二十話.三つ目のカラス丸
上・下にわけるか迷い中。
引き続き、〈薬師堂〉の中に居るのです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
―――姫路の町に出向いて二日目。
初日は鴻池さんからお金を借り、薬師の千夏姐さんを捕まえるだけで終わってしまった。
千夏姐さんは僕の汚い身なりと言動を見るなり、僕をその細腕に抱きかかえ、家までお持ち帰りされてしまったのだ。それからあれよ、あれよという間に身形や体を清められ、昏々(こんこん)と諭されるように
「あんたみたいな幼い子供が身売りの真似事なんてするもんじゃないの! 『僕を買いませんか?』なんて言葉、どこで覚えたか白状しンさい!! だいたいな、あんた何歳だコラッ! 言えっ、白状しろ! どこをどうみても5つより下の子供に見えるぞこのアホンダラのボケナス餓鬼がっ! そんな言葉、どこで覚えたンじゃ。あア゛!?」
違った。恐喝混じりで昏々と諭されるようにだった。
あの時のお姉さんは、修羅が降臨して、とっても怖かった。おしっこちびるかと思ったよ。生理現象的に足が竦んで震え、恐怖で大粒の涙が出て、大泣きするなんて、産まれて初めての経験をさせてもらいました。気の強いお姐さん、怖いっ!!
◇◆◇
「本当に、怖かったです。あの時は。おしっこちびらなくて良かったです。恥ずかしいもの」
ノラはしたり顔で頷き、しみじみと語る。
「ほお? もっと説教されたいようだな? 餓鬼ィイ! 拳骨が必要か?」
その後ろで、千夏姐さんが拳を打ち鳴らし、骨をボキッ、ボキッと鳴らす。
修羅再臨。あたりの温度が冷気で2,3度下がった気がした。
ノラは怯えて後退る。
「じょ、冗談です! 本気にしないでクダサイ。やだなぁ、もう……。アハハハハハハ」
年に似合わぬカラ笑いをする幼子。
姐さんはちっと舌打ち。拳骨を解いて、煙管の煙を蒸かす。
「で? 聞きたいのはそこやない。次や。次」
「ほい、天狗話ですね。ここまでは話の前座。ここからが本番なのです」
ノラは神妙な顔。正座を直して、語りを再開させた。
◇◆◇
その日、お姐さんにやっとこさ解放された僕は、商売のタネになる情報を探しておりました。僕の借金は一両。あとで気づいたのですが、僕が借金をしようと思い立った原因の飴玉。実はこの時代、そんなに高くはありませんでした。いえ、貧乏な幼子である僕と兄貴には、高価なことには違いないんですけどね。
お姐さんには内緒ですけど、僕の日本知識は、古いものは今の僕の躰のご先祖様、五代目風魔小太郎と遊楽が生きた戦国時代から江戸初期まで。新しいものは平成年間の2012年の三が日で止まっています。巳年だったのです。記憶上、一番最初の“私”が亡くなった日以来、僕の未来知識は止まっています。
時々、この世界にやってくる転生者、異世界人、時空旅行者、憑依者なるものがもたらしてくれた断片的な未来知識以外はね? タモさんの『いいとも』も終わったらしいね? 残念。『「明日来てくれるかな?」「いいとも!」』のやり取りが、2014年には見れなくなるなんて。本当に残念だから、もし平成時代に戻ることが有ったら、『いいとも』をもう一度、見たいと思います。まる。
おっと、脱線脱線。僕の性格上、ちと話長くなる傾向にあるけど、堪忍な?
飴売りの口上で「さぁさぁ子供衆、買うたり買うたり、飴の鳥じゃ飴の鳥…」と浄瑠璃で演じられたのが延享三年(1746年)。「引き出して小鍋立する飴細工」と川柳に読まれたのが寛政十二年(1800年)。「昔は烏の形が専らだった。今も飴の鳥といって飴細工の総称としている」と守貞漫稿に書かれたのが嘉永六年(1853年)というように、次第に「飴細工」という呼び方も使われるようになったらしいけど、この時代は「飴の鳥」という名称が一般的だったんだって。どこかの本に書いてあった。
ええと、確か、千夏姐さんのお祖父さんが云うには、今はアヘン戦争終了間際。
その辺りの歴史的記憶を辿るに――-。
1841年、3月22日(天保12年閏1月30日)徳川家斉、江戸幕府第11代将軍死去。順調に滅べ。
同年、7月3日(天保12年5月15日)井伊直亮が大老を辞任。
1842年、1月24日(天保12年12月13日)天保の改革。江戸幕府が株仲間解散令発布。
同年、8月29日(天保12年7月24日)清国とイギリスの間で南京条約が締結されアヘン戦争終結。
同日。江戸幕府が異国船打払令を廃止、薪水給与令復活。
だから、今年は1842年の天保12年。今はその6月始めか。………初夏だねぇ。
そういえば、僕がお金を借りた鴻池屋さんは、新撰組と関わりがあったっけ。
7月8日(天保13年6月1日)――天保15年(1844年)説もあり――には、新選組隊士の沖田総司が産まれて、1868年まで生きる、か。もうすぐじゃん。
僕、創作や史実の沖田のキャラ、結構好きだし、気が向いたら絡みに行くのも有り哉。
幕末に新撰組。攘夷志士の坂本、桂、高杉。どっちに関わってもオイシイね♪
ああ、そういえば、ペリー来航だけは見に行かないと。黒船、黒船。前から見たかったんだよ。幕末と言ったらやっぱ、黒船見ないとね。浦賀だっけ? 情報に気をつけておかないと見逃すよ。
大きくなってからの旅行が楽しみだ。にししっ。
閑話休題。
だから、飴玉は江戸では庶民にも手が届く値段になり、そこらへんで売り歩いている代物だったって訳です。1両もいらねぇよコンチクショ―!
◇◆◇
「てな訳で、僕は一両の借金返済に奔走するのです。そして『ポニィテェェェーーール』なのです」
「よし、わからん。殴っていいか?」
「やめてください。お姐さん。僕の柔らか頭はお姐さんの拳骨でへこんでしまいます」
「要点だけ話せ」
「ポニテ。カラス。天狗。商売。宅急便。妖怪聞いた。僕、儲かる!」
腕を組んで得意顔。ノラは終わりと締め、えっへんと胸を張る。
即座に千夏姐さんの拳骨が飛んだ。
ノラは涙目になって、頭を抱えてその場に蹲る。
「きゅ~……。痛いのです。ぐすっ、グスッ」
「もう少し詳しく、要点だけかいつまんで話せ」
「人の表情の中で、真顔が一番怖いと思ったのは、生まれて初めてです」
「そもそもあんた、そんなに長く生きてないだろ。いいから話せ。簡潔にな」
「あい! では――ポニィィ、ぐひゃっ!?」
千夏は真剣な顔でふざけ始めたノラの腹に、強烈なアッパークローをお見舞いした。
「ふざけるな。ちゃんと、話せ」
一言、一言、区切るように断言した千夏の目は、笑っていなかった。
ノラはまた、ちびりそうになって震える。
「は、はい!!」
◇◆◇
僕は街を歩きました。
人間や妖怪さんたちから最近の情報を集めました。
そこで、そこらの主だという蜘蛛さんとお猿さんに出会いました。
彼らは妖怪ですから喋ります。
千年は生きていないけれど、300年は生きている若いヒトたちでした。
僕はその時、なんの商売をするかもうすでに決めていたので、品物の宅配業務の仕方に悩んでいました。
え? 宅配なんてしなくていいだろって?
知ってのとおり、外見が幼い子供ですからね。品物の上等さはもちろんのこと。低価格で算出でき、付加価値をつけないと稼げないじゃないですか。僕は鴻池屋さんに「一か月で借金返済」を宣言しました。これは利子も含むと思うのです。ならば、余裕を見て、二両は稼げないと話になりません。今後の生活もありますからね。
彼らは云いました。
「宅配なら“天狗宅急便”というものがある。つい最近、250年ほど前だったか。天狗警察を止めたヒトリの女天狗が、仲間と共に会社、というものを立ち上げて御座ってなァ?」
「坊主、知ってるか? この世界にはなァ、この世界の“理”という見えない法があってな? この世界で“理”というモノに触れると、神でも仏でも人間でも、わしたち妖怪やおまえさんのような隠叉でも、存在ごと“時空の波”に呑まれて消えることだってあるんだぜ?」
「天狗の奴らは、神々が住まう天界から命令を受けて、この世界を構成する主要5つの小世界。天界、聖域、此岸という我らが今いる現世、彼岸はあの世とこの世の境目たる妖羅界、地獄を手分けして巡って、“理”の違反者を“裁きの間”と呼ばれる場所にしょっ引いて行くんだ」
「それがあいつらの仕事よ。天狗警察のな? 仕事よ」
「だけど、天狗も神代の時代は100人ぐらいだったのに、時代が経つにつれて、大きく膨れ上がっちまって、今じゃ、他の仕事してる奴らの方が多いくらいよ」
「その中に“天狗宅急便”というものがある」
「渡りをつけたいなら、方法を教えよう」
蜘蛛と猿は交互に話し、僕をじっと見た。
「うん、教えて。知りたい。出来ればタダで」
僕も真剣な顔で、じっと見返す。
「ちゃっかりしてるのう」
と二匹は笑い、
「食えると思ったのに残念だ」
と続く言葉で恐ろしいことを云ってくれた。
さすが妖怪。カニバリズム(人食い)は当たり前っすか。
「まあ、よい。小腹がすいておっただけだ。タダで教えよう。猿の」
「オウよ。蜘蛛の。天狗を呼び出す鍵は“三つ目のカラス丸”だ」
「三つ目のカラス丸? 目が三つあるの? なんで三つ目?」
「本人曰く、目がよく視えるからだそうだ。百個目玉がある百目という妖怪と同じ原理だのう」
「カラスが集まっているところを探して、“ポニーテール”という髪型にしていたらいいらしいぞ?」
「なんでポニテ。つか、ポニテって、後頭部でひとつくくりにするやつ、だよね?」
「そうだ。武士がよくやる後頭部の一番上あたりで結んじゃいかんぞ? カラス丸の噂曰く、それじゃあ、やつは引っかからなかったらしい」
「引っかかるって………なんか、おもしろい奴だねぇ。仕事抜きであってみたいよ」
「まあ、おもしろいと言えば面白いな。蜘蛛のよ」
「何故かアレには人望もあるしな。変態だが」
「そう。変態だが、助けてやりたくなるなにかを持っている。不思議なカラスだ」
「変態だがな。男気のあるいい奴だ。ロリコン疑惑もあるので、要注意だがな」
「ああ。坊主、一見、幼女に見えるから気をつけろ。妻問い婚を迫られたら逃げろ。全速力で逃げろ」
「妻問い? なにそれ? 結婚の約束?」
「結婚の申し出、お付き合いの約束をしていいですか?と尋ねる大昔の風習だ。とにかく気をつけろ。あれは気のいい奴だが変態だ。ポニテの女なら誰彼構わず妻問いをする。いい奴、なんだがなぁ………」
「そこが問題だナ。危害はない。危なくなったら、この偽髪のポニーテールを投げて逃げろ。正気に戻るのをマテ」
「わ、わかった……」
ポニテフェチで変態? 男気があっていい奴で、ロリコン疑惑があって、無差別の妻問い? 人望もある三つ目のカラス丸って……何者? なんか面白いやつのような気が、びんびんするんですけど!! めっちゃ関わりてぇ! 弄りてぇ!! 久々に面白そうなやつ、キタ―――!!
僕は猿のから黒髪の偽ポニーテールを受け取り、内心、胸を高鳴らせて狂喜乱舞した。
◇◆◇
「会ってみると、本当に変態でした。それ以上にとても僕の好奇心をくすぐる面白い奴でした」
ノラは入れて貰ったお茶を飲みながら、冷たい土間の上で正座をする。
頭には、たんこぶが三つ、出来ていた。よく見ると彼は少し、涙目だ。
千夏は玄関先で足を組み、煙管の煙を揺らして、お茶をすする。
「妻問い、されたのかい?」
「されました。そして、瞬時に僕が男だと知って、地面にめり込むくらい落ち込みました。空から落下したのです」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




