乾杯
「イリア。この世界でも成人は15歳。イリアは14になったばかりですよね?」
「楓さんも18じゃないですか!」
「エルフの里で学んだ話では、転生者曰く『WHOは飲酒に適量はなく、僅かでもリスクが増大する』そうですよ」
お酒は20になってから。
[蚕蛾]がロイターの街に戻り数日。冒険者の店の片隅で我々三人は小さな祝宴を開いていた。フールも私も目立たず二階の部屋で済ませたかったが、店の雇われ店長の意向が働いた結果だ。
どうやら成功してそれなりの大金を得た冒険者は冒険者の店とギルドの宣伝に使われる暗黙の決まりらしい。冒険者には悲惨な末路ではなく、成功と大金が待っていると誤解させるためだ。
「予想はしてましたが、フールのせいで私の穏やかな人生設計が狂いました。でもこのワインは美味しいです」
「判りますかイリア。エルフの里を出てから、身に着けた唯一の悪癖が飲酒ですが……やはりワイン等は魔族の古酒が秀逸です」
「これって、いくらぐらいなんですか?」
「一本で金貨2枚。店長のお薦めですよ」
わざと聞こえる様に話しているとはいえ、店内に溜息が広がった。未成年のイリアと本来飲酒の習慣が無いエルフのフールが魔族産のワインを楽しんでいる。
私は酒は酔えれば良いクチなので、味の違いはあまり気にしないが金貨2枚と聞くと美味しく感じる。何故か前世でワインが安物か高級品かをあてる動画があったのを思い出した。忍として必要になるとは思えないが味は記憶しておく事にしよう。
ここ数日は忙しかった。至高神聖王国派教団にアンゼの書面を届け、修道院の実情を報告したし、大地母神殿から無事に報酬をもらう為、やはり報告書を書いた。
識字率が低い、この世界では冒険者の店にいくらか払えば代筆してくれるが、フールは私に自筆で報告書を書けと言う。文字が書けるだけで、冒険者としての内部ランクが変わるからと。
報告書に拾ったルビーブローチを添えると、至高神聖王国派からも悪くない報告慰労金が出た。
これで失った十字手裏剣や火薬玉等の装備の補充の他に事実上横領していた[正剣聖流]の資金も補填返却出来る。この世界で晴れて正式に自由を得た訳だ。無論、フールとの護衛契約は残っているが。
「薬師資格の取得はフールのおかげですよ。でも退魔師資格は取るつもりなかったんです」
「亡霊騎士を退けられる神官を薬師にしておくのは、人類の損失は思いませんか?楓」
突然話を振られ、私は慌てて頷く。イリアの聖印には薄い緑の他に真新しい紫と銀の紐が通されている。それぞれ薬師と退魔師の証。今回の報告書を受けて昨日授与されたそうだがイリアは不服らしい。
「成人までに薬師資格を取って、ハルピアの大神殿あたりで穏やかに暮らす予定だったんです。退魔師になると諸国を巡るか、要請を受けて派遣される用意としてロイターで訓練生活です」
「成人したら神官に昇格も決まりましたし、退魔師は悪くない待遇だと神官殿は話してましたが?」
「普通、不死者退治には冒険者を雇うんです。退魔師に派遣要請が来るのは明らかにヤバい奴か手に負えなくなった時なんですよ。」
たしかに冒険者の店の定番依頼にはゴブリン退治と並んでゾンビ討伐がある。だがゾンビ討伐に[通常武器無効]のワイトが出たなどすると[おのぼり冒険者]では手に負えなくなるだろう。
「学んだ退魔師の手記には冒険者と一緒に村一つ分のワイトを滅ぼした話とか普通にあるんです。後、ヴァンパイアになった同僚と泣きながら戦った話とか」
イリアは困り顔で訴えていたが、フールは酒のツマミの話として聞いている。私はフールとの打ち合わせ通りに話を切り出すタイミングを計っていた。
「イリア殿」
「イリアで良いです。私も楓って呼びます」
「ではイリア。退魔師として諸国を巡るなら、私達と旅をしませんか?春になったらロイターを離れますので」
イリアはワインの入ったグラスをテーブルに置き、私とフールを見た。そして朗らかに笑う。見るからに嬉しそうだ。
「いいんですか?フールはエルフの森に戻るんですよね?」
「えぇ。報告に戻らねばなりません。が、良い報告ではないので、すんなり帰還は認められないでしょう。しばらく外の世界を彷徨う事になりそうです」
私は主従二人だけよりはイリアが同行するのは悪くない話だと考えていた。私の契約は金銭こそ発生するが、契約経緯により対等ではなく、フールが「エルフの森に戻るまで従う」ものだ。だがイリアが緩衝材になるならば、旅はしやすくなるだろう。
「楓も良いですか?後、[フニフニ]も」
私は改めて頷く。そして何故か中空から水滴の落ちる音が聞こえた気がした。後、ひと月もすれば春が来る。イリアの発声で改めて乾杯をした。
イリアもフールも微笑んでいる。ワインの良い香りが漂っていた。
[転生忍の冬]は、これで終幕です。
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友人評は「イリアの師匠の退魔戦記とかの方がウケそうだな」でした(泣)
私の黒歴史がまた1ページ。




