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ACT13 クラブホーリング

「追い駆けっこってのは、性分に合わないな」

 動力を調整しながら、ウォルフがつぶやいた。

 状況が状況だけに、ウォルフの声が妙に静かに聞こえる。

「尻の方が気になって仕方ねぇぞ」

「同感」

 レッドが、笑い返す。

 だが、方法が他にない。

 デルタクリッパーの取柄は、高速性能だった。

 軽量級の船体に、不釣り合いなほど大出力のエンジンを搭載している。

 デルタクリッパーが、小型軽量艦の中でトップレベルの性能を発揮できるのも、この強心臓のおかげだった。

 闇物資を運ぶという危険な商売柄、海賊船だけでなく内惑星を警護する惑星警備軍にも追われることがある。だが、新型のパトロール艇にさえ追いつかれたことがない。

 ところが、これが逆にデルタクリッパー唯一の欠点として、リンが赤字に頭を悩ませる原因だった。推進剤を馬鹿みたいに消費するため、航続距離の心配が常につきまとう。

 当然、運航費は馬鹿みたいに高くなる。

 おまけに、レッドやウォルフには経済観念などまるでない。推進剤の消耗などまるで気にせずにデルタクリッパーを振り回すのだから、リンが恨み言のひとつでも言いたくなるのも当然だった。

(ちくしょうめ、わくわくすらぁ!)

 緊張が増すほど、レッドの戦闘能力は本領を発揮する。

 後方から迫ってくるミサイルを回避させながら、キーラーの巡洋艦を徐々に引き離してゆく。

 短距離走なら、軽量級のデルタクリッパーの方が有利だった。

 前方に迫ってくる小惑星帯を確認して、レッドが薄い微笑みを浮かべる。

 記憶に間違いがなければ、統合戦争初期に放棄された工業用軌道ステーション群があるはずだった。

 唐突に、前方で閃光が走った。

「軌道ステーション群からミサイル接近!

 方位0—3—1!」

「冗談だろっ!」

 冷静なはずのウォルフが、驚いたような声を出した。

 前方から、ミサイルの集団が接近してくる。

「何十発あるんだ?」

「待ち伏せ?」

 センサーを確認しながら、リンが眉根を寄せる。

 前方から、新手の攻撃だった。背後には、キーラーの巡洋艦が迫っている。状況としては、最悪だった。

「いや……予想通りだ」

 レッドは、かすかに苦笑を浮かべる。

 予想通り、無人防衛システムは健在だった。

 メルイア崩壊から三年経った今でも、キラー衛星は来るはずのない敵を、静かに待ち続けていた。敵味方識別信号を出さずに防衛ラインに飛び込めば、自動的に攻撃システムが起動し、敵を強力なミサイルの弾幕で排除する。

 "究極防衛システム"

 メルイアではそう呼ばれていた。

 難攻不落の防衛システムとして、統合戦争時にメルイアが誇った代物の一部だった。

 結局、未完成のまま終わってしまった防衛システムだったが、完成していればメルイアが崩壊することはなかっただろう。

 メルイアの星系に張り巡らされた警戒衛星と、キラー衛星群、そしてそれを統合する戦闘情報コンピュータで構成されるシステムだった。最終的にはメルイア宇宙軍の全艦艇も、そのシステムに組み込まれ、あたかも一人の人間のような有機的な戦闘活動を行うはずだった。

「あれが、俺たちの守り神になってくれる……」

「?」

「生き残ってたキラー衛星群だよ……メルイアのね」

 レッドの言葉に、リンが顔をしかめた。

「じゃあ、知っててこっちへ変針したってのかい?」

「当然……まともな手段じゃ、勝ち目がねぇもん」

「やってくれる……俺ぁ、胃が痛いぜ」

 ウォルフが、喉を鳴らしてしわがれた声で笑った。

「あたしゃ、心臓が痛くなってきたよ」

 リンは、あきらめたように舌を打ち鳴らした。

「さっさと突破しちまいなよ……あたしの心臓が耐えられるうちにね」

 レッドは、振向きもせずにサムアップする。

(この感触だ……)

 レッドの全神経は、戦闘状態になっている。統合戦争末期の空中戦で経験して以来の、極限まで張り詰めた緊張感だった。

(まだだ……まだ……)

 タイミングを合わせ、ミサイルを引きつける。

「フルアスターン!」

 デルタクリッパーは、全力で後進をかける。

 一瞬、デルタクリッパーが、空間にピンで止められたように見える急減速だった。

 ミサイルが、急接近を続ける。

「今だ!」

 レッドは、側方スラスターを全力噴射させた。

 次の瞬間、デルタクリッパーが予備動作なしに側方にスライドする。

「エンジン全開!」

 デルタクリッパーが、蹴飛ばされるような急加速に移った。

 ミサイルのシーカーヘッドが追尾しきれない素早い動きで、デルタクリッパーが加速を続ける。

 急に船首を振り、メインエンジンの力で、強引に軌道を修正させる。

 包み込むように飛来するミサイルを、緩い横転でかわす。

「近接信管でなくて幸いだったぜ」

 ウォルフが、額に浮かんだ汗を袖で拭いた。

「あのタイプの対艦ミサイルは、旧タイプだからね……近接信管が働くのは、最終シークエンスに入ってからさ」

 レッドは、前方をにらみつけたままだった。

 目標を見失ったミサイルは、後方に迫っていたキーラーの巡洋艦を敵と認識した。そのまま、巡洋艦を目標としてロックオンしてしまう。

 デルタクリッパーを狙ったはずのミサイルが、巡洋艦めがけて襲いかかる。

 後方警戒スクリーンに、ミサイルが次々に爆発する閃光が走った。

「なるほどね……」

 後方警戒スクリーンをながめていたリンが、小さくため息をついた。

「悪魔的だよ……キラー衛星に、巡洋艦を始末させるなんてさ」

 レッドだから可能な大技だった。

 一歩間違えば、敵の手をわずらわせるまでもなく、キラー衛星に始末されてしまう。

 普通なら、技量があっても実行するのはためらう。

 リンの度胸でも、パスしたい戦法だった。

「安心するのは、早い……奴等も、腕はいい」

 ウォルフの冷静な声が、リンの言葉をさえぎった。

 爆発の中から姿を現した巡洋艦の船影に、リンは舌を打ち鳴らした。

「あれだけのミサイルを、迎撃したってのかい?」

 巡洋艦を操る人間の腕は、レッドに匹敵する。

 間違いなく、高度な訓練を受けた人間が相手だった。それも、百戦錬磨の老練な人間特有の、鮮やかな操船技術が垣間見える。

「油断してると、痛い目にあう……次の手はあるのか?」

「しゃあねぇな」

 レッドは、肩をすくめた。

 肩ごしに、リンの方に視線を向ける。

「姐さん……どうする?」

「かまやしないよ……とことんやんなさい」

 リンの指示は、単純明解だった。

 決断が早いのが、リンのいいところだった。

「どうせ、相手は本気なんだから、こっちが遠慮するこたぁないわ」

 リンは、コンソールのロックを解除した。

「デルタクリッパー、戦闘モードに移行……火器管制システムスタンバイ!」

 ウォルフの前のディスプレイに、様々な情報が表示される。

 デルタクリッパーは、本来が戦闘艦だった。

 自由貿易業者の船に改装していても、その武装はそのまま残されている。

 もちろん、非合法だった。

 だが、戦闘に巻き込まれることが多い商売柄、うるさいことを言ってはいられない。

 ミサイルランチャーも、強力な荷電粒子砲も搭載されている。

 巡洋艦と真っ向からやり合うにはささやかすぎるデルタクリッパーの牙だったが、海賊程度の相手なら充分だった。

「さあて、どこまで闘えるか……バンタム級とフェザー級がやり合うようなものだぜ」

 ウォルフが、誰に言うともなくつぶやいた。

 巡洋艦が相手というのが、厄介だった。

 戦艦が相手なら、方法は決まっている。火力でも装甲でも最初から勝負にならないから、機動性の高さを利用してさっさと逃げるのが鉄則だった。

 だが、巡洋艦が相手となると、少しばかり面倒になる。

 火力と装甲も上回るのは当然として、機動性も遜色がない相手だった。

 まともな戦法では、勝ち目はほとんどない。

 下手に手を出せば、袋叩きにされる。

「懐に飛び込まなけりゃな……」

「無茶を言う」

 レッドが、舌を打ち鳴らす。

 ウォルフの意図はわかっていた。

 デルタクリッパーの主砲の有効射程に飛び込めば、キーラーの巡洋艦とでも対等に渡り合える。軸線方向に固定されたデルタクリッパーの二門の主砲は、巡洋艦並の破壊力を持った収束ブースター付きの口径127ミリ荷電粒子砲だった。

 もっとも、有効射程へ飛び込むまで無傷でいれば、という条件がつく。

 馬鹿正直に突っ込めば、逆に血祭にあげられる。

「レッド……大丈夫か?」

「そりゃ、やれって言うならやってみせるけどさ……厄介だぜ」

「厄介事は嫌い?」

 リンの言葉に、レッドが苦笑した。

「いいや……わくわくしてる」

「馬鹿……さっさと、始めちまいなよ」

「違いねぇや……敵は待っちゃくれねぇもんな」

 レッドは、デルタクリッパーを、わずかに側方へ回頭させた。

 巨大な軌道ステーション群が漂うエリアでの、急激な機動は難しい。

「どうする気だい?」

「荒っぽいけど……とびっきりの大技を使う」

「とびっきりの大技ね……」

 リンが、眉根を寄せた。

 レッドは、小さくうなずいた。

「クラブホーリング……失敗したら、終りだぜ」

「だったら、失敗しないようにね」

 レッドの意図を悟ったリンは、あきらめたような微笑みを浮かべた。

 デルタクリッパーは、軌道ステーションの巨大な構造物に急接近する。

「一撃だけだぜ……おっさん、準備はいいかい?」

「エネルギーチャージ完了してる……いつでも、撃てるぜ」

 デルタクリッパーの船体外板に装備されたレーザーセンサーが、軌道ステーションとの距離を計り、鋭い警告音を鳴らし始める。

「あー、うるせぇ!」

 接近警報が、鳴りっぱなしだった。

 軌道ステーション外板との距離は、ほんの数百メートルしかない。宇宙空間では、充分ニアミスの距離だった。

 全長十キロを越える軌道ステーションの外板は、単純な平面ではない。修理などのメンテナンス作業用のリグや、アンテナなどが取りつけられていた。

 レッドの駆るデルタクリッパーは、軌道ステーションの外板をなめるような軌道をとり、キーラーたちの攻撃を巧みに封じる。

 巨大な物体に張りついたような形になったデルタクリッパーは、対艦ミサイルの追尾シーカーでは捕捉できない。

 だが、キーラーの方も、負けてはいない。

 巧みな操船技術を見せ、デルタクリッパーを追尾してくる。

 操船をわずかでも誤れば、軌道ステーションに激突する危険なアクロバットだった。

「追ってきたぜ……」

 後方警戒スクリーンに視線を移し、ウォルフがつぶやいた。

「狙い通りさ……」

 レッドは、ろくに後方を見ていない。

 ひたすらタイミングをはかっている。

「耐G準備を!」

 レッドの言葉に、慌ててセーラはシートのアームレストのスイッチをオンにした。

 バルーン式のクッションに身体が包まれる。

 ハーネスでは防御しきれない、強烈なGに対応する緊急用の設備だった。

 レッドの荒事に馴れているリンも、耐Gシステムをオンにする。

(ちくしょう、またこの感覚だ……)

 デルタクリッパーを巧みに操船しながら、レッドは眉根を寄せた。

 危機に陥れば陥るほど、レッドの本能は常識外の戦闘能力を発揮する。

(デルタクリッパーが、俺の肉体になっちまったみたいな感触だぜ)

 軌道ステーションとの相対位置から、後方に占位したキーラーの巡洋艦の動きまでが、明瞭に把握できる。

 デルタクリッパーと敵艦の予測軌道が、脳裏に鮮明に描かれている。三次元空間の、複雑な軌道計算も不用だった。瞬時に、敵の予測軌道と自分が次にとるべき行動が、理解できる。

 自分が機械になったと錯覚してしまう感覚だった。

 レッドが恐れているのは、これだった。

 心の底からわくわくしてくる戦闘的な衝動と、戦闘システムの一部として宇宙船と同化するような感覚が同居している。

(このままいくと、俺はどうなっちまうんだ)

 それは、嫌悪感を持ちながらも、甘美な誘惑だった。レッドは、自分が戦闘システムと化してゆく過程を恐れながらも、それを喜ぶもう一人の自分が心の中に存在することを知っている。

 平凡な日常では、心の奥底にある衝動を抑えていらだっている。

 戦闘状態を、心のどこかで待ち望んでいる。

(矛盾してらぁ)

 荒事を歓迎しながらも、戦闘状態に入れば入るほど鋭敏になってくる精神状態を嫌悪している。

 それでいながら、レッドの肉体は勝手に反応している。

 統合戦争の頃から、ずっとそうだった。激戦になればなるほど、レッドの腕は、抜群の冴えを見せる。

 レッドの脳裏に、何かが反応した。心で何を想おうとも、肉体に叩き込まれた戦闘の手順だけは、タイミングを誤らない。

「シュート!」

 デルタクリッパーの右舷艦首から、緊急制動用アンカーが射出された。

 アンカーヘッドがロケットモーターの火炎の尾を引きながら、抗張力ワイヤーを展張させてゆく。

 アンカーヘッドが、軌道ステーションの外板に食い込む。その瞬間、折り畳まれていたラッチが開き、アンカーヘッドが固定された。

 強大な制動力が、デルタクリッパーの艦首を引き戻そうとする。

 デルタクリッパーは、重心を中心にして急反転を開始した。

「今だ!」

 レッドは、アンカーワイヤーを切り放した。

 アンカーを切り放したデルタクリッパーは、軌道ステーションの外板ぎりぎりをかすめる。

 クラブホーリング。

 制動アンカーを利用しての、急ターンテクニックだった。アンカーを捨てねばならないため、緊急時の使用しかできない。

 レッドにしか不可能な、高度な技術だった。

 切り放すタイミングが、ほんのわずかでも遅れれば、デルタクリッパーは軌道ステーションの外板に激突する。

 この呼吸は、天性のものだった。

 デルタクリッパーは慣性の法則に従って回転を続ける。高機動スラスターを使うより格段に早い反転だった。

 ただし、危険度も無茶苦茶に高い。船体の剛性が弱ければ、まっぷたつにへし折れる危険があるほど強烈なGがかかる。

 アンカーを射出し、急反転するテクニックは、姿勢制御用のバーニアスラスターのトラブルで方向転換が難しい障害物の近くで行なうものだった。レッドのように、戦闘行動で使った記録はない。

「行けーッ!」

 レッドは、反対方向にスラスターを全力噴射させた。

 針路と百八十度船体を反転させたところで、一瞬船体の回転が止まる。

 ウォルフの目の前の照準システムに、巡洋艦の船影が飛び込んでくる。

「発射!」

 主砲が咆哮した。

 プラズマのスパークとともに、光の奔流が槍と化す。

 射線上のミサイルを消滅させ、プラズマの槍が巡洋艦に突き刺さる。

 命中確認している余裕はなかった。

 デルタクリッパーは、再び艦首を針路に正対させる。

「離脱!」

 デルタクリッパーのメインエンジンが全力で噴射される。

 増速用ブースターエンジンの全力噴射など、戦時中でも滅多にない。

 蹴飛ばされるようなGが、デルタクリッパーのメインフレームをきしませる。

 耐Gシステムが打ち消せない強烈な加速だった。

「こんの……大馬鹿者!」

 リンの声が、しわがれている。

「喋ってると、舌を噛むよっ!」

 レッドは、小惑星帯にデルタクリッパーを突入させた。

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