suite:トリオン村
揺れる馬車の片隅で、シーラと固まって眠っていると、サイモンの視界にメニューが浮かび上がった。
『suite:トリオン村』
「ついたみたいだぞ」
「どこ?」
シーラは、目をこすりながら馬車の外を見て、ひっと悲鳴をあげた。
馬車はちょうど吊り橋を渡るところで、橋の遥か下方を川がごうごうと流れているところだった。
谷川を挟んだ岩場に小さな家が点々とあって、それぞれを吊り橋が繋いで、ジグザグに谷を渡っている。
マップがなければ迷子になってしまうような複雑な地形だった。
ひときわ広い谷までやってくると、馬車は止まった。
「ここは橋が壊れていて通れないらしい。悪いがしばらくここで足止めだ」
御車が説明したが、乗客の誰も文句は言わなかった。
とつぜん馬車が止まることなど、この世界ではよくある事なのだ。
そんな時は、橋が復旧するまで何日も待機するか、自力で歩くしかなかった。
「どうするの? サイモン」
「この村に仲間がいるはずだから、とりあえずそいつを探してくる」
サイモンが馬車から降りると、シーラは彼の手を握った。
戦争に戻るつもりはないが、やはりまだ不安は拭えないのだろう、サイモンはなるべく笑顔を作って言った。
「しばらく待っていてくれ」
「うん、待ってるわね、サイモン」
橋は、いずれも丸太と蔓を組み合わせてできたもので、踏みしめるとぎしぎしと揺れた。
メニューのマップを広域表示させると、トリオン村の全域が表示される。
いくつもの橋を渡って、マップ上に記されたブルーアイコンが見える場所に向かった。
「ここか……」
サイモンがやってきたのは、えぐれた崖に隠れた小さな河原。
ログハウスが立っていて、すぐ近くの渓流に糸を垂らした釣り竿が一本、石で頑丈に固定されている。
釣り竿は何かの魔法でもかかっているのか、魚が食らいつくと自動的につり上げ、傍らの籠の中に自動的に投入し、また渓流に糸を投げ入れる、といった事を機械的に繰り返している。
なんでこんな家に、と不思議に思いながら中を覗くと、外の見た目よりも広々とした家の中には、炉や金床などの鍛冶道具が置かれていて、壁には作りかけの剣や斧がひしめき合っている。
まるで鍛冶屋に迷いこんだみたいで、サイモンはますます眉をひそめた。
ブルーアイコンの姿を探すと、ぱちぱちと火を上げる炉に頭を向けるようにして、誰かが寝そべっている姿を見つけた。
身長1メートルにも満たない小さな女の子だった。
ブルーアイコンの隣には、『スノー・ドワーフ』という名称が浮かぶ。
王国でも東の森にしかいない、珍しい種族名だった。
「……どうもアサシンではなさそうだが」
この時間帯にログインしているブルーアイコンは少ない。
『眠っている』ブルーアイコンならさっきも見たが、この子もそうだろうか。
耳を澄ませると、すー、すー、と気持ちよさそうに寝息を立てている。
不意に、サイモンの気配に気づいて、ぱちりと目を開けた。
「ん、誰、お客さん?」
むくり、と上体を起こすと、傍らに置いてあった巨大なウォーハンマーをぎゅっと抱えこみ、思いっ切り伸びをした。
上着の袖が長すぎて、腕が出ていない。まるで親の洗濯物を着てみた子供みたいだ。
ネコミミのついたキャップをぐりぐり被りなおすと、眠たそうな目でサイモンの方をじっと見た。
「はいはい、どんな御用ですかー? その槍のメンテナンスする?」
「メンテナンスするとどうなるんだ?」
「耐久値があがるかもねぇ。いまなら5万5000ヘカタールで耐久値限界突破のバッキバキにしてあげるよー?」
「あいにく、そんな金はないな」
「じゃあ何する? ダイス賭博でいい? おじさんが勝ったらタダでメンテナンスしてあげるけどー、負けたらその槍ちょうだいね?」
「それはダメだな、俺にはこれしかないんだ」
「あれれ、よく見たらおじさんのアイコン白っぽくない? なんかイベント始まってるの? ……はっ、ひょっとして私のアイコンも白くなってたりする?」
「安心しろ、お前のアイコンは真っ青だよ。俺はブルーアイコンじゃない。ただのNPCだ。ヘカタン村の門番、サイモンという」
「あーなんだ、ゲーム世界に閉じ込められたのかと思ったのにー、ちぇっ。じゃあ、どんなイベントなの?」
「イベントでもないんだが……そうだな、いくつか聞いてもいいか?」
ドワーフは、ちょこん、と正座をしなおすと、うつらうつらしながらサイモンの方に向き直った。
「スノー・ドワーフ、まず、お前の名前は?」
「私はー、鍛冶師の『アーカパトニー』だよー。リアルでは非常勤の英語教師やってるー。カナダは雪深い州アルバータ出身の28歳。身長177cm。才色兼備メガネ付き超優良物件でぇーす! ちなみに彼氏いない歴はゼロでぇーす、なぜならぁー、私にはこのゲームが恋人だから! 拍手ー!」
ぱちぱちぱち。
「じゃあ、スミスでいいんだな?」
「拍手してよー! シーマンのいじわるー!」
「いや、俺はサイモンだが? すまんが俺には半分以上も理解できない単語なんだ。
ところで、さっきも馬車の用心棒をしながら眠っているブルーアイコンが2人いてな」
「えー、こんな時間にゲームしてる子がいるの? それはいけない、補導案件だわー!」
「不思議に思ったんだが、お前たちはリアルの世界に戻って寝ないのか?」
「うーん、このゲーム、『自動で進むイベント』が結構あってねー、その間は何もせずにじっと待ってたりする事が多いのよー。私も生産職だから、『合成』中はよく寝落ちするしー。釣りとかもそうだしー、たぶん用心棒もそうなんじゃないー?」
「作業中なのに、そんなに眠れるものなのか?」
「私はー、たいてい酔ったままログインしてぶっ倒れて寝落ちするパターンが多いんだけどー……他の人の事はあんまし考えたことないなー……
けど、たぶんあるっしょ、そんなに毎日じゃないけどー、お隣が騒がしくて眠れないときとか、気持ちがもやもやするときとかー……
それに比べたら、このゲームの世界は風とか、暖炉とか、川のせせらぎとかが気持ちいいのー。だから、ついついログインしたまま寝落ちしちゃうの、先生わかるなー」
「信じられないな……山道の馬車よりも眠れないなんて……よっぽどひどい環境なんだな」
「あー、馬車に揺られるのもいいよねー。ずっとガタゴトしてるから、眠くなっちゃうー」
サイモンが、信じられない神経の太さだ、と戦慄していると、スミスは短い指をふった。
「ははん、種明かしするとねー、メニューの視覚情報の設定画面でぇー、視覚以外の色んな感覚をミュートにできるのよー。
そうしたら、割とどこでも平気で寝れるよー……ふわぁぁ」
どうやら、彼らはメニューの機能をうまく利用してゲーム世界で寝る方法を編みだしていたらしい。
サイモンもメニューをずいぶん使い慣れたと思っていたが、まだまだ知らない使い道があったようだ。
スミスは、ふわぁ、とあくびをした。
「あー、眠いや、ごめん、ちょっと眠るー。おじさんもいっしょに眠るー?」
「いや、俺は眠くないというか……そう言えば、ずっと眠ってないな……」
「あはは、やっぱNPCなんだねー。じゃあ、私寝ちゃっても安心だよねー。お休みー」
ぐでーん、と横になってしまったスミス。
そのまま2秒で寝息をたてはじめた。
サイモンは、お腹までめくれ上がった裾を直してやると、上から毛布をかぶせてやった。
可愛い寝顔をしているが、きっとリアルの世界では酔っ払って寝ているのだと思うと、ひどく残念な気がする。
「アサシンにも教えてやらないとな……そうだ、チャットで連絡してみるか」
マップを見た限り、この村のエリア内にスミス以外のブルーアイコンの表示はない。
ひょっとすると、アサシンはまだ村に来ていないのかもしれない。
『村に来た。今どこにいる?』
チャットでメッセージを送ると、すぐに返事が来た。
『ログハウスの側で釣りしてるよ』
サイモンがログハウスの外を見ると、そう言えばさっきから釣り竿が動いて釣りをしているのだった。
最初は魔法か何かと思っていたが、なるほど、アサシンが【潜伏状態】で釣りをしているだけだった。
サイモンが外に出ると、アサシンがすうっと姿を現して、釣り竿を放り投げて飛びついて来た。
「サイモーン! 会いたかった―! でへへへ、すーはー」
「あまり吸いつかないでくれ。お前も少しは眠くなったりしないのか?」
「仮眠とってるからだいじょーぶ。あとサイモン成分も補給したから、これで朝まで覚醒できる」
どうやら、一定時間経ってセル・パーティが解除されたので、サイモンのマップにもアサシンのアイコンが映らなくなっていたらしい。
アサシンのチャットが常時視界に映るようになるので、もう一度セルを組まないといけないのは若干抵抗がないわけではない。
「あ、サイモン、言ってた生産職のブルーアイコンだけど」
「ああ、そういえば言ってたな、いい職人がいるんだって?」
まさか、とは思ったが、そういえばアサシンがこの隠れ家にいる理由は他になかった。
アサシンが手を引っ張って、ログハウスの中にサイモンを招き入れた。
「ど、ど、ど、どうぞ……! 鍛冶師の『アーカパトニー』さんです……!」
相変わらず、リアルの人間に対してはひどく人見知りをするアサシン。
スミスは、いつの間にか上体を起こして、金床の上に足を組んで腰掛け、サイモンとアサシンをじっくり見ていた。
「あら、エアーマン」
「サイモンだ。あんたがそうだったのか」
「へぇ、じゃああなたがアサシンの……そうなんだ? へぇー? ふぅーん?」
なにやら、にやにやしているスミス。
サイモンは、嫌な予感がして警戒した。
アサシンの事だから、きっとろくな事を言っていないはずだ。




