょっとぎょっとする光景だった。


「す、すまない……もうしないよ」


 たしかに、目の前にシーラがいるのに、メニューばかり見ているのは失礼だっただろう。

 だが、そうなるとアサシンとの連絡はどうやって取ればいいのか。


「ねぇ、サイモン……信じていいの?」


「何を?」


「あなた、本当は戦争に戻るんじゃないのよね?」


「…………」


 シーラの問いかけに、サイモンはすぐに返事をすることができなかった。


 彼が挑もうとしているのは、村を再び災禍に陥れる『鳥』との戦いだ。

 しかしそれは、かつてサイモンが戦争に身を投じたときと、状況がよく似ていた。


 シーラは、サイモンの顔を両手で挟むと、真っ直ぐに瞳を覗き込んできた。

 目をそらすことが出来ない。

 まるで母親が子供を心配するような仕草だった。


「サイモン、半年前にあなたがこの村に戻ってきたとき、すごく怖い顔をしていたわ。

 まだ暴れ足りない手負いのオオカミみたいだった。血に飢えてて、何かに対してすごく怒ってて。

 けれども知ってるの、人目につかないところでは、まるで人生が終わったみたいな悲しそうな顔をしていたのよ」


「ああ」


「けれどあなたは門番の仕事が好きだったでしょう。門番の仕事をするうちに、だんだん笑顔を取り戻してくれた。

 さいしょは背中の曲がったオオカミが唸るみたいに『ここはヘカタンの村だ……』みたいだったのが、『ようこそ旅人よ! ここはヘカタンの村だ!』みたいになって……。

 オーレンもいつの間にかあなたの事が好きになってた。すごく嬉しかった」


「ああ」


「今のあなた、また村に戻ってきた時と同じ顔をしているのよ。

 オーレンの前だから言えなかったけど、私の知らないところで泣いているんじゃないかと思って、心配なのよ。

 本当に、戦争に戻るんじゃないのよね? 私たちに、何か隠してることあるんじゃないの?」


 サイモンは、ようやく彼女の本心を理解した。

 いつもと同じだ。

 シーラもちゃんと、おなじ一日を繰り返しているのだ。


 シーラは何も変わっていない。

 自分が変わってしまっただけだ。


(隠している事か……)


 自分1人だけ、同じ毎日を繰り返していること。

 大切な村が、何度も何度も崩壊していること。

 もうすぐ村に危機が訪れる事。

 シーラをできるだけ村から遠ざけるように、黙っていた事。

 けれどもシーラも、やっぱり村人たちと同様にリスポーンしている事。


 シーラは、サイモンの返事を辛抱強く待っていた。

 気がついたら、周りの乗客たちもサイモンの返事を待っていた。


「シーラ、お前に今までずっと言ってなかった事があるんだ」


「うん」


「俺の門番の仕事についてだ」


 サイモンは、シーラの手を握り返し、体温を感じながら言った。


「モンスターが出たり、山に異変があるときは、一晩中、門の前に立っているんだが……朝になると、かならず古木で鳥が鳴きはじめるんだ。

 じつは、あの木は俺が生まれる前からずっとあそこに立っててさ……。

 じいさんのじいさんのじいさんが、あの木に馬をつないで、この村を開墾してたんだって」


「うん」


「それから、じいさんのじいさんが、石を積んで、村を囲うあの塀を作っているとき、雷があの木に落ちたんだそうだ。

 けれども馬はみんな無事で、村人たちもみんな無事で、みんなあの木を守り神だと思って大切にしてたんだそうだ。

 それで、じいさんが馬屋をはじめたとき、屋号が『木の下』になったんだそうだ」


「うん」


「その塀ももう戦争で崩れてしまって、誰も手入れしないからボロボロになってて、ウサギが巣を作ったりしてるんだけどさ。

 そのウサギが朝になると必ず俺の足元を通っていって、夕方になると必ずまた塀に戻ってくるんだよ」


「うん」


「正直に言うと、門番の仕事が好きかどうかは、俺はよくわからないんだ。

 滅多に人は通らないけど、ときどきブルーアイコンの冒険者たちが、楽しそうに笑いながら通っていってさ、俺はときどき自分が冒険者だったころを思い出すんだよ」


「うん、意外とぜんぶ知ってた」


 シーラは明け透けに言った。

 ネコの商人はにゅふにゅふ笑っていた。

 冒険者たちは、にやつきながら、ふたたび眠りに落ちた。


 けれどもサイモンとシーラは、お互いが真剣な事を理解していた。

 サイモンが大事なことを言っているのだとわかって、シーラも目をそらさずに真っ直ぐに見つめあっていた。


「俺は、あの村が好きだ。朝の風景が好きだ。もう失いたくない。それが俺の全部だ。

 だから、安心してくれ。今までお前に言ってなかった事なんて、たったそれだけだよ」


「もう、知ってるよ」


 シーラは、困ったように眉をよせた。


「だって私のサイモンだもの。本当、ずっと変わらないのね。昔からそう」

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