ACT14 提督の根拠地
「被害状況を確認しろ!」
バッサが、インカムを鷲掴みにして叫ぶ。
『第五居住ブロックで気密洩れ発生!』
『主砲制御システム破損!』
次々に入ってくる報告に、バッサが指示を飛ばす。
「応急班! 主砲の修理を急げ!」
コンソールのダメージパネルに表示された被害の状況を確認し、適切な対応策を指示してゆく。
統合戦争中に散々経験した手順の繰り返しだが、それでも楽な作業ではない。
破られた気密ブロックを閉鎖し、シールし直すには船外作業が必要になる。
「中破といったところだな……」
キーラーが、苦笑を浮かべた。
主砲の直撃を受けたジレーネの被害は、予想以上に深刻だった。
至近距離から放たれた荷電粒子砲のプラズマ流は、ジレーネの前面装甲を貫通し、火器管制システムにまで痛烈な打撃を与えていた。
二ランクも下の船にやられた被害としては、屈辱的なほどの被害だろう。戦時中だったらば、間違いなく降格処分だった。
リンたちデルタクリッパーのクルーの技量が高いことは承知していたが、キーラーたちの評価をはるかに上回っている。
「追撃を中止しろ……被害を最小に抑える方が優先だ」
キーラーの命令に、バッサが不服そうな表情を見せた。
「コマンダー! この艦は、まだ動きます」
「これ以上、無駄な追跡をすると、こっちが危なくなる」
「しかし!」
珍しくむきに反論するバッサを身振りで制し、キーラーが口元に自嘲的な冷笑を浮かべた。
「連中の技量を見ただろう? キラー衛星を味方につけたかと思えば、あんな伏せ技を用意している……次に、何をやらかすか、見当もつかないぞ」
キーラーは、メインスクリーンを見あげた。
「やってくれる……殺すには、惜しい相手だ」
「このまま、逃亡を許すのですか?」
「まさか」
キーラーが首を振った。
「最初は、連中をとらえて口を割らそうかと思ってたんだが、このまま連中がBLUEを確保してから、料理することにしよう」
遠ざかってゆくデルタクリッパーの船影を見つめ、楽しそうに笑い出した。
「どうせ……偵察プローブの監視からは、逃れることは不可能だ」
◆
「鞭打ちになるかと思ったよ」
リンが、首を押えてぼやく。
キーラーの追尾を振り切ったデルタクリッパーは、ホワイトクロスのある小惑星帯の真っ只中に突入した。
「どんぴしゃりだぜ……」
ウォルフが満足そうにつぶやいた。
補正した予測軌道と、ほとんど誤差がない。
前方に、彗星があった。
太陽風を受けて輝く長い尾をひいている。
その周辺エリアだけは、他の小惑星や宇宙塵などの浮遊物がない。
「動いてりゃいいんだけどさぁ……何せ、三年も御無沙汰だからねぇ」
複合センサーからの光学映像を見ながら、リンがかすかに首をひねった。メルイア崩壊戦の時の、強烈な重力場変動をまともに受けているならば、ホワイトクロスが機能を喪失していてもおかしくはない。
一見するとただの彗星に見えるが、それは巧妙に偽装された軌道ステーション"ホワイトクロス"だった。
ロッド・シェラザート提督だけでなく、通商破壊戦に従事する巡洋艦の艦長は、あちこちにこういった臨時の根拠地を用意するケースが多い。
単独で長期間の作戦行動を行なうことが多い巡洋艦では、望む時に補給が受けられない状況もある。老練な艦長ともなると、あちこちにこういった根拠地をこっそりと用意しておくのが常だった。
ホワイトクロスも、そういった根拠地の一つだった。正規の軍用基地ではなく、提督が個人的に用意した隠れ場所として、先の統合戦争で活躍している。
根拠地として選ばれるのは、小惑星だったり、放棄された軌道ステーションだったりするが、こういった不正規の根拠地が実戦で役に立つことが多かった。
味方でも知らない場所なのだから、秘密が洩れる危険性も少ない。
敵の追撃から一時的に身を隠したり、長期間の単独作戦で消耗した物資の補給に利用したり、使い方によっては戦力を増大させる。
ホワイトクロスは、提督の根拠地の中でも、母星系に存在するだけあって最大規模のものだった。
補給どころか、船のちょっとした修理まで行なえるだけの設備が用意されている。
彗星に偽装した根拠地など、他に聞いたことがない。
まさか、彗星みたいに派手な小惑星に、根拠地を用意するという事を思いつくのは、提督ぐらいなものだった。派手に存在するがゆえに、誰も気がつかない。
「提督を信じるしかないな……まさか、罠ってことはあるまい」
ウォルフがつぶやいた。
「それも、そうだね……ここまで来て、あれこれ思い悩んでもしょうがないやね」
リンは、コンソールのスイッチを指先で弾いた。
「レーザー回線接続確認……コールサインが昔のままだといいんだけどさ」
"OPEN HEART WHITE CROSS"
ホワイトクロス入港用のコマンドを送信する。
"COME ON MY MATE!"
ホワイトクロスから即座に返ってきた反応に、リンが微笑みを浮かべる。
昔のままの入港コードだった。
今さらながら、提督の用意周到さに感心する。生き残るための方法を、いくつも用意していた人間だった。
「まだ、使えるみたいだね……内部が派手に壊れてなけりゃ、多少汚くても我慢できそうだよ」
「ゲートオープン確認」
小惑星の地表に見えた黒灰色の岩肌が割れ、内部に通じる巨大な空間が姿を見せた。
「マーカー視認!」
トンネルの壁面に描かれた四つの三角形の誘導標識が、デルタクリッパーの軸線に重なる。高度なセンサーを必要としない簡単な誘導システムだが、入港に必要な精度は充分クリアしていた。
「フルアスターン!」
デルタクリッパーが、逆推力で相対速度を殺す。
誘導標識に従って、レッドが注意深くデルタクリッパーを操る。レッドの微妙なスラスター制御は、コンピュータ制御の自動接岸よりも安定している。
周囲の壁面との距離を計る、レーザーセンサーからのデータを視界の隅に捉えながらの、微妙な操船だった。
内部の照明はない。
頼りになるのは、暗視カメラからの映像だけだった。
「接岸設備が生きてりゃいいな」
ウォルフがぽつりとつぶやいた。
「アンカーは、さっきレッドが切り放しちまったしな……予備アンカーで入港は難しかろう」
「アンカーなんざ、一本残ってりゃ充分さ」
操船するレッドは、顔色一つ変えなかった。
デルタクリッパーは、スムーズに接岸した。
船体を固定するロボットアームが、ゆっくりと接近し、デルタクリッパーの船体をホールドする。かすかな衝撃が伝わり、船体が固定されたサインが表示された。
「まだ充分現役で使えるぜ……あの頃と、何一つ変わっちゃいない」
ウォルフが、感心したように口笛を吹き鳴らした。
内部の様子も機能も、全てが戦時中のままだった。暗視映像に浮び上がる、構造材がむき出しになった殺風景なドック設備といい、巨大な動力ブロックの外観といい、三年という時間が経過したとは思えない。戦時中のホワイトクロスのまま、待機状態にあった様子だった。
もともと、塵に汚れた長径数十キロのフットボール状の氷の固まりの一つに過ぎない。戦争中でも、その存在を気に留める人間などいなかった。
彗星の内部をくりぬき、簡単な停泊設備をいれた根拠地だった。氷の固まりに穴をあけ、そこに隠れているといった感覚だった。
軍役から外される寸前の旧式補給艦を利用して、ドッグや資材置場を作っただけに、外宇宙船用の大出力反応炉を動力源としている。
「メインエンジンをアイドルに維持……いつでも、動けるようにね」
リンが、シートから立上りながら、ウォルフに指示を飛ばす。
「三年も放ったらかしにしといたとは思えないね。
この調子だと、提督は間違いなく生きてるよ……簡単にやられちまう人間じゃない」
傍らのシートに腰を下ろしたセーラに視線を移し、微笑みを浮かべた。
「さっ、ホワイトクロスの内部を調べてみましょう……提督の手掛かりがきっと見つかるよ」
「待った!」
突然、レッドが短い叫び声をあげた。
視線は、船外の状況を映し出す暗視映像に釘付けになっている。ガントリークレーンの巨大なアームの影にあり、注意して観察しなければ気がつかなかった。
「どうした?」
「あれは……ちくしょうめ、ありゃあ一体、何だ?」
ホワイトクロスの最奥部に、巨大な影があった。
「わずかだけど、熱源反応がある……」
熱源を放射している証拠に、赤外線を利用する暗視カメラからの画像が白っぽく輝いている。
「もっと鮮明な画像は得られない?」
背後に立ったリンの言葉に、レッドは肩をすくめた。
「暗視映像じゃ、モノクロでしか映らないぜ……サーチライトでも使えば、いい標的になっちまう」
「敵だったら、とっくに撃ってきてるよ……かまやしないから、光学映像でズームにしてみようよ」
リンの決断は、大胆だった。
レッドは肩をすくめ、コンソールのキーボードに手を伸ばす。
デルタクリッパーの船首部に装備されたスポットライトが、強烈な光芒を放った。暗闇を切り裂き、白光が一直線に伸びる。
「!」
それは、宇宙船だった。
「外宇宙船だ……それも、軍用艦艇だぜ」
驚いたウォルフが、乾いた声でつぶやいた。
全長四百メートルを上回る外宇宙船が、ホワイトクロス最奥部ドックにその巨体を横たえている。
鋭角的なフォルムをした黒塗りの船体は、珍しいデザインをしていた。
力強さを発散させる大きく張り出した動力ブロックと、重兵装を誇示するような艦首部の絶妙なバランスは、一見するだけで一級品の戦闘艦だということがわかる。
「間違いない……メルイアのゾディアック級巡洋艦だ」
レッドの言葉に、リンが傍らのレッドに視線を移した。
「ゾディアック?」
「メルイアの秘密兵器さ……究極防衛システムの一翼だって話だったが、結局は崩壊戦の直前に一番艦が建造されただけだって聞いてる」
「究極防衛システム、ね」
リンが、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「究極だなんて言葉を使って、成功した試しはありゃしないよ」
「最初は、警戒センサーと迎撃衛星を組み合わせた戦略統合システムって話だったんだけど……途中から、宇宙軍の艦艇までがそれに組み込まれるって計画変更が起きてから、メルイアはおかしくなっちまったんだ」
レッドの言葉は、かなり辛辣だった。
「俺たちが、戦略コンピュータより下位に置かれるんだぜ。
自力で移動できるだけで、キラー衛星と何ら変わりゃしねぇ」
「あたしゃ、そんなのは、願い下げだね」
リンが、片手をひらひらと振って見せる。
究極防衛システムは、メルイア星系全域をカバーするはずの防衛システムだった。
警戒衛星と、拠点防御用キラー衛星を中核とし、それを統合する戦略コンピュータ、そして任意に移動できる有人の迎撃艦隊から構成されるシステムだった。最小の軍事力で最大の防衛効果を発揮させるという、理想的な防衛システムだったが、結局は未完成のまま終わってしまった。
未完成に終わった理由は、その膨大なデータを統合する戦略コンピュータが完成しなかったことによる。無数のデータを扱う、大容量超高速演算コンピュータがなければ、とても究極防衛システムの実現は難しい。
「エンジンを停止してから、どのくらい経つか……わかるかい?」
「さあてな……かなりの間使っていないことは確かだな」
赤外線反応を見ながら、ウォルフがつぶやいた。
「エンジンが、完全に冷えちまってる……けど、反応炉は待機状態にあるみたいだな……微弱なエネルギー反応があるぜ」
「てぇことは、機能喪失はしていない……てことだ」
レッドは、ゾディアックの映像をズームアップさせた。
「!」
外板に描かれた紋章に、リンは息を呑んだ。
翼を持った獅子の紋章は、宇宙広しといえどロッド・シェラザート提督以外ありえなかった。
「翼獅子の紋章は、提督以外使えなかったはずだ……」
ウォルフがつぶやいた。
リンが、うなずいた。
「やっぱり、提督は、ここまでたどり着いたんだ……一般に流れている噂と違って、やっぱり生き残ってたんだよ」
「じゃあ! 父さんは?」
セーラの弾んだ声に、リンが片目を閉じて微笑んだ。
「行ってみりゃわかるよ……」




