六日目-2
「ちょっとやめてもらえませんか」
無造作に引っ張られていた手を振り払った。
いきなりのことで現状に対抗しきれていなかった皐月だが、我に帰り十を軽く睨みつける。
ギンッと強い眼を向けるが仮面のせいでそれは十には伝わっていないようで、十は軽い調子で皐月に声をかける。
「そんな乱暴はいいかたはひどいなあ」
「乱暴って……! それをいうなら、あなたのほうが乱暴なんじゃないんですか? ほかの人と話している最中に、会話をぶったぎって連れ去ってしまうなんて」
心をシャットダウンしているように放たれる皐月の低い声に、十は愉快そうに笑い声を上げた。
皐月の心を閉ざした態度にもまったく気に留めていないようで、皐月が手を振り払った時に生じた距離をつめてくる。
「それはすまなかったと思っているよ。……でも、そうまでしても君と話してみたかったって言う俺の気持ちもわかってくれないかな」
「……キャラ作ってません? そういうの気持ち悪いのでやめたほうがいいですよ」
「くくっ」
そこでまた十は笑い声をあげる。今度は先ほどとは違い、堪えきれないという風だった。
肩を揺らして必死に呼吸を整える姿を見ながら、皐月は何がそんなに面白いのだろうと首をかしげる。
というか、さっきから笑ってばかりだ。この、目の前の十という人物は。
十は、はあーとよくわからない息を吐き出して目尻の涙を拭うように片手を持っていくが、それは仮面に阻まれてしまう。
その姿に、皐月も笑いをこぼした。
「やっと、笑ってくれたね」
「あっ、え、えと……」
「じゃあ、ちょっとあっちのほうに行ってみようよ。おとといに行ってみたんだけど、弦楽器の演奏をやっているみたいなんだ。昨日は違う催しものが存在感を放ってて、演奏者が涙目だったらしいけどね」
十の言っている催しものが何を指しているのかに気づいて、皐月の顔はかぁと赤くなった。
思えば、なぜ昨日の自分というやつはあんなに短絡的な行動をしてしまったのだろうか。一晩寝れば冷静な判断ができるといったやつは誰だ。二晩寝て、やっと理解できたぞ。
先ほどセバスには謝ったのだが、まだ鬼さんには謝罪していない。できれば早いうちに謝っておきたいので、早く見つけてしまわなければなるまい。
まあ、それも十とのことが終わってからになるのだろうが。
皐月が大人しく十の後ろについていっているのを退屈にしているのだと思ったのか、十が弦楽器の演奏について説明を始めた。
音楽に興味を持ったことといえばアイドルの翔君だけだったので、十の語ってくれることが皐月には知らないことばかりで頷くくらいしかできなかったのだが、それでも十は満足そうにしていた。
そして、その会場に近づくにつれて、その綺麗な音色が耳に入ってくる。
心に直接響いてくるような音色に皐月は感激して、黄色い声を上げて興奮する。
「すごい! 私って教養ないから上手く言葉には出来ないんですけど……なんか、こう……ぐっときますね!」
「そこまで思ってくれるのであったら、俺も嬉しいよ」
「でも……」
そこで、皐月は十から顔を背けて暗い声を出す。
皐月には一つだけ疑問が芽生えていた。
十は見たところ好青年で人当たりがいいように思えるのだが、なぜ急に皐月に声をかけてきたのだろうか、ということだ。
皐月と十とはお互いに何の面識もないはずだった。
しかし、それについては考えても仕方のないことだし、本人に聞いても自意識過剰な気がして気まずいだけだ。
「ありがとうございました。この演奏を私は知らなかったので、知れてよかったです。楽しかったです。では、友達を放ってしまった形になってしまいましたので、そろそろ戻りたいと思います……」
そういって、十に背を向けてこの場を去ろうとする皐月の右手に、がっしりとした感触が伝わってきた。
振り返って確認してみると、十が慌てたように手を握ってきていた。
そして、皐月に優しく説得をするように言葉をかけてくる。
「もうちょっとだけ、話していこうよ。君のことも知りたいし、友達は今日くらい大丈夫でしょ?」
口元を露出するタイプの仮面であるので口を露にしている十は、これで止めだというように白い歯を見せて笑い顔を見せた。
そんな十を見て、皐月はというと、
「いやぁぁああ!! この男が私を勘違いさせようとしてくるぅう!! 敵だ! モテない女の敵だ! この、ナンパ男が!」
「ちょっ、ちょっとまわりの視線が厳しくなりそう……っていうか、なってきたから、違う場所に移動しようか!」
美女を狙えよー! とわめき散らしている皐月の腕を強引に引っ張りながら、十は人が少ないほうへと駆けていった。
「本当にさ、自分が何をやったかわかってる!?」
「分かってるつもりです」
「異議あり!」
「人に意思にけちをつけないでほしいな……」
「異議あり! 私に逆らうものは、容赦なくイケメンか美人認定します」
「それに何の意味があるの!?」
「私が嫉妬にもがき苦しむ様子を見て嘲り笑うことが出来ます」
「なんて卑屈……!」
「このイケメンが!!」
「なんで!? 逆らった覚えがないよ……」
「あっ、これは個人的な感想なので気にしないでください」
「えっ、あっ……それは、どうもありがとう」
「………………」
「顔赤くしちゃって、可愛いね」
「そ、それです!」
そこで真っ赤な顔なまま、ばんっと机を叩いて皐月は十を力強く指差した。
それは探偵が犯人を追い詰めている時の姿のようで、その雰囲気に呑まれたのか十は小さく体を揺らした。
「そういう発言は、私のような女は勘違いしてしまうのでやめてください!」
仮面舞踏会が始まって六日も経ってなお、一人の男性ともいい雰囲気になったことがない皐月だ。
このようにストレートに行為を示されるようなことを真正面から言われてしまうと、とても気恥ずかしいし一瞬で惚れてしまいそうになってしまうのだ。
仮面舞踏会という特殊性により顔の良し悪しが分からなくなっている状況で、判断される基準となっているものは性格やかもし出している雰囲気だろう。
自分の顔に自信を持てない皐月にとって、性格や雰囲気までもが否定されてしまうことになると泣きそうになる。
いや。
すでに、朝目覚めると枕が濡れていることが何度もあった。
そんな皐月に対して、だ。
可愛いなどの言葉はまるで悪魔のささやきにも似た甘美な響きを持っていた。
頭がとろけるようないい気分になるし、一瞬にして心拍数が跳ね上がる。
病院を訪れたら何かしらの病気だといわれてしまうことだろう、もちろん頭のである。
「勘違いって? なんのことをいっているのかは分からないけど、デメリットはないんじゃないかな? してもいいと思うよ」
「それもギルティー!!」
声を荒げる皐月に対して、十はにこにこと笑みを浮かべているだけだ。
相手にもされていない感じがして、皐月はちょっとだけむっとする。
全然手ごたえがなくて悔しい。
なんとかして一泡吹かせてやりたいと思っていると、十が話は変わるけどといって切り出してきた。
「明日、俺と出かけない?」
「………………はい?」
えっ。
なんか急に春が着ちゃったのだけど、どうしよう。




