六日目-3
「え、えっと……ええ!?」
「集合場所はどうしようか? 分かりやすいからこの会場のすぐ外ってことでいいかな」
「確かにそれは分かりやすいですね……って違いますよ!」
皐月の思考が固まっている間にも十は話をとんとん拍子で進めていこうとするのを慌てて止めにかかる。
先ほど皐月が十に対して勘違いをさせるようなことをしないようにと注意をしたはずなのだが、十は話を聞かない性格なのだろうか、皐月をなおも誘ってこようとしていた。
いやいや、だからそういうことをやめて欲しいといっているのに。
「話を聞いてもらえていないようで残念ですが、理解してもらうためにもう一度説明したいと思います。大人しくして聞いてください」
「わかった」
よろしいと皐月は頷いた後、繰り返し同じ事を丁寧に、いろいろな言葉を交えながら伝える。
しかし、
「じゃあ、明日、待ってるからね」
「くそう!」
十はそう簡単に事を進ませようとはしてくれないようだった。
のらりくらりと交わして話の論点をずらしていくという戦法が交渉において有効だということは皐月も知っていたが、これに関してはそういう問題ではなく人の話を頭に入れない最悪のケースだ。
自分がどれだけ力説してもたった一言でその苦労を水の泡にして、自分のもって行きたい方向へと話を進めていく。
こんなので今まできちんとした対人関係を築けてきたのだろうかと心配にもなるが、今皐月にとって重要なのは過去の十を心配することではなく、この状況をなんとか切り抜けることだ。
「なんと言ったら、果たして伝わるのか」
「ちょっと異議を唱えてもいいかな」
頭を抱えている皐月を嘲るように(皐月の主観である)にっこり顔で発言の許可を求めてくる十。
それもただの意見ではなく異議だという。
とても馬鹿にされている気分になる。
なんだこの軽くあしらわれている感は。
「そもそもなんでそこまで悩む必要があるって事だよ」
「はい? どういうことですか」
とても根幹である部分へ疑問をぶつけられて予想外だった皐月はそのまま疑問で返してしまう。
その様子になぜか十は吹き出す。
いや、何が面白いんだ。ぶったたいてやろうか。いや、初対面の人にそこまでの乱暴はできない……! これがジレンマ……!
震える拳を必死に押さえつけて、湧き上がってきた殺意を隠すために皐月は努力して笑顔を試みるが、その口角はひくひくと痙攣していて作ろうとしていることは丸分かりだ。
「そこまで警戒する必要はないんじゃないってこと」
「それはあれですよ! …………なんでしょうか?」
「それを俺に聞かれても困るなあ」
確かになぜそこまでして十から逃れようとしていたのかの理由を探しだすことはできなかった。
今のお断りに向かっている思考に向かうまでの軽いきっかけには心当たりがあるのだが、それ以上の確固たる意地になってでも反対をする必要性はないはずだった。
しかし、断る理由がないと自覚することになっても、十という人物には疑わしいことがあるのだ。
「すみません。冷静に考えると、警戒はいらぬことだったようです」
「でしょう? だったら、明日――」
「しかしです! それについて解決しても、冷静に考えることによって、新しい疑問点が出てきたのです!」
「ほほう、それは是非、お聞かせ願いたいなあ」
段々と十もノリノリになってきたのか、皐月に対して変なテンションで対応し始める。
そんな十に皐月はびしっと指をさして、その疑問点を告げる。
「それはほかの人につばをつけているに違いない説です!」
「その心は?」
「どちらも、ええっと……一つしかないじゃないですか! 何を考えているのですか! ちゃかさないでください!」
ははは、と面白そうに笑う十を見て、皐月はその疑問が間違ってはいないことを確認する。
それはゆるぎない事実ということになるだろう。
何しろ、相手はこんなに短時間で遊びに誘ってくるような男なのだ。つまり……!
「あなたはほかの女の子にも唾をつけていますね!」
「……そんなばっちいことはしてないよ」
「ち、違います。それは言葉の綾というやつで、つまり、ことわざみたいなあれですよ。布団がふっとんだみたいな」
「それは駄洒落だよ」
しまった。
間違った。
しかし、そんな些細なことは放って置いてもらいたい。
駄洒落かことわざかなんて、大した違いではないのだ。
腐ったみかんが慣用句で、腐ったオレンジが生ごみだということが分かっていればいいのだ。
つまりは、微細なことは気にするなということだ。
「いろいろな女の子に手を出しているのでしょう? それで最後だから、私みたいなのをからかって笑おうと……。どこかに仲間が隠れているのではないですか? さあ、出てくるがいいのです」
「よくそんな突拍子もないことが思いつくね。尊敬しちゃうよ。でも、君が言っていることは不正解だから、そこはマイナス点かな」
皐月はそこで目を細める。
この場の空間に糸が張り詰めたような緊張が走る――。
実際、そのように思っているのは皐月だけで、十はリラックスしているのだが。
「隠れている仲間もいないし、ほかの子に手当たり次第に声をかけているわけでもない。それなら、僕がどうしてキミに興味を持ったのかを教えよう」
「かかってきさない。返り討ちにしてみせましょう」
皐月は一体何と戦っているつもりなのか。
それはおいておくとして。
十の回想、過去の語りが始まる。
その舞台はもちろんこの仮面舞踏会で、時期は一昨日のことだった。
「といっても、ちょっとは君に話してしまっていると思うんだけどね」
「……? そうでしったっけ。すみません、全然記憶にないみたいです」
「けっこう辛辣な言葉を選ぶね……」
「そうですか? 辛辣な言葉っていうと、あなたをマリモのように扱う必要があるのですが」
「マリモに何の恨みがあるんだ!?」
「いつまでも浮いているだけで水がもらえると思ってるなよ! 次はアルプスの水を買ってきてあげるんだから!」
「これマリモに対する扱い!? それに辛辣って言うよりただのツンデレ!」
そこで十は肩を落としてため息を吐く。
皐月はそれをみて勝ち誇ったようにふんっと腕を組んで胸を張る。
なんか勝ったつもりらしい。
「まあ、話を戻して一昨日のことだよ。鬼の仮面を被った人といっしょに瓦割をしてたでしょ」
「割ったのは鬼さんで、実際の私はなんの戦力でもありませんでしたけどね……」
八百長を疑われて野次を飛ばされるのは勘弁して欲しかったため、皐月は身を挺してそれが本物だと証明したのだ。
その結果、痛みでうずくまるだけで、ほかにいいことなんてなかったわけだが。
「そこで生き生きしてる君を見て、こんなに楽しそうにしてるなんてすごいなって思ったんだ。それになんて面白そうな子だろうって」
「な、なんかそう言われてしまうと恥ずかしいですね……。しかし、それなら鬼さんという線もあったはずでは?」
「あっちの人は機嫌をそこねたら物理的にやられそうな気がしたから」
「ああ」
「…………えっと、フォローとかはないの?」
「事実じゃないですか」
皐月と鬼さんの関係は十が思っているのと少々違ったらしい。というか、女子的に考えるのならここは友達のことをかばう対応をしてもいいと思うのだが……。
皐月はというと、すまし顔で首を傾げるだけでそんなつもりは毛頭なさそうだった。
十はまたも笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。
「えっ、えっ。そんなに面白いのがありましたか……? 」
「いや、気にしないで」
それじゃあ、といいながら片手を突いて十は立ち上がる。
それに続くようにして皐月も立ち上がったところで、十から念を押すように約束を告げられる。
「明日、楽しみにしてるからね」
「あっ、ちょっと!」
言 い逃げるようにして十は皐月のもとを立ち去っていった。追いかけようとした時には十は人ごみに消えてしまっていて、あの雑多の中から一人の人間を探し出すのは不可能のように感じた。
まだ話も終わっていないというのに。なんと強引なやり方なのだろうか。
深いため息をはいて、力が抜けたように座る皐月に、
「ごきげんよう」
と話しかける人物がいたので、振り返ってみると、案の定鬼さんだった。
この無駄に丁寧な話し方は鬼さんしかいない。
「ごきげんようです」
「して、さきほどの男とはどのような関係なのですか?」
皐月は力のない笑みを浮かべて十のことについていろいろと話を聞いてもらおうかなと思っていると、意外にも鬼さんのほうからそれについて問うてきた。
遠くから聞いていたのだろうか。
いや、この人なら気配を消していたとか言い出して話まで聞いていても決して驚くまい。
「なんか話しかけられちゃったんです。明日遊ぼうとか言われちゃって、参りましたよー。こんな女なんかと遊んで、何が楽しいんですかね」
鬼さんが皐月の話を聞いている最中、微動だにせずに黙っていることが少々気がかりだったが、愚痴も合わせて簡潔に説明をする。
鬼さんが微動だにしないのはいつものことだろうになぜ今は気になったのか、皐月はそれについては深く考えなかった。
皐月の話を聞いて鬼さんは皐月から視線をずらしてある方向を向く。それは十が消えていった人ごみがある方向だった。
何か思うことがあったのかちょっとした間の後に鬼さんはぽつりと、
「気をつけてください」
「えっ」
何かを呟いたのだが、それは皐月の耳に届くことはなかった。
鬼さんの発言を聞き返そうとする皐月の手を、なにかから注意を逸らすかのように鬼さんは握って手を引いていく。
「あちらで王子が寂しそうにしていましたよ」
「忘れてた……」
王子との会話の途中で十に連れ出されてしまったことを失念していた。
戻るか戻らないかも分からないし、戻ってくるのならば動いてしまうのはまずいとでも考えたに違いない。
すまない気持ちを抑えながら、鬼さんと歩いていくと、やはり王子は皐月と別れた場所にいたのだが、その様子は鬼さんから聞いていたのと少し――いや、全く違っていて。
「冠だー!」
「すごいですねぇ」
「触ってもいいですかあ?」
「え、えっと……よ、よかろう」
「うわあっ! 話し方もなんか貴族っぽい! すごいですね!」
数人の女の子から囲まれている王子の姿だった。
けっこうぐいぐいといくタイプの女の子たちのようで王子はたじたじしながらそれに対応していたのだが……。
「~~~っ!!」
皐月は鬼さんの手を振り払って王子のところへとずんずん歩いていく。
手を離してもらうさいに、なんだか鬼さんの雰囲気がほんわかとしていたのは気のせいだろう。
皐月にオーラを読み取る力はないはずだ。
「ちょっと王子! 寂しがってるって聞いてたのに、全然違うじゃない! にやにやなんかして……! 知らないんだから! 私だって、明日、楽しんできてやるよ!」
「えっ、ちょっと!? これは違うくて……ていうか明日ってなんのことだい!?」
女の子に囲まれながらそんなことを言われても、皐月は聞く耳を持たなかった。というか、聞きたくもない。
きたときと同じように大股で鬼さんの下へと戻っていき、「行きましょう」とつげてできるだけ王子から離れようとしていく。
そんな皐月の様子に鬼さんは「いいですわねぇ」と独り言をもらしながら、その怒り散らしている背中を追っていった。




