最終日-1
晴天の青空のもと、木々のせせらぎを感じながら皐月は佇んでいた。
仮面舞踏会の会場の入り口に立っているのだが、周囲を歩いている人の視線を皐月は一点に集めていた。
本人はそれが何の原因によるものかは理解していないのだが、周りの人からは突っ込みたい気持ちを抑えながらじろじろと皐月のその顔面を見つめていた。
皐月が不思議に思ってその人たちと目を合わせようとするが、一瞬目の合ったところでさっと視線をそらされてしまう。
腑に落ちないが気にしても解決しない問題もある。
皐月は腕を上げて腕時計の指す時刻を確認する。
示された時間は十一時十分、十と約束した時間を過ぎていた。
深く息を吐きながら、皐月は大空を見上げて流れる雲を目に入れる。
地球が自転しているのを実感させるような大自然の力を肌で感じることが出来る。
十が少し遅れているからなんだというのだ。
この地球のように寛大な心をもって、盛大な許しを与えようではないか。
「おーい」
皐月が空を仰いでいるところに、遠くから声が聞こえてくる。十のものだった。
声の聞こえてきたほうに顔を向けるとぎょっとしたような十の顔が目に入る。
ぎょっとしながらではあったが、小走り気味に十は皐月の隣に着いて、謝罪を口にする。
「ごめん。ちょっと、はずせない用事に追われちゃって」
十が申し訳なそうに皐月から顔を逸らしながらそう告げる。
皐月は不安げな目の十ににっこりと笑いかける。
地球のような大きな心を持って。
そう、余裕を胸に抱くのだ。
「遅刻してんじゃねえよ! マントルに落とすぞ、こらぁ!」
「ええっ!? なんか許す流れができあがってたっぽいのに!?」
胸の前に持ってきた右手の親指を下に向けて滑らかに横にスライドさせる。
十はひくひくと口の端を震わせていた。
「なにを根拠にそんなことを言っているのか、甚だ疑問に思います。第一に、現在の日本は男女共同社会と銘打たれていますが、依然とその扱いには差があります。そして、私は女です。第二に、あなたから約束に誘っておいて、遅れてこられた私の気持ちは分かっておられるでしょうか。そして、私は女です。第三に――」
「露骨な私は女だからアピール! 男は女の来る前に場所に着ておけってことがいいたいの!?」
「いいえ、決してそんなことは言ってませんよ。そして、私は女です。」
「本心を全然隠せてない!!」
「な、なにを言っているのか……ははは」
「その態度、自分の言葉遣いに自身を持ってたってこと!? その程度で!?」
「むっ。そんなこと言いかたはないですよ。謝ってください。…………そして、私は女です」
「またでたよ……」
「私は女ですから……甘いものが好物なのです。ところで、あそこにあるクレープ屋はとてもおいしそうですね」
「うん? ……あ、ああ。了解。なるほどね」
これでクレープ代が浮いたのだぜ、やったぜ!
にっしっしと皐月は笑みを浮かべる。
十が遅れてやってきたといっても、それは十分のこと。
人によって違いはあるだろうが、皐月にとって目くじらをたてて怒るほど重要な問題ではなかった。
しかし、仮にも遅れた十に非があるのは否定できないし、ただで許すのも面白くないなと思った結果がクレープだった。
「そういえば、今日は仮面とっちゃったらいいじゃん」
たったったと駆け出すために足を踏み出そうとしていた皐月に十の言葉が投げかけられる。
確かに、仮面舞踏会に出席しないのであれば、仮面を着用し続ける必要はないのだ。
皐月と会うことが出来たため、十はすでに仮面を取り払っていた。
その顔もやはり皐月好みのイケメンではあったから眼福ではあるのだが。
皐月は言葉につまりながら、返答する。
「……あ、ああ。そうですね」
「なにか取りたくない理由でもあるの?」
「まあ、ぶっちゃけていうと、そうなるのですが」
「なにがあるのかは知らないけど、俺は全然気にしないよ」
「………………」
十はそういうのだが、皐月は自信が出なかった。
これは皐月の心肝部分のトラウマでもあるのだ。
――ごめんなさい。あなたのその が……
ふと、思いを寄せていた先生から言われた言葉が頭によぎる。
ぶんぶんと頭を横に振って、思考をリセットする。
その動作が面白かったのか、十は笑っていた。
しかし、いつまでたってもそれに引きずられてはいけない。
仮面舞踏会に来たのだって、前に進む一歩になったらいいなという気持ちがあったからだ。
……挑発されたからだなんていってはいけないのだ。
「あなたの言うとおりですね。仮面を取りましょう」
「それがいいよ。…………男アイドルの仮面って目立つし」
「聞こえてるのですが」
自分が目立ちたくないだけだったのか、と皐月は心の中で毒づくが、もう一度仮面を被るのには時すでに遅しだ。
皐月が仮面を取ったのを見て、十ははっとした顔をしていた。
分かっていたことだ。
何の前情報もないと、こうなることは避けられないない。
皐月は自嘲気味に笑みを作ると、固まっている十に声をかける。
「さあ、クレープ屋さんに行きましょう」
「ふうむ、おいしいですね」
皐月はクレープを頬張りながら感想を呟く。
シンプルイズベストを体現しているかのような、生クリームとバナナのみが入ったクレープは皐月にとって満足がいくものだった。
隣には財布を見ながらため息をつく十。思っていたよりも値段が高かったらしく、憎憎しげにお店のカウンターの上方にあるメニューを睨んでいた。
そんな十にはお構いなく、皐月は一心不乱にクレープを口に放り込んでいる。
適当な席に座って、皐月が食べ終わるのを待つことになる。
ただそれだけで時間を流してしまうのはもったいないというので、これからの予定について話し合うことにした。
そうはいっても、十がコースを考えているらしいので皐月はそれを頷きながら聞くだけなのだが。
「適当にぶらぶらしてお昼ご飯とかでいいかな?」
「ちょっと待って、それ計画とは言わない。そう、言えない」
「そんな強調しなくても」
どうやら几帳面なタイプではないらしい。
ざっくりばらんとした十の台詞に皐月は思わず突っ込んでしまった。
適当に、とかその場のノリでしかないだろう。
「適当にの恐ろしさを分かっていないようですね」
「適当って別に恐ろしくないでしょ……」
「私は期末テスト寸前の超絶に激カワな女子高生としましょう」
「超絶……激、カワ……?」
妄想でくらい夢見たっていいじゃないか。
皐月は眉をひそめている十をキッと一睨みして黙らせる。
「もちろん勉強なんてしたくないので、とりあえず部屋の模様替えして適当にやる気が出てきたところで勉強を始めようと思うわけです」
「なるほど」
「次に気づいた時には、朝になって学校に登校しています」
「なんで!? そこまでに時間がけっこうあったはずでは!?」
「なんということでしょう。あんなに汚かった依頼人の部屋がこんなにも見違えるように綺麗になっているではありませんか」
「匠の技!? どれだけガチで模様替えしちゃったんだよ!」
「百均でかった小さな箱をボンドでくっつけて、おしゃれな収納道具に変えてしまいました」
「思ったよりも小さかった!!」
このままここにいても中身のない会話が続くだけである。
十はクレープを食べ終えたと同時に皐月を外に連れ出した。
周りからは意味をあまり理解したくないだろうが、哀れみのような憐憫の目で見守られていた。
クレープ屋をでたあと『適当に』ぶらぶらと歩いた後に、ほどほどに空腹感を感じた二人は人が並んでいる店に入って昼食を済ました。
そのあとはショッピングモールに行こうということになって移動を開始する。
「そういえば、私みたい映画があるんだった」
「へえ、なんてやつ?」
「ヨンブンノイチってやつだよ」
「なんかすごいパチモン臭がするね」
「不思議だね」
皐月はうーんと首をひねって唸る。
深くは考えてはいけない気がした。
首をひねっている皐月に対してはははと十は笑いながら言葉をかける。
「じゃあ、映画見ようか」
「わあい!」
なにはともかく楽しみだ。




