ACT16 提督の残像
ラッタルを降り、ブリッジの一層下に足を踏みいれたレッドとセーラの前に、頑丈そうな扉が立ちふさがっていた。
淡いグレイに塗装された内装の艦内で、その二メートル四方の扉だけが金属の地肌むき出しの異様な輝きを見せている。
かすかな虹色の光沢を秘めた銀色の扉は、外部からの侵入を拒むかのような冷たい印象を与える。
「なんてこったい……まるで、戦車の前面装甲だぜ」
レッドはセーラと顔を見合わせた。
ブリッジとは、その頑丈さの規模が違う。
武器庫でも、ここまで強靭な扉ではない。
戦闘情報センターは、軍用艦艇にとっての中枢だった。
索敵センサー群からの情報から、航法システムからの情報まで、全ての情報が集まるセクションだった。
ブリッジが、人間と船のインターフェースだとすると、CICルームは船の頭脳中枢といえる。
いわば、人間にとっての、大脳にあたる部分だった。
船の中枢機能を司るだけに、重装甲に守られている。
「開けられる?」
レッドの背中越しに、CICルームの扉をのぞいたセーラがささやいた。
壁にはめ込まれた、端末にパスワードを入力しない限り、扉が開かないシステムだった。簡単に開くようでは、軍事機密は護れない。
軍用艦の中枢部に入れるのは、クルーの中でも一握りの人間だけだった。
「爆薬でも使えば別だけどね……厄介な代物だぜ」
レッドは、顔をしかめた。
訓練を受けたことがあるとはいえ、レッドが正規のパスワードを知るはずがない。
"ログインコマンドを入力して下さい"
ディスプレイに、無機質な文字が並んでいる。
「失敗したら、どうなるの?」
「扉が開かないだけならいいんだけどね……こういった無人システムの恐いところは、融通がきかねぇんだ」
「?」
「不審人物の侵入と見なされ、無条件で排除される……天井に取りつけられてるのは、レーザー銃だぜ」
「!」
セーラが、不安そうに天井を見あげる。
「掌紋と、網膜パターン照合だけでも厄介だってのに、パスワードと電磁キーが必要だってのがな……」
一瞬、レッドはためらった。
記憶に誤りがなければ、通常のパスワードだけでなく、専属オペレーター強制介入用のコマンドでアクセスできるはずだった。
「提督を信用するしかない、な」
レッドは、提督がセーラに送りつけてきたドックタッグを手に取った。
これが、第一のキーとなるはずだった。レッドの名前が刻み込まれている以上、レッドの知るパスワードでいいはずだった。
パスワードだけではロックを解除できない。オペレーターのドッグタグと、パスワードの二つがそろわなければ、内部に入ることを許されない。
金色のドッグタグを、小さなスリットに差し込む。
"パスワードを入力して下さい"
表示が変った。提督は、全てを承知でこれをセーラに送ってきたのだろう。リンのもとにレッドがいることも知っていたに違いない。
レッドの指が、タッチキーに触れた。
"Red Bradley
ID-PASS=BLUE/018
COM=OPEN-YOUR-EYES"
レッドがパスワードを入力したとたん、ディスプレイの表示が切り替わった。
"パスワード受けつけました。
掌紋照合を行ってください"
「やれやれ、登録されてなかったら、レーザーでハチの巣にされちまうんだぜ」
ぼやきながらも、レッドは宇宙服のグローブを脱いだ。端末のタッチパネルの上にレッドは掌を載せた。
"掌紋確認。
網膜パターンの照合を行ってください"
「まさかここまでやって、駄目でしたってこともないだろうけど……嫌な気分だよ」
ヘルメットのバイザーを上げ、端末の複合センサーのレンズをレッドがのぞき込む。
"網膜パターン確認"
タッチパネルのディスプレイが切り替わる。
"Red Bradleyと確認"
ロックが解除された証拠に、端末のインジケーターが、グリーンに瞬いた。
「開いたぜ」
振向いたレッドは、セーラに笑いかけた。
端末のタッチパネルに指を触れると、扉が静かに左右にスライドしてゆく。いざという時にすぐに脱出できるよう、レッドはコマンドを入力して扉を強制開放したままにした。
「けど、どうして……レッドが、パスワードを?」
いぶかしげなセーラの言葉に、レッドが振り返って肩をすくめる。
レッドを始めとする、ごく一部の人間のみが知っている専用コマンドだった。
「……」
レッドは、ためらった。
(全てを話すか……)
胸の奥底に仕舞い込んだ悪夢だが、セーラなら理解してくれるかも知れなかった。
(いや……)
一瞬、ためらいを見せたレッドは、無理に苦笑を浮かべた。
「俺の名前は、魔法がかかってるのさ」
「魔法?」
「そうさ……ゾディアック級の巡洋艦なら、どれでも通用する魔法だよ。
網膜パターンも掌紋の登録も、事前に提督がやってくれたんだろう」
レッドは、セーラを促してCICルームに足を踏みいれる。
薄暗いCICルームは、ブリッジよりも狭かった。
大型のスクリーンが天井にはめ込まれているだけで、構造的には上層のブリッジと大差ない。人の気配どころか、何の違和感もない普通の船室だった。
拍子抜けしたように、レッドとセーラは顔を見合わせる。
「何もなし、ね」
セーラが、力なくため息をついた。
異変が起こったのは、その瞬間だった。
ブラックアウトしていたディスプレイ群に灯が入り、文字が流れ始める。
"STAND UP BLUE-SYS
MAIN REACTOR IGNITION
AUTO-MODE CONNECTED
PRI-START CHECK OK
ALL READY ALL GREEN
ZODIAC STAND BY"
かすかな冷却ファンの唸りとともに、眠っていたコンソール群が覚醒を始めた。
「ち、ちよっと……レッド!」
驚いたセーラが、レッドの腕にしがみついた。
強大なエネルギーの存在を示すハム音が高まり、背筋がぞくぞくするような感覚に包まれてゆく。
「こいつは……」
レッドが、驚いたようにCICルームを見渡した。
ディスプレイに表示された文字は、この船が覚醒を始めたことを証明している。
「!」
不意に、薄暗いCICルームの奥に、人影が浮かび上がった。
「馬鹿な……」
レッドは、セーラをかばうように半歩前へ出た。無意識のうちに、レーザーライフルを腰だめに構えている。
「父さん?」
人影を見つめていたセーラが、震える声でつぶやいた。
確かに、提督だった。
軍服をまとったロッド・シェラザート提督が、CICルームの奥に立っている。
悪戯っぽい輝きを秘めた眼光と、強烈な意志を宿した口元は、昔の面影と少しも変わっていない。
違うのは、提督の姿がかすかな燐光を発していることだった。
《久し振りだな……そこに居るのは、レッドとセーラか》
光に包まれた提督が、苦笑を浮かべる。
まぎれもなく、本物の提督の声だった。
「父さん!」
セーラが、悲鳴に近い声をあげた。
駆け寄ろうとするセーラの腕を、レッドがつかんだ。
「あれは立体映像だ……」
"提督"が、小さくうなずいた。
そのさりげない仕草は、間違いなく提督のものだった。
《確かに、儂はここにいない……儂の姿も、言葉も……全て、三年前に用意してある》
「けど……ちゃんと受け答えしているわ」
セーラのささやきに、レッドはうなずいた。
あらかじめ収録していた立体画像を再生しているだけでは、受け答えなど出来るはずがない。ランダムに変化する反応や話題に合わせるシステムは、どれだけの情報処理を行なう必要があるか、レッドにもわかる。
これだけ精密な制御が可能なシステムは、レッドの知る限りたった一つしか存在していなかった。
「BLUEの能力から考えれば、難しいことじゃない……喋っているのは、人間と同じ感情を持ってるコンピュータだぜ」
「プロジェクトBLUE? リンの言っていた謎のプロジェクト?」
レッドは、セーラの言葉に答えず、"提督"をにらみすえた。
「答えろ! BLUE! 提督の姿で、何を伝えたい?」
レッドの叫びに応じて、"提督"が笑い声をあげる。昔と変わらない、懐かしいロッド・シェラザート提督の笑い声だった。とても、コンピュータが制御しているとは思えない。
《まず、三年前の話からしよう……儂は、司令部からの特命を受けた。
それは、このゾディアックを、ある場所まで極秘に回航することだった……それは、メルイアの首脳陣が、統合戦争の終結を見越して打った起死回生の作戦だった。
統合戦争後、メルイアが再起を計るための準備の一環と言ってもいいな……作戦に関わった人間は、儂だけではないだろう》
"提督"が、話し始めた。
それは、醜い人間の欲望の物語だった。
敗戦を見越していた、メルイアの上層部は、逃亡の準備を密かに進めていた。
軍の戦闘艦艇を温存し、再起を計るために必要な軍需物資を隠匿する。
隠匿物資は、宇宙船製造用のレアメタルだったり、推進剤用の重水素だったり、多種多様に渡っている。
そして、"選ばれた"ごく一部の人間たちとは、軍の首脳陣とその家族たちだった。
提督がその事実を知ったのは、ゾディアックのCICルームの秘密を知った時だったという。最新鋭巡洋艦ゾディアックも、再起に必要な隠匿物資の一つだった。
《プロジェクトBLUEのことは、知っていたよ……レッド、君のこともな》
「……」
レッドは、表情を強ばらせた。
(俺は……)
提督は、レッドの正体を承知で、自分の部隊へ転属させたのだった。
《そして、プロジェクトBLUEの実用試作システムを見た瞬間……儂の、目標が決まった》
「目標?」
話に釣り込まれていたセーラが、思わず聞き返した。
《ああ……メルイアの生き残った首脳陣と決着をつけることだ》
「!」
《十二人委員会という存在を知っているかね?》
「メルイアを戦争に導いた、戦争犯罪人……大統領と、側近たちだ」
《そう……メルイア崩壊戦直前に行方をくらましたのは、そのうち四人……彼等と決着をつけなければ、儂の戦争は終らない》
「父さん! お願い! 今どこにいるの?」
"提督"が、寂しそうに首を振った。
《セーラ……ここにいるのは、ただの残像さ》
「提督……」
《ホワイトクロスにゾディアックを隠し、儂は自分の仲間たちとともに旅立った……メルイア崩壊から、半年後のことだよ……多分、今頃どこかでメルイアの残党と闘っているか、死んでいるだろうな。
残党狩りが終っていれば、君たちはここへ呼び寄せるはなかっただろう……そう受けとってもらいたい》
「じゃあ……俺たちに、何をさせたいんだ?」
レッドは、かすかに自分の声が震えていることに気がついていた。
激しくゆれる感情を、押し殺すのがやっとだった。
《プロジェクトBLUEさ……これを、彼等の手に渡すわけにはいかない》
肩を落したレッドは、大きく息を吐き出した。
「……俺にはわかるよ……その言葉の意味がね……」
こんな場所で、プロジェクトBLUEと巡り合うとは予想もしていなかった。
葬り去られたはずの自分自身の過去と、再会するのはつらいものだった。
《これだけの戦闘システムは、向こう二十年間……この世界に君臨する力がある。
単体でも、戦列艦の一個艦隊と対等に渡り合えるだけの戦闘力を持っている……まして、この技術を解析して量産すれば……この宇宙に覇権を打ち立てることさえ夢ではない。
だが……そのためには、再びむごたらしい悲劇が繰り返される……》
「ちきしょう……俺は、どうすりゃいい……」
レッドは、食いしばった歯の隙間から、声を絞り出した。
《儂も、そう考え……悩んだよ》
「その結論は?」
《君たちの手にゆだねよう……儂に出来る精一杯の、決断はそれだった》
「……」
《セーラ……この目で、成長を見届けることが許されないのが、ちょっと心残りだよ。
だが、ここまでたどり着いたことを嬉しく思う……自分自身の目で見て、判断して儂の意志を受け継いで欲しい》
一瞬のゆらめきとともに、"提督"の姿が消えた。
かすかなモーターの唸りとともに、ロックされていた扉がゆっくりと開いてゆく。
CICルームのさらに奥へと通じる扉だった。
内部の照明が、自動的に点灯する。
「!」
背後で、セーラが息を呑んだ。
そこには、棺桶があった。
それは、まさに棺桶という表現がぴったりくる代物だった。
ハイパークリスタルの外装と、それに付随する補機群だけならば、コールドスリープカプセルと言っても信じてしまうだろう。
違うのは、その中身だった。
コールドスリープ装置に似た透明のカプセルの内部に満たされた、薄緑色の溶液の中に、それが浮かんでいた。
反射的に顔を背けようとしたセーラの肩を、レッドがつかんだ。
「眼をそむけるな……現実を自分の眼で見るんだ」
レッドはその正体を知っていたが、レッドでさえ現物を見るのは初めてだった。
半透明のかすかに薄緑色の溶液に、人間が浮かんでいる。
人間……ではない。
それは、かつて人間だったものというのが、正確な表現だった。その姿はもはや人間とは言えなかった。
まさに、人間の部品だった。
原形をとどめているのは、頭部だけだろう。
眼窩から、ひときわ大きなケーブルが伸びている。
生身の部分は、おそらく頭の部分だけだろう。
頭と背骨を除き、機械が埋め込まれている。
全ての筋肉繊維は除去され、脊髄と、そこから出ている神経繊維がコネクターに接続されている。臓器は全て人工機器に置き換えられ、体液のかわりに薄緑色の溶液が満たされている。
様々な機械を埋め込まれ、ワイヤーがコネクタに接続された姿は薄気味の悪いものだった。
だが、活動していることは間違いなかった。
周辺の機器には電源が入り、カプセル内の溶液が循環している。心臓のかわりに小型のポンプが駆動し、人工臓器が体液を送り出している。
「似ちゃいないかい?」
レッドが、セーラを見た。
「似ている?」
「原形をとどめちゃいないけど、顔の造作がさ」
レッドが、カプセルの中の人間と、自分の顔を交互に指で示した。薄緑色の溶液に浮かぶ頭部の喉元あたりに、二枚一組のはずの、金色のドッグタグの残り一枚がかすかに見える。
「まさか……」
「そう、この中身と……俺が、さ」
「!」
頭蓋骨のみの姿となっているので、レッドと似ても似つかぬが、レッドの言葉の意味することはわかる。
「じゃあ、双子?」
セーラの言葉に、レッドが笑った。BLUEの本体が現れた以上、全てをセーラに話す必要があった。
「双子? 双子なんかじゃない……これは、俺だよ」
レッドが乾いた笑い声を出した
「レッド……」
「プロジェクトBLUE……」
レッドが、かすかに震える声でつぶやいた。
「これが……プロジェクトBLUE?」
驚いたセーラが、聞き返した。
「間違いない……」
レッドは、小さくうなずいた。
「BioLogical Ultra Elite……超優性種選別計画の略称だ。
生体的に、特に選別された人間……そういった意味だろうな。最初は、強化兵士生産計画って呼ばれてた……悪魔のプロジェクトだよ」
レッドの言葉には、奇妙なほど感情がなかった。
「けど、レッド……なぜ、それを?」
セーラの言葉に、今まで必死で抑えていたレッドの感情が爆発した。
「俺は……プロジェクトBLUEの生き残りだ!」




