冗談
谷は魔法で渡りました。飛ぶ魔法は魔力消費激しいですが、ゆっくり降りる。谷底を歩く。ゆっくり浮く。ならそれ程ではありません。
暖かい。
目を覚ますと私はベッドに寝かされていた。暖炉があり、火が入っている。厨房と食堂以外で火が焚ける暖炉があるのはVIPルームの客間と修道院長の寝室だけだったはず。だとすると、ここは客間だろう。
隣には何故かイリアが暖かそうな毛布に包まり寝息をたてている。前世と違い質の良い毛布は高級品だから、恐らくは修道院院長の物だろう。そして床にはアンゼが引かれた布の上に石化されて安置されている。
いつもの癖で自己診断をすると損傷は軽微。ただ装備類はなく身に着けているのは下の下着だけ。私は掛けられていた毛布をずらすと上半身を起こす。
と、暖炉に焚べる薪を運んで来たフールが扉を開けた。
「楓。目を覚ましましたか。朝まで目が覚めぬと思っていましたが……」
そして、それだけ言うと部屋の隅に薪を置く。フールはその後扉を閉め、暖炉の上の金具にかけられた銅鍋をかき回した。野菜スープとハーブの香りがして私は酷く空腹を覚えたが、それより前に尋ねたい事がある。
「何故ですか?」
私はオーガと相打ちになった。竜回復が起動したとは思えないから、私が瀕死から死亡に移行する前にイリアが回復魔法を施術してくれたはず。
ただその為にはイリアとフールがすぐ近くまで来ていなければならず、フールがそうする理由がない。
「私達は仲間ですよ?……と言うのは半ば冗談です。イリアの主張に引きずられました」
そう言うとフールは笑い、[天球儀]の様な魔道具を取り出して解析を始めた。なるほど、イリアなら私の事を助けに行く事を提案しただろう。だが年若いイリアが老練なフールを説得を説得出来たのは驚きに値する。
「途中、吊橋が落ちていて引き返すつもりでしたが、修道院院長の霊が、この世からの去り際にイリアに告げたらしいのです。『修道院はオーガに襲われたが、今なお生き延びている者がいる』と」
「しかし、起動は出来ましたが解析は無理ですね。これは。英雄リューリュ作だけあります」
フールはそう言うと妖魔避けの[天球儀]をサイドテーブルに置き、客間備えつけの銀食器にスープをよそう準備をしはじめた。銀食器での食事など貴族の所業だが、わざわざ食堂から食器を持ち込むのは無駄だろう。私は修道服ではなく自前の服を着ると、フール調理の暖かいスープに手を伸ばした。
☆☆☆
食事の後、二度寝した私が目を覚ますと昼近くになっていた。イリアが私の回復度合いに驚いている。致命傷を癒やしただけだったので、後数回は回復魔法が必要と見ていたらしい。
恐らくは発動していなかった[竜回復]が回復範囲に入った事により、発動したのだろう。回復中に無防備になる弱点が仲間の存在によりカバー出来るのは新たな発見。この世界に来てから打算なく仲間と呼べる存在は初めてだ。
里にいた時は、心身を許した幼馴染の碌でさえ、必要なら見限ってくる存在と考えていた。忍とはそういう存在なのだから。
「落ち着いたら、この修道女を癒しましょう。傷口は自己治癒して塞いでましたが、出血が酷くフールさんが石化したのです。フールさんが石化解いて、楓さんと私で回復かけたら治ると思います」
イリアが治療計画を述べる。治癒魔法を金儲けの道具とは微塵も考えてない。だがそこにフールが異論を挟む。
「この修道女に何か問題あるなら、石化を解く前に報告を。昏睡している状態で石化したので必要なら、このまま引き渡しでも問題ないのですから」
フールの物言いにイリアが少し憤慨したが、フールや私から見ればイリアは善人すぎて危うく見える子供。前世で世間に揉まれ、忍として鍛えられた私はフール寄りの考え方を普通にする。
イリアの様に世界が素晴らしく輝いて見える様に生まれるのは来世の課題。自称至高神の恩寵で次があればの話だが。輝いて見えなければ、あんなに楽しげに笑えないと思う。
「アンゼ殿は異端司祭ですが、怪しい人物ではありません。修道院が再建されたら、恐らく次の院長になるでしょう」
その後、アンゼを起こした私達[蚕蛾]は修道院の封印作業の為、数日を過ごした。オーガを倒したとはいえ、アンゼ1人では修道院では過ごせないし、ロイターの聖王派教団に報告が必要だからだ。
また死んだ修道女達の遺体をなるべく集めてまわり、祈祷して仮埋葬をした。灰になったであろう物置小屋の2人以外に、どうしても1人見当たらなかったが、恐らくは不死者化してオーガに滅ぼされたか、雪中を彷徨い離れてしまったと仮定した。吊橋が無いから村には近づけたりはしない。
ナネタ村との契約については、契約は存在しないとの方向で決まったが、修道院院長の書類を私とアンゼで偽造して整え、院長の宝箱から各人に金貨10枚づつ配布した。(イリアにはアンゼから個人的の御礼と偽った)
アンゼは越冬契約は無いがナネタ村で春まで過ごす事になるだろう。そして我々はロイターに帰る。村に残ればタダで便利に使われてしまうからだ。
「楓さんは仲間を信用しなさすぎです。後、1日待てたなら[うにうに]が楽にオーガを倒してくれましたよ」
「あのフール様。[うにうに]とは何でしょうか?」
「イリア命名の水精の名前です。どうやら気に入ってる様ですね」
そう言うとフールは笑った。フールが冗談を言い、昨夜に続き笑うのを私は不思議に感じていた。
アンゼが祐筆として文を書く。
楓が院長の偽造サインをする。
こうして修道院から怪しまれない程度に横領しました。
〘二人共、正義と保守が教えの私の信徒なのですが……死にかけましたし大目に見ますか……良い子は真似てはなりませんよ〙
私の黒歴史がまた1ページ。




