第19話.天狗の御使い稚児の商い話
仮投稿。また改稿するかもしれませんが、時間がないのでこれで。(学校へ脱兎)
播磨の国姫路にあるお寺の一角を利用した医療所〈薬師堂〉は、年老いた凄腕の町医者とその弟子である年頃の孫娘が住んでいることで、近隣界隈では有名だった。
祖父の方は厭世的で、日がな一日、薬を捏ね、仏頂面をする職人肌。来た仕事のほとんどは孫娘である弟子に任せ、自分は隠居の身で、怪しい薬や新薬の開発に精を出す変なジジイだった。
では、孫の方は?
これがなかなかに気立ての良い年頃の娘で、明るく元気。存外気風も良く、あけっぴろげ。そうかと思えば、祖父譲りの治療の腕は凄まじく、患者に対して優しく丁寧な心配りを見せる。女にも男にも友人が多く、面倒見が良い姉御肌の人物だった。そのギャップの差から、町の男たちに恋文を貰うことが週に一回はあるとか、ないとか。専らの噂である。
祖父ひとり、孫一人で運営されていた〈薬師堂〉―――老い先短い祖父が無くなれば、必然的に孫娘の千夏が跡を継ぐものだと皆、信じて疑わず、期待していた。
そこへ最近、―――つい、一週間前だったか。子供が一人、丁稚見習いとして加わったという。その子供というのがどうも奇妙で、外見はとても小さく、三歳頃の幼子にしか見えない。かと思ったら、大人顔負けの呼び口上で大枚を稼ぎ出す。売り物は〈薬師堂〉由来の美容品や薬用品。姫路の下町界隈では、見たことがないような品物の数々を、気持ちがいいほど勢いよく販売していく。この子供は誰だ? 何者だ? と聞いても、皆、知らぬ。
聞けば、親を亡くし、明日の食べ物にも困り、年の近い兄のため、借金までしてこの町に出稼ぎに来たという。
『親を亡くして、兄が居り、明日の食べ物に困った浮浪児』
ここまでは、この日ノ本のどの国、どの町、どの村々でもよく聞く話だが―――、そこから自分の力で這い上がろうとし、実行できる子供。なおかつ、一週間で一両もの大金を稼ぎ出そうとする者など、なかなか居るものではない。ましてや、三歳頃の子供なら猶更だ。
普通、もう少し齢のいった子供でも、自分で借金をして、それを元手に商売をしようなどとは考えつかない。
その多くは盗みに手を染め、上手く生き延びられたとしても、ロクな最期を迎えない。
金など貸しても返してくるアテも、保証も、有る筈がないのだ。浮浪児とは、そういうものなのだから。
そういうわけで、金貸しの方もよくこんな幼子に金を貸したものだと、町の人々は、『鴻池屋』善右衛門の心優しさと思い切りの良さを讃えた。
―――まるで芝居小屋の講談のようだ。
町民たちは、誰からともなく、そう思った。
講談とは、日本の伝統芸能のひとつ。演者は高座におかれた釈台と呼ばれる小さな机の前に座り、張り扇でそれを叩いて調子を取りつつ、軍記物や政談など主に歴史にちなんだ読み物を、観衆に対して読み上げる。上方講談においては、張り扇と拍子木を併用するのだそうだ。
講談とは、謂わば、現代で云う“図書館での読み聞かせ”みたいなものだ。声色を使う話芸である。講談での人気演目が歌舞伎や人形浄瑠璃化されることもあった。
町民たちは幼い子供の商売を面白がり、生い立ちの不憫さへ同情を寄せ、商品の確かさもあってか、よく購買した。
子供は一週間で、銀45匁もの大金を稼ぎ出したという。目標金額の1両までもう少しだ。だから、またあの幼い子は現れるだろう、と町民たちは期待した。
これは噂だが。その露天商の子供から品物を買いそびれ、彼の持つ台帳に名前と住所を記帳した者は、後日、黒い羽を背中に生やした天狗が購買した荷物を届けてくれたという。
それが一人や二人なら、笑い話にして済ますのだが―――。その天狗宅急便を確認した者は、両手の数では足りなかった。
人々は子供を『あわや、天狗の使いか?』と噂し、子供の賢さに納得して有り難がった。
また、子供が助言に従って、ある店々に行くと探していたものが見つかり、姫路の町に集う商店がその一週間だけ、軒並み売り上げがあがった。だから、こちらでも子供を有り難がり、界隈を仕切っていた侠客や乱暴者たちの裁きを押し止め、ショバ代というものを皆で少しずつ肩代わりしてくれたという。
―――こうして、本人が知らない合間に、なにやらわからぬ『天狗の御使い稚児の商い話』が出来上がっていたのである。まったく、けったいなこともあるものだなぁ。
◇◆◇
赤いバンダナに青い流水柄の着物を纏ったお姉さん。
千夏姐さんは、存外気風が良く、男前で粋な薬師様だった。
年の頃は21。胸が大きくて、着物の合わせ目から谷間が少し見えている。隠せとも思うが、そういうことに頓着しない性質なのか? 注意しても直す気配がないので、バカらしくなって諦めた。
ノラは稼ぎ出したお金に目をキラキラと純粋に輝かせ、次はなにを売り出そうかと楽しそうな表情をしている。
こじんまりとした〈薬師堂〉内の作業場で、じゃらじゃらと音を立てる銭の音。
丁寧に置かれているようで、散乱している薬草類と道具類。
奥で、隠居爺様の作る薬物が、またぞろ、ぼんと軽く爆発した音が聞こえた。失敗したのだろうか? 先ほど見るに、草っぱらのようなこの部屋とあちらの爺様の部屋。どちらが汚いだろう? いや、どっちもどっちの有様だと千夏は頭を抱えて長い息を吐いた。
ノラは算盤をはじき、にんまりと心底、嬉しそうに含み笑い。笑いが止まらねぇ!状態のようだ。これだけ稼げば、さもありなん。
だが、まだまだ稼ぐつもりのようで、新商品開発に余念がない様子。今度はしゃんぷーなるものと、のど飴なるものや、菓子の類を作るつもりらしい。まったく、性のないことだ。
それを千夏姐さんが腰に手を当て、呆れ顔をして見ていた。
「しっかし、よっくこんなに稼いだわね……」
千夏姐さんが近寄ってノラの手元を覗き込み、しみじみと呟いた。
子供は反射的に警戒して、目が細くなる。
腕の中に稼いだお金を抱え、今にも吠えんばかりのこわい形相だ。うかつに近寄ると噛みつかれそうである。
くりくりっとした紫がかった黒い眼が、千秋姐さんの一挙一動をよく見定めようと、鋭い眼光を研ぐ。
千秋姐さんは、ハァ……とひとつ嘆息した。
「誰もあんたみたいな幼い子供から盗りやしないよ。あたしゃ、ただ、感心しただけさ」
お姉さんは薬師堂のカウンターに長い足を納めて座った。やれやれ、と首を横に振り、「しょうがない子だねぇ」とでもいう風に笑みを漏らす。最後に篭手をつけた右手を外に払って、手慰みに本草学の書物を机の上に開いた。
子供は警戒心を薄めて、ぼそっと呟く。
「お金を稼ぐのは意外と簡単なのです」
「ほ~う? して、その心は?」
千夏姐さんは机に肘をつき、にやりと笑う。
ノラはほとんど表情を変えず、算盤の珠を目で追い、お金を数えながら云う。
「心に潜む『真をつく』のです。欲望をくすぐり、言葉巧みに焦らせ、最後に良心をグサッと言葉の刃で突くのです。そうすれば、日ノ本の人、期待を裏切らない」
ええと。江戸時代の換算相場は「金1両=銀60匁=銭(銅)4000文」だから、銀1匁=2166円、1文=32.5円ということになるか。時代によってちょくちょく変わるけど、だいたい、そのくらいと見て、多く稼げばいいよね♪
「あんた、本当に5つにも満たない子供かい?」
千夏姐さんは一寸目を瞠り、せっかく開いた本草学の書物を閉じた。
ノラはそこでやっと手を止めて、お姐さんの茶色がかった黒い眼を見る。
右に小首を傾げ、心底不思議そうな顔で、細い眉を僅かだが顰めた。
「どういう意味ですか? 出会った初日に暴露させられた通り、数えで3歳だか4歳のハズですよ? 5歳にはなってないと大人の人達が言っていました」
「ちゃうちゃう(違う、違う)」とお姐さんは、左手に持った火のついていない煙管を左右に振る。
ノラはいっそう、眉間をしかめた。
「…………姿はともかく、言動が普通の幼子に見えないんだよ。あ、わかった。あんた、人間じゃないんでしょ? 妖怪っていうならその姿にも納得ね」
ひとりでまくし立て、独りで納得。得意顔。
今度はノラがあきれ果てた顔で、溜息を吐いた。
「はぁ……。人間ですよ? 少なくとも体は。転んだら、あなたたちと同じ赤い血が出ますし、攻撃されたら痛い、嬉しいことがあったら普通に嬉しい。どこにでも居るような人間です」
鍋が沸く。こぽこぽと音を立てて沸く。
ノラは正座を崩して、商品の元となる蝋液の煮詰め具合を確認。上手くできたようで、先ほどのつまらなさそうな表情から一転。にっこりと可愛らしい笑顔で、ずれた音程の鼻歌など、歌いだす。
包丁で薬草を切り刻み、鍋の中に放り込んで、蓋をした。
思わず、といった風体で大人びた女の声が驚きを含んで呟く。
「…………達観、してるねぇ」
白く透明だった鍋の中。虹色に七変化していく鍋の中。それを興奮した面持ちで覗き込む子供はなんだか楽しそう。
その光景を見るともなしに見ながら、千夏は煙管に火をつけ、一服した。
「ところでさ、あんた、露天商で品物を配達するとか言ってたじゃん? あれ、どーなってるの? 良かったらお姉さんに教えてくれないかい?」
「天狗さまに渡りをつけたのです」
「は? 天狗? 天狗とこの商売の話とどう関係があるんだい?」
「それはね?」
とぼけた顔で、ノラは人差し指を立て、事の真相を語り始めた。




