5 墓標を打ち立てる(回想)
5 墓標を打ち立てる
七年前の某日。
一行は北域の豪雪地帯で、幻獣・霊獣・亜獣の大群と激闘を繰り広げていた。長丁場の討伐作戦ということもあり、夜間になると戦場の各所に分散させたキャンプに籠もって交替で疲弊した体を休めた。
現時刻は空色の髪の少女率いるチームが戦闘を担当しており、ラグリマのチームは離れた場所に張られた簡易のテントの中で盛大に転がっていた。この時ばかりは疲れを取ること以外に宿願もなく、気怠い体を横たえた闘士たちは、「最強の星術士は誰か」という生産性の皆無な話題で盛り上がっていた。
「星術士っていう括り方をすると、彼一択になってしまう」
ラグリマの言わんとするところは即座に場の全員に伝わった。仲間内には、旧レキエル星術学院の首席星術士という当代きっての看板を持つ者があった。彼は別のチーム故に今は遠く離れたテントで休息を取っており、日中の戦闘においては禁術紛いの途轍もない星術で幻獣をすら捻り潰していた。
「だがの。闘士全般とて、生命力を星力に変換して戦っている時点で、星術士とやっていることは変わらん。攻撃スタイルと射程距離の違いだけではないのか?」
まるで岩石かと違えそうになる肉厚のドワーフが横向きに寝ころんだ姿勢で言ってのけた。顔中が髭か戦傷で覆われ、酒樽のようなシルエットをした巨体は全身が筋肉の塊とでもいうような特徴的な風貌をしていた。このドワーフこそ、全ドワーフ族を統べる王に他ならなかった。
ドワーフ王の主張は即ち、近接戦闘において比肩する者が無い破壊力を有する自分も、元首席星術士と並び得る位置にあるのだという自薦であった。それに賛同する声は上がらず、むしろ反証が提示された。
「その理屈でいうと、無条件であの娘が最強の星術士ってことにならない?」
発言主は、後頭部で組んだ腕を枕にして仰向けに寝そべっている元暗殺者の女傭兵で、当然空色の髪の少女を指して言っていた。ただの戦力比較となれば誰も少女に対抗心を燃やしたがらず、ドワーフ王ですら「むう・・・・・・」とこぼして押し黙った。ラグリマも「う~ん」と唸ったきり少女への論評を避けた。
「ここはやはり、星術の多彩さや優雅さ、そして完成度の高さでもって評価すべきでしょうね。そう、人間族の浅い研鑽では、妾のように上質で神秘的な星術を編むことなど難しいでしょう?それ、妾が最強の星術士ということになろうというものです」
どういった機構か、透明な羽を畳んでベッド代わりにしている妖精族の始祖女王が勝ち誇った声音で言った。女王が上から目線で物を言うのは常日頃からのことで、そこにではなく「最強」という称号に反駁する者が後を絶たなかった。手始めに、内幕に背を預けて皆の、というより女性陣の寝顔を眺め回している神官服の青年が口を開いた。
「最強というからには、戦闘状況下に限定されるよね?だとしたら、星術戦闘の持久力こそが最も大事だと思う。だってここの面子は誰も彼も、総じて星力の内燃効率や星術の技巧に長けている。そして実力の拮抗は戦闘の長期化を招きやすい。その点僕は、相手がいるだけ補給に悩まされる心配がない。どうかな?非常にシンプルな帰結だと思うのだけれど」
「あんたに星力を吸われるヘマさえしなきゃ、そのロジックは崩れるけどね」
すぐさま女傭兵が切り返し、不死の神官の口を封じにかかった。
「でも僕、魔獣からの星力吸引に失敗したことはないんだ」
「ワシからも吸えるつもりかの?」
今度はドワーフ王から野太い声が飛んだ。不死の神官はそれを脳内でシミュレートして悪寒を覚え、すぐに頭を振って打ち消した。
「・・・・・・人間や亜人から吸引するなら、相手は女の人限定かな」
「こちらを見るのではありません。変態め」
言って、妖精族の始祖女王は不死の神官から向けられた視線をばっさりと切った。女傭兵は「あんたとだけは敵対しないようにするわ」と女王に追随すると、自らの二の腕を抱えてぶるっと震えた。
転がったままのドワーフ王が話を遮り、「少々寒いな」と呟いたのを聞きつけると、妖精族の始祖女王は甲斐甲斐しくも、暖をとる目的で星術創造した光球の温度を少しばかり上げてやった。
その場のほぼ全員が自薦で最強の星術士を名乗り終えたところで、ラグリマは即興で思いついた仮説を提唱した。
「・・・・・・ここは一つ、<燎原姫>最強説を推してみようかと」
「えっ?ラグ、それでいいの?あとであの子に折檻されるんじゃない?」
女傭兵の反射的な指摘に、ラグリマは空色の髪の少女の顔をくっきりと思い浮かべ、「何で、ここでの密談があいつに伝わる前提になっているんです?」と逃げ腰になりながら返した。
「ふむ。エルフの如き俗物を推薦する、お前さんの発言意図は奈辺にある?」
不機嫌さを隠さずにドワーフ王が訊ねた。エルフ族の話となると途端に頑固一徹な側面を覗かせるので、彼の前で不用意に<燎原姫>の話題を示すことは禁句であった。
「皆さんの主張を良いとこ取りすると、不思議とお姫さまのことが連想されて。遠近双方の戦闘に優れ、星術の技が多彩で完成度も高い。おまけに膨大な生命力から持久力も充分となると、全ての条件を満たす人材は彼女くらいしかいないのかなって」
「それもそうね。あのお姫の星術は高いレベルでバランスが取れてる。それでいて、剣をとっても一流。戦場で肩を並べて、あれほど頼もしい星術士兼闘士は他に思い付かないかも」
女傭兵はラグリマの意見に心底同調したという頷きを見せた。妖精族の始祖女王ですら、「・・・・・・積極的に否定する理由は見つかりませんね」と認めざるを得なかった。
「<樹霊剣>は厄介だけれど、何といっても彼女はあの美貌が凄いね。僕が付き合ってきたエルフの女性たちと比べても、溢れんばかりの生命力がそのまま美しさとなって表れているようだ」
「ワシは正面から撃ち合って、エルフなんぞにひけをとったりはせんつもりだ」
不死の神官の発言を綺麗さっぱりと無視し、ドワーフ王が<燎原姫>への対抗心を露わにした。ドワーフ王と別のテントで休む大剣豪は、仲間内でも一、二を争う強力な物理攻撃の手段を所有していることで知られており、彼の負けん気が実績に裏打ちのされたものであることは誰も疑わなかった。この場に仮面の竜騎士がいたのなら、とラグリマは思わずにいられなかった。かの騎士はファンであるところの<燎原姫>と同じチームに志願していて、今頃は魔獣との戦闘の真っ直中にいる筈であった。
(あの人はお姫さま贔屓だから、きっとこっちに乗ってくれる筈。竜をも鮮やかに操って見せる彼の言うことなら、王も少しは耳を貸してくれるだろうし)
最強の星術士は誰か、という他愛のない雑談はそこから方向性が少しずれ、星術で如何に神獣を制圧するか、という趣旨に変わっていった。何れも一騎当千の星術士であり闘士でもある面々は、それぞれに持論を展開し、例えば防御無視の破壊攻撃で、例えば封印系統の方陣で、例えば効能が強化された毒劇物の侵食でといった具合であった。しかし、それらの攻撃手法は古くから試され続けており、国家が星術戦力を結集して挑んだところで神獣の一匹を倒すことすら困難な現状は如何ともし難かった。
妖精族の始祖女王は、今は亡き魔族の前々皇帝と共に<黄昏宮>の襲撃に相対した時分の話を持ち出し、それによって新説を提起した。
「<黄昏宮>は、それは多くの魔獣を従えてきました。ですが、当時の魔族もまた戦力が充実していたのです。彼らに固有の星術は挙って魔獣を討ち滅ぼし、<黄昏宮>すらも寄せ付けぬ勢いがありました」
「やっぱり。僕の星力吸引が不沈三獣にも有効だと証明されましたね」
「話の腰を折るものではありません。それで厄介な敵を目の前にして、<黄昏宮>は喰らったですよ」
「何を?」
「そなたの同胞を、です。がぶりとね。すると、あろうことか二つの怪異現象が生じました。一つに、なんと<黄昏宮>が喰らった相手の固有星術を発動したではありませんか。これには妾も度肝を抜かれました」
妖精族の始祖女王の弁に、それを初めて聞いた一同は、一言も聞き逃すまいと意識を集中させた。神獣が喰らった相手の能力を行使するだなどと、記録上で目した例はなかった。
「もう一つあります。<黄昏宮>がとある魔族の闘士にのみ、不可思議な執着を見せ始めました。その闘士こそ、魔族の前々皇帝。妾の古くからの戦友たるその男に、<黄昏宮>は決して攻撃を仕掛けぬようになりました。どれほど激しい戦いが繰り広げられても、そこだけを聖域とでも定めたかのように、彼にだけは指一本触れぬまま猛攻を見舞い続けました。・・・・・・結局、<黄昏宮>を撃退すること自体には成功したのですが、その二つの事実は妾たちに恐怖と疑義を呈しました」
始祖女王が何を言わんとしているものか、ラグリマの頭には漠然とした解しか浮かんで来なかったため、類推が容易な点に言及してみた。
「その・・・・・・神獣に食べられた闘士というのは、皇帝さんと特別な関係にあったとか?」
「左様です。奥方でしたね。つまり、そういうことなのです」
その答えをもってして、多くの者が彼女の提唱せんとする説に思い至った。即ち、星術を駆使して神獣を制圧する方法である。
「妾は思ったのです。敢えて<黄昏宮>に仲間を取り込ませて、攻撃の手を緩めさせることは叶わないものかと。そして、取り込ませた仲間を星術によって生かし続け、敵の内部からも攻撃させるといった妙技は通用しないものかと・・・・・・」
元暗殺者の女傭兵はテントの天井を仰ぎ見、「その役だけは、絶対に仰せつかりたくないわね・・・・・・」と呟いた。まさしく皆の意見を代弁したものだが、不死の神官だけは顎に指を当てて最後まで何事かを考え込んでいた。テント内の口数は、だんだんと少なくなっていった。
ラグリマの知る限り、その話が出たのはこれが最初で最後であった。夜が明けてからの出番となった戦闘において、ラグリマは注文通りの働きを見せたものだが、妙にそわそわした気分は当分収まりがつかなかった。




