二十一話.借金返済に向けて
副題『三つ目のカラス丸、上下の下段』
宜しくお願い致します。
指示通り、僕は張り切って姫路の町でカラスの集まる場所を探し、ある路地裏にやってきました。残飯をつついでいる真っ黒い烏合の衆。
僕はにやりと微笑んで、懐に所持していた古ぼけた赤い組み紐で、自分の髪をポニーテールとやらの髪型にしました。
瞬間、地面をつついていたカラスたちが一斉に反応。頭を上げてある一羽の顔を伺い、次々と飛び立っていくではありませんか。それも瞬間的に。
残った一羽のカラスは、僕の方を―――正確には、僕の後頭部のポニーテールを見て、くわっとその“三つ目”を見開き、襲い掛かってきました!
「ポニィィィテェェェエエエエルっ!!」
羽ばたく黒い羽。地面を蹴る三つ指の足。広げられた大きな両翼。顔の両側と額に赤く輝く三つ目。仕舞いには待ち構えていたような鋭い嘴まで、その時ははっきりと、秒コンマ単位で僕の眼に映像が飛び込んできました。
生まれて初めての体験です。
さすがの僕も呆気にとられて、半笑いのまま、気が動転してしまったのでしょう。
思いっきり妖怪たちから事前に貰っていた偽ポニーテールを遠くに投げました。
そしたら、そいつは急カーブして、その投げたポニーテールを、空中で嘴でキャッチ。
優雅さなんて欠片もない落ち方で、地面に降り立ち、そのポニテを……どうしたと思いますか?
◇◆◇
「うう~ん、わからないねぇ。どうしたんだい?」
「あろうことか奴は、そのポニテを―――崇め始めたんです」
「は―――?」
◇◆◇
崇め始めたんですよ。
わざわざ積んだ石の上で、ポニテを祭壇に見立てた場所に置いて、変な踊りを舞い始めたんです。それはとても奇妙な光景でした。
カラスがずんどこ、ズンドコ、左右の両翼を広げたり閉じたり、その大きな体を使って、目いっぱい礼拝を捧げているんです。いや、本当に。
とても奇妙な光景でした。
僕はしばらく、三つ目の烏が黒髪の偽ポニテを祀っている光景を眺めていました。
顎に手を当てて興味深く眺めていました。
明らかに正気の沙汰ではない変態の所業。ポニテフェチ、ここに極まれり! です。
しかもそれを人間ではなく、真っ黒い鳥の鴉がやっているのですから、可笑しなものです。
◇◆◇
「あんまり奇妙なので、手元に持っていた手作りマッチ棒で、ポニテに火をつけてしまいました」
「鬼!! 悪魔!! なんでそんなことしたんだい!? 可哀想だろ!! ってか、幼子が火を扱うな!!」
「眺めることに飽きたのですから、致し方ありますまいて」
穏やかな表情でお茶のお代りを頂きながら、ノラはのたまう。
千夏は吠えた。
「仕方ないってことはないでしょ!? この暴君! いいかい? とにかく以後、十分大きくなるまで火を扱うな! どうしても使いたいときはお姐さんを呼べ! いいな?」
「ほ~い。気が向いたらね……ふにゃ゛あ゛!?」
右頬の肉を横に引っ張り抓られた。
「気が向いたらじゃない。町の火災防止のため、呼ぶんだよ。わかったね」
言葉尻が、問いかけから確定事項に変化していますよお姐さん。
こわいっ、こわいっ、こわいこわいこわい!! 抓る手に力を増やさないで!?
「ふぁ、ふぁい……。やくそく……にゃのでしゅ……」
約束したら、やっと頬から手を離してくれた。
痛い……。これぜったい、鏡で見たら赤く腫れてるぞ。だって超痛いもん。
ちなみにこの江戸時代、家々は木造建築が大半を占めますことからもわかりますように、火災がとても多いのです。
よく言いますでしょう? 『地震、火事、親父』、『喧嘩と火事は江戸の華。花火は浅草が一番だ!』って。
え? 最後の花火は関係ない? 気にしなさんな。気分です。
ですからお姐さんは、子供の僕の頬を抓ってまで、頬を抓ってまで、火の扱いを注意したのでありましょう。ええ、頬を抓ってまで。けっして恨みには思ってませんからあしからず。思ってなんてありませんからね? タンスの角に小指ぶつけて涙目で跳びまわれなんて、思っていませんから。他人の不幸は蜜の味といいますけれど、違いますからね? ええ、違いますから。フフフ……。
「話を元に戻しましょう。午後のお茶の時間ももうすぐ終わりですから」
「ああ。何度も云うが、要点だけ、要点だけ掻い摘んでわかるように話せよ?」
お姐さんは周辺に散らかった書物を片付けつつ僕に念を押す。
「わかってますって。聞き手もそろそろ飽きてきた頃のようでございますし、シメといきやしょう」
◇◆◇
三つ目のカラス丸は、それはもう絶望した表情を大げさな振る舞いで示してくれました。
「ポニィィテェェェエエエル………!! 誰だ俺の麗しのポニーテールをこんな無残な姿にしてくれたのは……!!」
燃えて異臭のするパーマになった偽ポニーテールを、両翼に抱えて嘆くカラス丸。
僕はマッチを素早く袖の中に隠して、彼に近づきました。
「くすくすくすっ。それは偽物のポニテだよ?」
「誰だおまえは!?」
カラス丸が勢いよく、僕の方を見ました。そして、やっぱり後頭部のポニーテールに視線は釘付けです。
僕はにこりと友好的に微笑んで、手を差し伸べました。
「僕は野良猫のノラ。名無しのノラだよ。君が天狗と繋がりがあると聞いてきたんだ」
「俺の名はカラス丸。八咫烏様の眷属であり、八咫烏様とポニーテールを信奉する紳士だ」
「変態紳士?」
「そうだ。って、違う!! 俺はカラス丸。ポニテフェチだ」
「やっぱ変態じゃないか」
「…………うん、まあ、それでいいか。よく言われることだしな」
「ちなみに今、君が抱えているポニーテール、偽物だけど」
「なにっ!? 偽物だったのか!? どうりで髪の質感がいつもより、0,005グラム変だと――」
なにこいつ。本物の変態じゃん。こわいよ怖い。0.005グラムって何? 妖が住まうという妖羅界では、平成以降の計算方式などが今でも使われているわけ? 昔、異世界人たちをこぞって集めて、そこに放り込んだのは、何代前かの前世の僕だけど!
僕は思わず、笑顔をひきつらせてしまいました。
差し出した手の上に、カラス丸はそっと偽ポニテを返してきました。
「いやいやいやいや、これ、どうせいと?」
「供養、してやってくれ」
頼む。と小声で頭を下げられても、いやいやいやいや、どうせいと?
「供養って何? どうしろっていうの? 燃やして灰にするの?」
クワっとカラス丸の眼が本日二度目の輝きを見せた。
いい意味ではなく、悪い意味で。
「燃やすなんてとんでもない!! 灰にするなんて阿呆か! ポニーテールを結んだ髪紐を解いて風に流してやるんだ!」
「………あっそ」
「川に流すのでもOKだ。供養、してやってくれ。しないとポニテが化けて出てくる」
「いや、ポニテは化けないよ? そもそもポニテって生きていないし。これ、偽だから」
「ポニテは生きている!!」
ドヤァ……と妙にキリッとした顔で、胸を張って言いきられた。
あほらしか。
「ポニテが生きてるわけないでしょ」
「あべしっ!」
すかさず首裏への手刀とともにツッコミを落とす。――本来のツッコミは、胸元へ向けて45度角辺りの腕の曲げ方、ぴんと揃えた指先の手の甲を、超高速で叩きこむという、武術染みた高度な技だが、今回はこれでいいでしょ。相手、カラスだし。
ポニテ好きのカラスさんは、ものの見事に地面に突っ伏した。
僕はその間にポニーテールを解いて、いつも通り、テキトーに一つにくくる。
顔を上げたカラス丸が、絶望した表情をした。
ほんっとブレナイな。
初対面なのにポニテへの愛が切々と伝わってくるぞこのカラス。
「なぜポニテを解く? ポニテこそ最高の髪型だ!」
「うん。ポニテも好きだよ? だけどね、こっちの髪型のほうが楽なんだ。夏なら首元が涼しいポニーテールの方が良いよね♪」
「夏と言わず、年中最高だろ? 後頭部で揺れるポニテ! 上げた髪の間から覗くうなじ! 機能性も抜群で――」
「あ~……はいはい。君のポニテ愛はよくわかったから」
「なにをいうか! まだ語り足りない!! ポニテポニテポニテェェェエエエル!!」
僕の耳がおかしくなったのか、切々と訴えられる言葉たちが、すべてポニテといっているように聞こえた。ちとお待ちを。正気に戻す。
「ところで少女よ、年中ポニーテールで過ごす気はあるか?」
「気が向いたらね。それも悪くないかな、なんて……」
性別訂正すんのもメンドクサクナッテきたな。
「ならば、―――妻問いしてもいいですか!?」
「ごめん、僕、男……。奥さんにはなれないや」
「ガ―――ン!」
瞬 殺 ! ごめん、本当にごめん。これだけはどうしても無理なんだ。
僕が女であった場合だとしても、男は旦那様だけって、随分前に、それこそ産まれるずっと前から決めてるから。――――ごめん。本当に御免。
(そして今生は男だから、自分の子供も望めるなぁ……なんて、心の底で浮かれてたなんて、口が裂けたって誰にも言えないけれど)マジで御免。
ズン、ぱたり……。と擬音語にするとそんな感じで、カラス丸は膝から崩れ落ち、絵に描いたように落ち込んだ。小声でぼそぼそとまさか、この幼子が男だったとは……。と呟いているのが聞こえる。相当落ち込んでるね、こりゃあ。
「僕ってそんなに女らしい……?」
思いっきり頷かれる。何故だ!? 理解できん。
「雰囲気などが、な?」
「へえ~。雰囲気が、ねえ……?」
どうやら僕は、もっと“男らしく”ならないといけないらしい。
己の小さくよわっちい、豆が潰れた手を眺める。
まじまじとこちらを観察する視線に気づいて、「何?」と冷たい瞳を投げかけてやった。
「よく視れば本当に男じゃないか。ああっくそっ、失敗したぁぁあああ!! 我が鳥生の汚点だ。すぐに忘れ去りたい……」
「そこまでいうなよ。仲良くやろうぜ? な?」
にかりと快活に見えるであろう笑顔を作って、僕は彼の肩と思しき場所に手を置く。
そろりと振り向き、真っ直ぐ僕の紫の眼を見るカラス丸。
「ノラ……」
「――ってーことで、いい加減本題入らせて? “天狗宅急便”を利用したいんだが、どうやったら利用できる?」
不意を突かれて正気に戻ったのだろう。
カラス丸は赤から金色に変わった瞳をパチクリと瞬いた。
真剣な顔をして、それなら――と言葉を紡いでくれた。
◇◆◇
「天狗宅急便は、鴉羽三枚と交換で一回の利用権を得る。窓口はカラス丸と仲間の鳥妖怪たちのみ。宅配料は一回に付き銭12枚。意外とお手軽でした」
ずずっと飲み干そうとしたら、もうお茶がない。
「あれれ~?」
首を傾げて、湯呑を傾けていると、横からひょいっと誰かが僕の湯呑を攫っておぼんに乗せた。
千夏姐さんだ。
「あんた、話、長い」
照れたように苦笑して、ノラは頭を掻く。
「よく言われます」
千夏姐さんは、僕と自分と千夏姐さんのお祖父さんの分の湯呑を流しに運び、洗い物を始めた。手で洗うから、かちゃかちゃという音が聞こえる。
僕の方も、鍋がよく煮立って、中身が混ざった様で、良い具合に明日以降の売り物が出来ていた。
僕は正座を解いて、胡坐をかき、膝を抱える。
「千夏姐さん!」
ちょっと振り向いてくれる姐さん。
「僕ね、もう少ししたらこの家、出てくよ」
「出てどこに行くってんだい? ここに居りなよ」
そういってくれる貴女の言葉が、たまらなく優しくて、嬉しいです。
だけど、僕は首を横に振る。
「姐さん、僕ね? たぶん、明日か明後日でお金が貯まるから、その足で借金を返して、姫路の町を出るよ。銀兄貴を随分待たせちゃってることを思い出したからね」
「あんたの兄貴は“しろがね”っていう名前なのかい?」
「うん。銀色の柔らかそうな髪に眠たげな金色の瞳をした子でね? 少し意地悪だけどとっても可愛いんだ。ま、僕みたいな女の子に見える容姿をしていないけどね」
「そりゃまた………変わったお兄様で。(子ってあんた、あんたの兄貴だろ?)」
ノラははにかみ笑って、肩を竦めた。
まるで子を持つ親みたいな顔。千夏は目をこすって、妙に大人び過ぎた子供を見やる。
「本当にそう。一日中寝てるし、起こさないと三日は寝床の中。挙句は寝たまま餓死してしまうんじゃないかって心配になっちゃう」
「そんな兄貴を家にひとり置いて、ここに来たのかい?」
「そう。ひとりじゃないよ? みんな居る」
「みんな? みんなって誰だい? 家族は兄貴ひとりなんだろ?」
「うん。みんなはみんなだよ」
「わけがわからない。やっぱりあんたも子供だねえ」
「うん。そうだね。僕も子供なんだね。ふふふ……。えへへのへ~……」
ノラは誤魔化すように笑って、売り物を商品に仕立て上げる為、包装紙や筆、道具の数々を駆使し、仕事に励んだ。
千夏の方もこれ以上は藪蛇だろうと、詮索をすることなく、その日は終わった。
数日後、ノラは2両以上の稼ぎを出し、一躍有名人となった。
千夏とその祖父の商う医院も彼の御かげで同時に有名になり、客が増えた。
周辺の町々も、この一か月の間は、とても儲かったらしい。
商売ついでの宣伝効果、さまさまだ。
今日はノラが借金を返済し、家に帰る日だ。
残り、最後の商品を入れた行李を背負ったノラを、千夏は見送るため、軒先に出る。
昇り始めた朝日を背にして、ノラはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
「じゃあお姐さん、お世話になりました。使った機材や材料の分のお代、置いてくよ」
じゃらりと渡される小袋は、存外重く。軽く差し出した千夏の手が思わず下がり、もう少しで取り落としてしまうところだった。
千夏は大急ぎで中身を確認する。
中身は銀色に輝いていた。
ぎょっと目を見開く。
「こんなにいただけないよ。これは返す。おまえのおかげでウチの医院の評判は上がり、儲けも上がった。これ以上は過分になっちまう」
中に入っていたのは朱銀の山。
もしかしたら、古びたこの薬師堂の千夏の家が、建て替えられるかもしれない額が余裕で入っていそうだった。
千夏はノラに小袋を突き返す。
子供は困ったように細い眉尻を下げて、銀貨袋を受け取った。
「………残念。喜んでもらえると思ったのに」
「モノにはな? 過不足がある。過ぎたるは及ばざるが如しだ。生憎あたしはこんな大金、幼子から貰う謂れはないよ。あんたたち兄弟の生活費にでも使いな」
「―――しゃあない。ならこれだけは受け取ってや」
ノラは銀貨袋から、二枚の朱銀を取って、千夏の手に握らせた。
「最初の取引で決めた分や。僕が使った材料分、滞在費、器物使用料や。これなら文句ないやろ?」
ニヤリと微笑む子供。
女性は手の中の二朱銀を見て、バカ、と子供の頭を軽く小突いた。
「確かに受け取ったよ。これは正当なる取引であり報酬だ」
「でしょ? にししっ」
千夏は優しく子供の頭を撫でる。
「いつでも帰っといで。今度はその眠たがりの兄貴とやらも連れて来な。手入れしてやるから」
「お手柔らかにお願いします」
ぺこりと頭を下げ、ノラは行李を背負いなおした。
「では、千夏お姐さん、また――」
「ああ、またな。ノラ。今度来るときは本名教えろよ?」
「ええ。では………おさらばえ~」
人ごみが増えだした町の雑踏の中に行李を背負った小さな背中は消えていった。
千夏は彼の姿が見えなくなるまで見送り、彼女もまた、日々の雑踏の中に戻る。
「……ところで、なぜあいつは吉原風の言葉で別れをしめたのか。今度来たらアレに教育を施してやらないとな。(もちろん、あいつの兄貴にも)」
後日、ノラと呼ばれた少年が震え上がって、千夏から全速力で逃げまわり、“ぜったい兄貴をここには連れてこないようにしよう”、と心に決めたのは、また別の話。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!




