4 在りし日を知る者-4
***
リージンフロイツは伊達に一人で闘士稼業を続けているわけでなく、レーゲンドルフの公都を一風変わった目線で探りながら歩き回っていた。戦が起これば軍需物資や兵糧が必要となるため、市場ではそれに関わる品がまとまって流通することになる。レーゲンドルフ公が<雷伯>を手元に置いているのであれば、それを監督するための部隊が動いている可能性は高く、まずは物資の流通が調査対象に挙げられた。次いで、白面が何かしらの星術で<雷伯>とコンタクトを取れるようになっているとして、かの者一人の星力では、それの持続も限界が近かろうと推測された。その観点からは星術学院や神殿勢力のバックアップの線が浮かび、情報収集の対象者は両ブランチの関係者に絞られた。
レーゲンドルフの公都ルーラルーは北西域で最大の人口を抱える大都市であり、内陸部にあるが故に海運こそ有しないが、大陸間物流の拠点として世界各地から行商や資本が集まって賑わいを見せていた。公城の周囲に貴族と騎士が住まい、政務の執り行われる執政区画がさらに外を取り囲んでいた。商業区画や市民が生活する一般区画をまとめた市街地は最も外周に位置し、そして最も面積が広かった。市街地の東西南北には騎士団の詰め所が設置されていて、自警団や派遣の闘士協力の下、治安維持に努めていた。
リージンフロイツはスレイヤーズギルドのレーゲンドルフ・ブランチに出入りをする傍ら、日夜市街に繰り出して神獣の痕跡を探し求めていた。この日の夜も手近な酒場へと足を運び、めぼしい客がいたら挨拶しようと店内を物色していた。
「よう、リズ」
そんなリージンフロイツに、すでに葡萄酒を傾けていたラグリマがテーブル席から声を掛けた。木製の丸テーブルには葡萄酒の瓶と、豆や芋の煮物が盛られた皿が所狭しと並んでいた。そして、そのラグリマと相席しているのは二十代と思しき人間の女で、薄紫のローブを着ていることから星術学院レーゲンドルフ・ブランチの所属と知れた。
「・・・・・・ラグ?」
「暇だったから、こちらの別嬪さんに相伴していた。一緒にどうだ?おれたち場末の闘士と違って、この別嬪さんはなんと、学院の正星術士様なんだと。エリートで、こんなに綺麗で。最高じゃないか」
ラグリマが不自然なまでに容姿を褒める度、女星術士は満更でもない表情を見せた。相当酒が入っているのか、エルフであり女でもあるリージンフロイツが椅子を引いて合流する素振りを見せても、女星術士はそれを咎めたりはしなかった。
ラグリマはリージンフロイツが聞いていて歯の浮くようなおべっかを使い続け、女星術士にどんどん酒を注いだ。リージンフロイツは、時間が経つにつれて女星術士の手がやたらとラグリマの手に重ねられることへ苛立ちを募らせたが、彼が情報取得のために演技をしているのだと我慢を通した。
「それで、特命を任されたお面の星術士って、そんなにやり手なのかい?君みたいに美しくて聡明な星術士よりも?」
「・・・・・・あんなの、星術士とは言えない。星術はね、理論と体系ってのが大事なの。魔獣を従える理論なんて提唱されたことはないし、第一そうする意味が分からないわ。リスクヘッジからいっても、操作に失敗したら取り返しがつかないことになるって、偉い人にはどうして分からないのかしら・・・・・・」
「その通りだ。君は正しい。そして、見目麗しい。お面の男はきっと面構えが良くないのさ。素性を隠して、一体どこから来たのだろうか?」
ラグリマは寄りかかってきている女星術士の肩を抱いてやり、下から彼女の目を覗き込むようにして続けた。女星術士は潤んだ瞳でそれを見返すと、吐息のかかる距離でラグリマの質問に答えた。
「・・・・・・東域から来たとは言っていたわ。竜や鬼をも操れるって触れ込みで」
ラグリマは頷くも、今のところ得られた情報は<要塞>が白状した内容と照合できる程度のものでしかなかった。
「わざわざレーゲンドルフに働き口を求めた理由は何だろう?相当な高給に釣られたとか?」
「魔獣による被害が顕著に増えている地域を選んでいる、とか言っていたような・・・・・・。公爵閣下はそれほど金払いがいいわけじゃないしね。・・・・・・そういえば、随分熱心に霊獣や神獣の出没事例を漁っていたかな」
「霊獣や神獣の出没事例・・・・・・。やはり、狙いははじめから神獣との接触にあったのか?」
「う~ん・・・・・・。不死の魔獣を知っているかとか何だとか、確か一度だけ聞かれた気がする。そんな話聞いたことなかったから、そう返事したと思うけど」
回答に一定の手応えが得られ、ラグリマは女星術士の肩を抱いて乾杯を繰り返した。すでにリージンフロイツは碧眼より寒風吹き荒ぶ視線を送っていた。
(ラグのこれ、全てが演技なの?女を口説くのに随分手慣れてるようだけど)
ややして、酔い潰れて突っ伏した女星術士を店員に預け、ラグリマは素知らぬ顔でリージンフロイツとの情報交換に臨んだ。その豹変ぶりと真剣な表情を受け、先ほどまで憤懣やるかたなしという体であったリージンフロイツも居住まいを正さざるを得なかった。
「明朝から支部で張って君を待つつもりでいた。それで手近なところで軽く聞き込みをしていたら、彼女が引っかかった。あの白面の標的は不沈三獣なのかもしれない」
「えっ?不沈三獣って、<不毛の谷>に君臨する最強の神獣?」
「そう。<黄昏宮>、<絶望宮>、<強宮>の三柱だ。十一年前に大国レキエルは五匹もの神獣を討ち滅ぼしたが、最後は<絶望宮>によって蹂躙された。仲間にいた天才星術士がよく言っていた。あれには、人間の力など及ぶ気がしないとね」
リージンフロイツの耳には、ラグリマの声音が微かに震えたように聞こえた。
「・・・・・・それで、救世会の戦闘隊長もといレーゲンドルフの雇われ星術士が、目的は兎も角としてそんな化け物を付け狙っているという論拠は?」
「不死の魔獣、という彼女の言葉さ。不沈三獣のうち、<絶望宮>は恐るべき星術行使者として知られている。そして<強宮>が誇るは、万夫不当の圧倒的なパワー。最後に<黄昏宮>だが、こいつは自分以外の種族を養分として取り込んで、無尽蔵に回復しながら戦い続ける。正に、不死の魔獣と呼ぶに相応しい。・・・・・・仲間に似たような戦い方をする神官がいたから、よく覚えているんだ」
「敵の力を自分の糧にできるから不死・・・・・・面倒な獣ね。でも、それじゃ闘士側に勝ち目なんてないんじゃない?」
「そうでもない。回復量を上回るダメージを与え続ければいい。理屈でいえば、取り込まれることを避け、ひたすら攻撃を通して行けばいつかは倒せる。それが難しいことは百も承知だが、事実、七年前はやつを追いつめていた」
リージンフロイツはラグリマの話に興味を引かれ、じっと耳を澄ませた。彼が言わんとしていることは、伝説的な敗北として語り継がれている<不毛の谷>の決戦を指すことに他ならなかった。敗北という点以外は全てが謎のヴェールに包まれており、かの時分に起きていた真実を知りたいと思うことに、種族や身分は無関係であった。
「・・・・・・といっても。おれはその場にいられなかったから、ただの又聞きになるが。勇者たちは<黄昏宮>をあと一歩のところまで追い込み、そこで力尽きたそうだ。あと一撃、致命傷を入れられる余力があったら、歴史は変わっていたと思う」
ラグリマはそう言って、手にしたグラスを力無くテーブルに置いた。その黒瞳の奥に隠れて渦巻く苦悩を嗅ぎ取ったリージンフロイツは、<不毛の谷>から話題を逸らすことにした。
「レーゲンドルフの騎士なり闘士なりが、ここから北東方面へ動いた形跡があるわ。星術士のフィールドワークもここのところ北域に集中しているそうだし。神獣を匿っているのだとすれば、北に何かヒントがあるかもしれない」
「ああ。<雷伯>はまず間違いなく<不毛の谷>に潜んでいる。オボロたちを偵察に向かわせた」
「えっ?」
ラグリマが神獣の所在地を断定したことに、リージンフロイツは驚きの声を上げた。
「あそこは魔獣にとって故郷のようなものだ。経験則から言えば、傷を負った神獸は八割方<不毛の谷>で体を休める。詳しい仕組みは知らないが、奴らの自然治癒を促進する何かがあの地にはあるのかもしれない。今の弱った<雷伯>であれば、他に選択肢はなさそうに思える」
「・・・・・・早く言って。そういうのは」
「いや。リズがこの街で動き回ることに意味はあった。結果的に良い囮の役目を果たしてくれた。そら」
「また訳の分からないことを・・・・・・!」
そこまで言って、リージンフロイツは己に絡みつく粘っこい視線に気付き、その発信源たる隣のテーブルへと意識を向けた。そこには白面を着け、蒼の長衣をまとった人物が優雅に腰を下ろしていた。
「・・・・・・あなた。いつからそこに?」
リージンフロイツのその問いは、店内の喧噪でかき消されるのではないかという程にか細かった。
「さて。お連れの方が物騒な話題を口にされていましたので。気になって拝聴させていただきました」
リージンフロイツの白い手が素早く腰の剣へと伸ばされるが、白面は動じることなく言葉を紡いだ。
「止めておいた方がいい。こちらには幻獣を呼び寄せる用意があります。ここで見境無く戦いを始めれば、犠牲になる一般人の数は十や二十では済みませんよ?」
「くっ・・・・・・!」
「聞き取り辛いし、粗野な声だ。そんな野暮は無しにして、肉声を聞かせてくれれば正体も判然とするんだがな。お前は、おれの知る誰かさんなんだろう?」
特段動きを見せていなかったラグリマが、隣席に腰を落ち着けている白面の合成された声色を揶揄した。ラグリマが戦闘態勢に入っていないことを受け、リージンフロイツも先制攻撃に出ることは保留した。
「横で盗み聞いていて、どうだ?不死の魔獣・・・・・・<黄昏宮>を追っているという線は、それほど的外れではないだろう?」
「ラグリマ・ラウラ。問いますが、君は何故<黄昏宮(トワイライトメナス>を追っていないのです?不自然ではありませんか。七年前の決戦からただ一人生還した闘士。だのに、君は各地で魔獣を狩りこそすれ、不沈三獣の最右翼たる<黄昏宮(トワイライトメナス>を野放しにしています。あの獣こそが、七年前に全てをご破算にした元凶だというのに、です」
「戦力が足らない。それに、そもそも奴が見つからない」
「後者はその通りなのでしょう。ですが、前者は嘘ですね。本領を発揮した君を止められる魔獣など、そうはいません。ましてや、相手は七年前に一度死の淵まで追い込まれた手負いの身。私の知る<千刃>であれば、そのくらいは打破してのける筈」
「お前は、誰だ?」
「君も見たのではありませんか?不死の魔獣の、成れの果てを」
ラグリマは所構わず剣を一閃した。リージンフロイツが辛うじてその剣筋を追えたレベルの高速の斬撃はしかし、白面がただ椅子を引いて後ろに下がっただけで回避された。その身のこなしは、歴とした一流の闘士のそれと比べて遜色無かった。
突然の刃傷沙汰に、店内のあちこちから悲鳴や怒声が上がり、潮が引くようにして客と店員が出口へと殺到した。リージンフロイツはもはや騒ぎを気にせず樹霊剣を抜き、ラグリマと並ぶようにして白面に相対した。
「星力の込められていない剣撃なぞわざわざ避ける必要もありませんでしたが。剣一本の君に、私の防御障壁は破れないでしょう。・・・・・・ただし、樹霊剣の一撃だけは流石に御免被りたいですね」
リージンフロイツが一定の星力を練り上げて斬り掛かるも、白面の言った通りに見えぬ障壁に弾かれて傷を負わせることは叶わなかった。ラグリマは障壁の性質を見極めるべく、白面の動きを注視していた。
「自由にできる神獣が手に入った以上、今の私にウルランドを害する意思は毛頭ありません。レーゲンドルフの協力も直に不要となりますので、ここらで手打ちにしませんか?そちらに損はない申し出の筈ですよ」
「何を言ってるの?あなたは<雷伯>を使って何がしたいのよ!」
「情報を引き出したいのです。<黄昏宮>の居所に繋がる情報を、ね」
白面が言い終わらない内に、またもラグリマが銀の剣で撃ち込んだ。剣は青白い光に包まれてぼやけており、それが星力の充満した一撃であることを如実に表していた。
ラグリマの攻撃は一発で防御障壁を破砕したものだが、それを貫通して白面にダメージを与えることまではできなかった。刹那の内に、幻獣・白獅子が白髪をなびかせて間に割って入っていたのである。
(あの魔獣、いつの間に召喚されたというの?・・・・・・ここで、排除する!)
幻獣の出現に、リージンフロイツはウッドソードの力を引き上げて対抗せんとした。それを嫌ってか、白面は星術を行使して酒場中に灰色の煙を充満させた。煙幕であった。
「失礼させていただきます。ラグリマ・ラウラと樹霊剣の後継者よ。願わくは私の追跡など試みられぬことを。次は命のやり取りをせねばなりません故」
リージンフロイツは視界一面を占有している煙の駆除にと星術で風を起こした。それらが晴れた店内には白面と白獅子の姿は無く、黒焦げになった剣を手にしたラグリマが厳しい顔つきで立ち尽くしていた。
「ラグ!客や店主から騎士団に通報されてると思うから、さっさと逃げるわよ!」
「・・・・・・了解だ」
今度はリージンフロイツが店外に白煙を焚き、そこに紛れる形でラグリマと共に市中に姿を眩ました。レーゲンドルフの騎士や自警団員は夜通し二人の捜索に尽力したが、捕縛には至らなかった。
後日、ウルランド領主システィナの名で、騒ぎへの丁重なる謝罪が申し入れられたという。




