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ACT15 重巡洋艦ゾディアック

『きゃあ……ち、ちょっとぉ……』

 通信機から流れてきたセーラの悲鳴に、レッドは苦笑した。

 無重量状態での活動は、慣れないと難しい。

 さっきまで人工重力の効いた船内にいただけに、いきなりの無重量状態にセーラは面食らっている。

「しゃあねぇや……」

 レッドは、宇宙服のバックパックに装備したガスジェットを小さく噴射させ、素早くセーラの後を追った。

 ともすれば、あさっての方向へ流れてしまいそうになるセーラの身体を、レッドは巧みに捕まえ、軌道を修正してやる。無重量状態では、慣性の法則に従って一度動き出すと止まらない。

 リンやウォルフは、宇宙軍あがりだけに巧みな動きだった。無駄な動作など、わずかも感じられない安定した姿で浮かんでいる。

 直線距離にして一キロ程度の船外活動など、遊んでいるようなものだった。

 武器、汎用アナライザーといった機材を持っていても、軽快さを失っていない。

「どこから、もぐり込む?」

『非常用のエアロックがある……あれだったら、手動で動くはずだ』

 ウォルフの返事は、いつもと同じく簡潔だった。

 巧みにゾディアックの外板に取りついたウォルフが、非常用のエアロックを開いた。

『墓荒らしみたいでさ……ちょっと、嫌な気分だね』

 リンのつぶやきが、通信機に飛び込んできた。

 エアロックの扉を閉めるのと同時に、内部の照明が自動的に点灯した。

 一抱えもあるハンドルを回すと、頑丈なラッチがエアロックを閉鎖する。

 黄色と黒の縞模様に彩られたレバーを倒すと、エアロックに空気が送り込まれる。

 船内と気圧が同じになったことを確認し、ウォルフが内側の扉のロックを解除した。

 同時に、レッドとリンがレーザーライフルを構える。

 エアロックを抜けると、そこは宇宙服が並んだロッカールームだった。

 メルイアの軍用艦艇に共通する構造をしている。

『やっぱり……この船はまだ生きてやがるぜ。

 待機状態で、眠っているだけだ』

 ウォルフが、誰に言うともなしにつぶやいた。

 船内の生命維持システムは、正常に作動している。

 空気に有害成分が含まれていないことを、環境センサーの表示で確かめ、ウォルフがヘルメットのバイザーをあげる。

「さっ……行こう」

 リンが、目でうながした。

 船内は、意外なほどに清潔だった。

 ライトグレーに塗装された内装には、傷どころかわずかな汚れすらない。ロールアウトしたての新品同様の状態だった。

 酷使した船ならば、内装が痛んでいても不思議はない。

 大体、就役したばかりの新造艦でも、一航海終ればあちこち塗装がはげてくる。だが、ゾディアックの船内は、人が使った気配がない。

 通路を抜け、順番に部屋を調べてゆく。

 クルーが使ったと思われる室内や、食堂といった居住区画は、シンプルなものだった。

 レッドたちの目には見慣れた、メルイア軍用艦の居住空間が並んでいる。

 そして、どこにも人の気配はなかった。

 人が使った痕跡もなければ、死体一つない。

 引き渡される直前の、全くの新造艦だった。

「奇妙な船だな……」

 ウォルフがつぶやいた。

「幽霊船みたい、ってことかい?」

 リンの軽口に、ウォルフは静かに首を横へ振った。

「居住区画が、妙に狭い……乗組員の最大定員が二十人程度だ……このクラスの船なら、三百人は居てもおかしくないってのにな」

 確かに、おかしかった。

 巡洋艦にしては、異常なほどに居住区画が狭い。

 クルー用ベッドの数から、クルーの数は計算できる。

 二ランク下のミサイルフリゲートでも、これだけのクルーで運用するのは苦しい。

 高度な集中制御システムが、クルーを補佐する船だった。

 だが、大胆な省力化には、それなりの理由がなければならない。

 人間の居住空間を最小に抑えれば、その分だけ空間が余る。

 そして、その余った空間は、重装戦列艦並の大出力エンジンと、装甲区画で占められている。

 外宇宙船としては、奇妙な構造だった。

 デルタクリッパーも、外宇宙船としては格段に居住性が悪いが、それに匹敵する。

 汎用アナライザーに船内の構造図を入力しながら、ウォルフが小さく首をひねった。

 当初の予想とは、大幅に違う船内だった。

「戦列艦と対等に渡り合えるだけの装備を、巡洋艦に詰め込んだって雰囲気だぜ」

 珍しそうに、船内各所に装備された端末を調べていたリンが、ウォルフの方を振り返った。

 リンと視線が合ったウォルフは、大袈裟に肩をすくめて見せる。

「俗に……ポケット戦艦って呼ばれる代物が、一番この艦に近いかもな」

 ウォルフの言葉に、リンがかすかに首をかしげた。

「けどさ……それだと、扱うのが大変だよ」

「ああ……よほど、高性能のコンピュータが統合してないと、敵と撃ち合いを始める前に、遭難しちまうぜ」

 うなずいたリンは、レッドに視線を移した。

「二手に別れよう……あたしらは、動力区画を調べるから……レッドは、ブリッジを調査してね」

「了解!」

 レッドは、軽く手を振った。

「そうだ、レッド!」

 振向いたリンが、レッドを見つめた。

「これを……あんたが持ってる方がいいわ」

 リンは、ドッグタグをレッドにトスした。無重量状態の空間を漂い、金色のドッグタグがレッドの手元に流れてくる。

「お守りよ」

「お守り、か」

 レッドは、顔をしかめた。

(姐さんは……どこまで知っているのだろう?)

 一瞬、そんな疑念が頭をよぎった。

 リンは、ドッグタグとこの宇宙船の関係を見抜いているのかもしれなかった。そして、それはレッドの過去を知っているということを意味する。

 レッドは、自分の過去を誰にも話したことはない。

 忘れ去ろうとした忌まわしい記憶だった。

 だが、ここにその過去がある。リンには話さなかったが、このゾディアックの内部配置は、レッドの記憶に叩き込まれている。

 リンとウォルフの後ろ姿が遠ざかるのを見送り、レッドはセーラの肩を叩いた。

「行ってみよう……提督の手掛かりを探そうぜ」

「うん」

 レッドは、記憶を頼りに、通路を選んでゆく。

 記憶に間違いがなければ、ブリッジは船体の中央部にあるはずだった。

 高機動を発揮するゾディアック級巡洋艦は、急機動時の強烈なGの影響を受けにくい重心近くにブリッジを置いている。

 頑丈な装甲に何重にも護られた船体の奥にブリッジがあった。

 扉の傍らに取りつけられたセンサーに手を触れると、音もなく扉がスライドした。

 待機状態にあるブリッジは、フットライトのみが照らし出すせいか薄暗い。

 その内部は、拍子抜けするほどシンプルなものだった。

 大型のスクリーンパネルが並び、コンソールには必要最小限のスイッチ類しかない。

「音声入力と、タッチパネル……こりゃあ、とんでもないぜ」

 レッドは、唸り声をあげた。

「最新鋭のシステムね」

 セーラのつぶやきに、レッドは小さくうなずいた。

(やっぱりそうか……)

 レッドは、かすかに口元をゆがめた。

 この船の正体が判った。

 間違いなく、本物のゾディアックだった。

 記憶の奥底にあったデータと一致する。

 このゾディアック級巡洋艦に、レッドも乗り組むはずだった。そのための、特殊な訓練も受けている。シミュレーターだけの訓練で、現物を見るのは初めてだが、間違いはなかった。

 究極防衛システムの一環となす、最強の戦闘艦だった。同型艦十二隻で、メルイア星系の全域を防御するはずだった。

(俺が、乗るはずだった船だ)

 ロッド・シェラザート提督に拾われたレッドは、仲間たちとは別の道を歩んだ。もし、提督に巡り会わなければ、ほんの数カ月後にこの船のオペレーターとなっていたかもしれない。

(もしくは……俺が……)

 レッドは、忌わしい記憶を打ち消すかのように、小さく頭を振った。

 提督に出会って転属したことが原因で、レッドはメルイア崩壊戦で生き残ったことになる。

 提督がなぜレッドを自分の部隊へ引き抜いたのか、レッドにはわからない。

 Gフォースと呼ばれた特別戦闘機部隊から、提督直属の部隊に転属したレッドは、そこでリンたちと巡り合った。

「これは?」

 レッドは、キャプテンシートのコンソール上のクリップボードに固定された、一枚の紙片に気がついた。

 それは、今まで何一つ人間の匂いがしなかった艦内に、唯一残されていた人間の気配だった。

 レッドは、プラスチックコーティングされた紙片を摘みあげる。

 それは、一枚の写真だった。

「!」

 レッドは、無言でセーラに写真を手渡した。

 公園らしい緑を背景に、紳士が十才ぐらいの少女を抱きかかえている。軍用のジャンパーを羽織った男は、細面のダンディさの漂う面影をしていた。栗色の髪と、深い青みを帯びた瞳を、レッドが見忘れるはずがない。

 その独特の眼光を見るまでもなく、写真の人物の正体はわかる。

 それは、ロッド・シェラザート提督と幼い頃のセーラの写真だった。

「父さん……」

 写真を見つめていたセーラが、ぽつりと小声でつぶやいた。

「父さんは、この船にいたんだね……父さんがここまでたどり着いたのは、間違いないよね」

 セーラが、レッドを見あげた。

 セーラの目尻が、涙でかすかに潤んだ輝きを見せている。

「けど、父さんは……どこへ?」

「わからないな……ここにいないことは確からしい」

 提督の手掛かりは、それだけだった。

 レッドは、セーラの肩がかすかに震えていることに気がついた。

 レッドに背を向け、必死で涙をこらえている。

「セーラ……」

 レッドは、セーラの宇宙服のヘルメットを軽く叩いた。

「あっ、痛っ……何すんのよ!」

 驚いたような表情を浮かべて振り向いたセーラに、レッドは照れたように片目を閉じてみせる。

「慰めるのが下手でね……こうしてやるしか慰め方が、思い浮かばない」

 返事のかわりに、セーラはレッドのヘルメットを軽く叩き返した。

「レッドの馬鹿ぁ! あなたには、デリカシーってものはないの?」

「あいにく、そんな言葉は知らないのでね」

 セーラに叩き返されたレッドが、笑った。セーラの精神状態は取り乱していない。

「でも、一つだけ、はっきり断言できるよ」

 そう言って、レッドが真顔でセーラを見つめた。

「提督は生きている……きっと、手掛かりが見つかるさ」

「ありがとう、レッド……父さんが、死んでいるって……3年も前から覚悟は出来ていたはずなのにね」

「手掛かりがなくなったわけじゃない……この船のコンピュータにアクセスすれば、この船の行動記録が残っているはずだ。

 通ってきた航路から、全ての交信記録まで……」

 そこまで言ったレッドの表情が、急激に変化した。

(これが完成品のゾディアックならば……BLUEが眠っているはずだ)

 記憶に間違いがなければ、完成したゾディアックの本当の中枢はブリッジではない。

「そうか……CICルームだ!」

「CICルーム?」

「Combat Information Center……戦闘情報センターさ。

 この船を統合する戦術コンピュータがある部屋だ……これだけ自動化された船なら、相当規模がでかいはずだ」

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