マナー違反
サイモンが市場に向かうと、商人のアッドスがにこにこしながら彼を出迎えた。
「いらっしゃい門番さん、今日は何にするかね?」
「んー、そうだなぁ……あ」
言われてようやく、サイモンはお金がないままなのに気づいた。
前回は、討伐部位と引き換えに屋台ごと買い占める、などと豪語していたのだが。
けっきょくレベル25まで上げる事を最優先にしなくてはならず、交換する機会を逃してしまっていたのだ。
「ああ、今日は遠慮しとくよ……ちなみに念のために聞きたいんだけど、『火炎玄武』の討伐依頼って出てるのかな?」
「『火炎玄武』だって? そんなレアモンスター、出たら教えて欲しいくらいだよ。なんでも消費しきれないくらい大量のレアドロップが出るらしいからな」
「おお? ひょっとして、そのドロップをこの店に持ってきたら、おっさんが買い取ってくれたりする?」
「ふがっはっはっ! おいおい、勘弁してくれや。レアドロップの適正な値段なんて、こんな田舎の商人が知るわけねぇ。鑑定スキルもあるわけじゃなし」
「鑑定スキルが使えなかったのか?」
「いやいや、レベルが足りないんです。旦那が損するか、俺が損するか、どっちかしかない賭け事になっちまう。旦那が賭け事に飢えているなら止めやしないが、俺はそんなの御免ですぜ?」
「そうか……やっぱり冒険者ギルドに持っていった方がいいのか」
「あ、そういえば、山の麓のトリオン村の噂は聞きましたかい?」
「いいや、何かあったのか?」
「渓谷に『カプリコーン』が出て、大事な橋を壊しちまったらしい。渡し船を使ってもそいつらが襲い掛かってくるから、向こうに渡れなくて困ってるんだとか……」
「なるほどねぇ、やっぱりそうか」
どうやら商人アッドスは、この魔の山で一番強力なモンスターの討伐依頼の情報を無限に仕入れてくれるらしかった。
仕組みはよく分からないが、これがモンクの言う『プログラム』という奴なのだろう。
「いつも助かる。けれど、今回はトリオン村か……ほんとうに山の麓だな……」
トリオン村はここから港町に行く道の途中、ちょうど中間地点ぐらいにあった。
渓谷を流れる河が有名で、大勢の釣り人で賑わう釣りスポットでもある。
(討伐に成功したら、そのまま港町の冒険者ギルドに行った方が早いかもしれない)
ついでに溜まりまくったドロップ品を冒険者ギルドで処分することもできる。
だが、そうすると経験値かせぎをする時間が足りなくなってしまうかもしれない。
現状『鳥』の攻撃に対して確実に有効だと分かっているのはレベル上げなので、今回も深夜までにはレベル26には上げておきたかった。
なんとか早く移動したいものだが。
乗合馬車に乗るのはお金がかかるし、転移結晶はもっとお金がかかる。
サイモンは、しばらく考えた末に、やがてひとつの案を思い付いた。
「仕方ない、シーラにお願いするか」
***
その後、サイモンはいつものようにオーレンの家に訪れ、朝食をご馳走になっていた。
オーレンも一緒のご飯を食べながら、サイモンにしきりに話しかけていた。
「ねぇサイモン、門番の調子はどう?」
「ん? ……まあまあだな。そんなにいつもと変わらないよ」
「いつもは何匹くらいモンスター倒してるの?」
「期待させてすまないが、ゼロ匹だ。平穏なのはいいことだと思うぞ」
「…………」
前回は、大勢のパーティーで押しかけてしまったが、今日の来客はサイモン彼一人だ。
落ち着いて食事が出来るかと思ったが、頻繁にアサシンからのチャットが入ってきて、サイモンはそのたびにメニューを開いていた。
『朝ごはんしっかり食べてきて。できたらバフがかかって、持続時間25分以上のやつ。『カプリコーン』調べたけど、相当強いよ』
サイモンは、ふむ、と唸ってメニューを操作した。
視界情報の量を操作して、食事を『アイテム』として見ると、様々な情報が手に入る。
【シーラの手料理】岩石のようにぶつ切りにした食材を、火山のような強火力で焦げ付くまで煮込んだシチュー風の料理。ほどよい味付け。攻撃力微上昇、防御力微上昇、空腹予防、各25分。
ふうむ、とサイモンはうなった。
いままでは適当に読み飛ばしていたが、どうやら食事を摂る事でも、自分のステータスを高めることができることに気づいた。
(25分ということは……いま食べたら夕方までは効果が続くんだな……)
時計を確認して、どのくらいまで効果が持続するのか確認していると、オーレンが言った。
「サイモン、今日の料理はお姉ちゃんが作ったんだよ」
「おお、そうか。ありがとうな、シーラ」
「どういたしまして」
シーラは、心なしか不機嫌な様子で返事をした。
サイモンはまるで気づかなかったが、姉の心の機微がわかるオーレンは、どうしようかと慌て気味に2人の様子を見比べていた。
今日はサイモンが家にやってきてから、シーラの機嫌が悪いのだ。
サイモンはまったく気づいていないが、邪悪なオーラを身にまとって見える。
オーレンは、なんとか2人の仲を取り持とうと必死だったのだが、肝心のサイモンはずっと心ここにあらずといった様子だった。
「……どうしちゃったんだろう、サイモン」
まるでブルーアイコンのように空中で指を振ったり、口元で何かぶつぶつ呟いたり、何もない空中をじっと凝視したりしているように見える。
『レベルを上げる以外にも、『鳥』との戦闘で有利になる装備やアイテムがあるかもしれない。街に行ったら買いたいので、今のうちに探しておいてくれないか』
サイモンがメッセージを送ると、アサシンからは、短く
『k』
の返答があった。
了解の意味だろう。
頼れる仲間である。
「ねぇ、サイモン!」
がしゃん、という音がして、顔を上げると、シーラが机をたたきながら立ち上がっていた。
なにやら、じーっとサイモンの顔を見つめている。
「……どうしたんだ、シーラ」
ようやく、サイモンも彼女が不機嫌な様子に気づいた。
毎日同じルーティーンを繰り返しているはずなのに、いつもとは微妙に違っている。
ひょっとすると、メニューの存在に違和感を覚えているのかもしれない、というのはすぐに思い当たった。
いまさらすぎるが、本来メニューはホワイトアイコンが操作することのできないものだ。
サイモンは、アサシンからの連絡があったらすぐに応じなければ、と考えていたのだが、さすがに食事中ぐらいは連絡が来ても放置しておいた方がよかったのかもしれない。
などと思っていると、シーラは「はぁ~」と長いため息をついた。
「何でもない。じゃあ、私は行ってくるから。後片付けはお願いね」
「あ、待ってくれ、シーラ」
サイモンは、シーラを呼び止めた。
今日はいつもと違う事をしなければならないのだ。
「なによ」
噛みつくように振り返ったシーラの肩を掴んで、サイモンは言った。
「今日はお前と一緒に街まで行きたいんだ。連れて行ってくれないか?」




