八月十六日 三津視点
いつも通りの時間に起きる。花壇に水を遣るため他の人よりも早めで、誰もいないことが多い。。今日は雨が降っているから早く起きる必要などないけれど。
誰もいないだろうと調理室にいると、珍しく羽良くんが降りてきた。亜音や愛音くんと会いたくない羽良くんは、手早く朝食を済ませると、すぐに自室へと戻って行った。
次が祐樹なのはいつも通りだ。朝に勉強する習慣のあるという祐樹は、同じ時間に起きてくる。
ゆったりとした朝食を終えた頃、亜音が降りてきた。白いブラウスに桃色のスカート、花の髪飾り。今日も女の子らしい格好をしている。そうしないと、愛音くんと勘違いする人がいるから。羽良くんとか。
「おはようございます!」
無駄に元気だ。昨日のことを分かっているのなら、そんな元気を出すことは難しいだろうに。無理をしているのか。きっと、元気でみんなから愛される可愛らしい女の子、というキャラクターを維持したいからだろう。
そんなことには気付かない、空元気に気付いても友人との喧嘩を気にしているとしか捉えない祐樹は、愛音くんに対するのと同じ返答をする。
「おはよう、坂下。」
「おはよう、亜音。そんなに着飾っても意味ないんじゃない?中身は同じなんだから。」
祐樹の反応によって傷つくだろう亜音のため、俺はわざと愛音くんにはしないような厭味ったらしい言い方をする。着飾る、とは言ったもの、それほど派手な格好をしているわけではない。心のほうはどうかしらないけれど。
「女の子は少しでもきれいになりたいと思うものなんですよ。三津先輩は乙女心が分かってないですね。」
「ああ、分からないね。自分を騙して嘘を吐く人の心なんて。いい加減、羽良くんに嘘吐くのやめたら?何が楽しいのか分からないけど。」
亜音が服装を気にするのは愛される女の子でありたいから、愛音くんとは違うと認識してほしいから。誰かに愛してほしいから、好きだという言葉だけを欲しているから羽良くんに好きなんて嘘を吐いているだけなんだ。そんなことをしたって寂しさは埋められない、俺は愛音くんとは違う人間として大切に想っていると素直に伝わればどんなに良いか。
「三津、言葉が過ぎるんじゃないか。」
坂下という人間を見る祐樹には、亜音の現状など認識できない。だから、俺の表面上は棘のある言葉をそのまま受け取って、「坂下愛音」のため、制止をする。
天気の悪い今日は、池まで花壇の様子を見に行くことはせず、部屋で大人しくしていた。すると、誰かが訪ねてきた。
「三津先輩、今いいですか。」
「どうしたの。」
十中八九、亜音関連の話だろう。答えなんて分かりきっている話だ。
「少し相談したいことがあって。」
「まあ入ってよ。廊下でできる話でもないんでしょ。」
羽良くんを部屋へと招き入れ、話を聞く。少しだけなら亜音から聞いているが、ただ単に仲が良いと表現できるような間柄ではないため、詳しくは知らない。
「特別なことがあったわけじゃないんですけど、また亜音と喧嘩してしまって。」
「ああ、亜音の無茶ぶりね。」
空虚な言葉に気付いた亜音が、信じるために羽良くんに求めた行動。二人を混同する羽良くんがその願いを聞き届けることなんてないと分かるだろうに。それに気付かないふりをする必死な亜音に対して、ただの喧嘩で珍しいことではないと評する羽良くん。これでは亜音が可哀そうだ。
「無茶ぶり、ですか。そうですね。優しく恋人らしくしてって言うのに、優しくすると愛音と重ねて見ているからじゃないかって疑ってくるんですから。」
「どっちなんだって話だね。」
羽良くんが二人を混同していると気付く前はそんなことをしていなかった。気付いてしまったからこそ、余計に行動を求めて、その上で苦しくなるのだろう。
「キスしてとも言ってくるし。」
「してあげないんだ?」
困ったように言う羽良くんに、俺は揶揄うように笑って返す。できるはずなんてないと知っているから。
「できませんよ、そんなこと。愛音と同じ体なのに。もうどうしたらいいんですか。」
「どうにもできないんじゃない?羽良くんが二人を別人扱いできたらいいけど、それはできないんでしょ?だったらもうどうにもならないね。」
「だって、たまに表情とか仕草がまったく同じなんです。言うこととかも。だから今日はどっちの「あのん」なのか分からなくなってしまって…。俺の態度が悪かったって謝ってそれで済むんだったらいいんですけど。でも、それって解決にはなっていませんよね。時々分からなくなることには変わらないから。」
謝る必要も、羽良くんがどうにかする必要もない。二人を分けられないのなら。俺がなんとかしてあげるから。きっとそれが一番良い。亜音の世界から困惑される人間なんた消えてしまえば良い。
「亜音は不満のまま、と。羽良くんはどうしたいの。亜音は面倒?仲直りしたい?」
「そりゃあ…仲直りしたいですよ。亜音ちゃんとのことを愛音は覚えていないけど、同じ人間のうち片方とは仲良く友人やってるのに、片方とは気まずい距離を保ったままなんて嫌ですから。」
そうやって、同じ人間、と捉えられるのが嫌だと言っているのに、羽良くんは分かってあげていない。
「へえ、それだけ?」
「いや、えっと。亜音ちゃんのこと好きだし…」
「ふーん。」
照れたように言ってくれるけれど、そういうことを聞きたいわけではない。二人を混同して、現状亜音の苦痛の原因となっている人が何を言っているのだろう。
「でも、今は会いづらいなって。」
「それ、仲直りしたいって言うの?」
「え?」
仲直りするためには会う必要がある。会いたくないのに仲直りしたいなど、矛盾している。羽良くんにはそれが理解できていないようである。
「会いたくないんでしょ。気まずい距離が嫌なんでしょ。それだったら別に、亜音と仲直りする必要はないんじゃない?もっと離れちゃえば良いんだから。」
そうすれば、亜音が苦しむことだって減る。羽良くんも会わずに済む。どちらの望みも叶えられるのだ。
「でも、亜音ちゃんはいつも俺のところに来てくれるし、」
「避ければいいじゃん。簡単でしょ、そんなの。今朝だって避けれてた。いつもより早く起きてきたのは会いたくなかったからじゃないの。」
「それはそうですけど。でも、愛音は寂しいって言うし、橘先輩も協力してくれてるし、」
亜音は行かざるを得ないと思っているだけで、会いたいからではない。羽良くんが現状を何とかしなければと思っているのも、亜音のためではない。それが彼女を苦しめる主要因なんだ。
「亜音と愛音くんは違うし、祐樹は二人が仲直りしたがってると思ってるから協力するだけ。無理に二人に話させようとしてるわけじゃない。そこは気にするようなことじゃないよ。」
「でも、」
そんなことを気にして亜音と向き合っても、亜音は悲しむだけだ。それなら避け続けるほうがよっぽう良い。それでも羽良くんには仲直りしなければ、という思いが強いようだ。ただ躊躇している様子を見受けられる。これなら、会わない正統な理由を与えてあげれば、行動を誘導できるだろう。
「別に急いで今日話すこともないんじゃない?時間はたっぷりあるんだから。」
「そう、ですね。」
そんな時間、俺が奪ってあげる。それまでの間、亜音と羽良くんの接触を出来得る限り減らせればそれで良い。
「自分が話せそうだ、ってなってからで良い。無理して話そうとしても、ね。」
「そうします。何を言ってしまうか分かりませんもんね。」
「そうそう。」
勝った。これで羽良くんから亜音に会いに行こうとはしないだろう。
「ありがとうございます。少し気持ちが軽くなりました。」
「どういたしまして。」
羽良くんが去っていき、一息吐いていると、今度は亜音が訪ねて来た。
「三津先輩、いますか。」
「いるけど何?」
あまり優しく迎え入れると、愛音くんと混同されていると勘違いしてしまうから。わざと鋭い言い方をしてあげないといけない。
「相談したくって。」
「ふーん。とりあえず座ったら?話したいことがあるんなら、さっさとね。羽良くんのことでしょ。」
まだ好きなふりを続けるつもりなのか。詳しく話を聞いてあげたいが、亜音を見ていると伝えるためにはあんまり親身になって聞く姿勢は見せられない。
「はい、どうやったら仲直りできるかなって。」
「仲直りなんてする必要ないでしょ。」
したとしても、それは偽りの上に成り立つものだ。そんなものに意味などないだろう。
「でも、私は誰かに好きって言ってもらわないといけないんです。」
「嘘を吐いてまで?」
羽良くんが好きという。誰かに望んでもらうのが、亜音の誕生理由だからか。
「嘘なんて吐いてません。」
「それが嘘でしょ。本当は羽良くんなんて好きじゃないのに。」
「でも、羽良は私のことを好きって言ってくれます。」
言ってくれれば誰でもいいのなら、羽良くんとわざわざ仲直りする必要などない。亜音だって信じていないから、俺と話してからでなければ羽良くんとの話し合いに行けないのだろう。
「じゃあなんで仲直りも二人じゃできないの。」
「そ、れは。羽良が私を見てくれないから…。私は私をちゃんと見てほしいのに。」
言っていて自信を失っていく亜音。徐々に声が小さくなり、顔も俯き加減になっている。
「その見てほしい「私」って誰?」
「私は…私、です。」
自分でも分かっていないのだろう。ただ知っている言葉をなぞっただけで。
「そんな簡単な答えを出すのに、なんでそんなに時間がかかるの。」
「だって、羽良も橘先輩も、私を私として扱ってくれないから、自分は愛音の影なんじゃないかって…」
誰かに規定してもらわないと、自分が分からないのだろう。そして、その役割を俺に求めている。真っ直ぐに言っても信じない癖に。だからいつも捻くれた言い方をしてあげないといけない。
「亜音がなんで愛音くんみたいな無邪気な子の影になれると思ったの。」
「それは、私が坂下愛音から生まれた人格だから。」
悩みながらも答えを絞り出す亜音。二人が違う人間であると認識させることが今の亜音に必要なことだ。けれど、亜音を褒めるかたちでは納得しない。
「生まれた人格ということは、同じではないということでしょ。」
「でも、羽良は私をきちんと見てくれない時がある。」
「見ていないのに言う「好き」って何なんだろうね。それは本当に好きでいてくれるの?」
その言葉に何の意味もないだろうし、その音を欲しているだけの亜音にこんなことを言う意味もない。本当に好きかどうかなんて関係ないのだから。
「そ、れは…。でも、私は誰かに愛されていないとダメなんです。それが私の存在理由だから。」
「見てくれていない人でも?」
誕生理由ではあっても存在理由ではないと主張したいけれど、亜音は聞き入れてくれない。代わりに、現状を打破するための糸口を探して、話を引き延ばす。
「できれば、ちゃんと私を見てくれる人に愛してほしい。でも、それが叶わないなら、言葉だけでも仕方ないんです。」
「だったら、俺が愛してあげようか。」
冗談めかしてしか言えない俺を許して。亜音を見ていないと思われるのが怖いから。それでも、叶えたいと亜音が思ってくれるのなら、俺は伝えたいと思うから。
「なんてね。優しくされたら愛音くんと重ねられているんじゃないかって、いつも疑ってたでしょ。そんな亜音の、誰かに愛されたいっていう願いと、自分を見てほしいっていう願いは両立するものなのか、甚だ疑問だね。」
「両立する、はずなんです。そのために私は生まれてきたから。」
もう存在しない「坂下愛音」という人間の願いなんて気にしなくて良いのに。亜音と愛音くんが生まれた時点で、以前の彼はもう存在しないのだから。
「はず、ねえ。そんな曖昧なもののために振り回される羽良くんもいい迷惑だよね。いっそのこと、関わらないでいてあげたほうが亜音のことを好きでいてくれるかもよ?」
もともと、言葉がほしいだけの亜音にとって、羽良くんの存在自体は取るに足らないものなのかもしれない。好きと言ってくれるから好き、ということは言葉をもらうためだけに彼に好きと言っているのだろうから。それを信じている羽良くんを騙しているに等しい状態だ。それを知っていて放置している俺も同罪か。言葉だけでも安定する亜音には、そこに罪悪感など抱いたりなどしていないようだ。
「そんなことない!いつも謝ったらちゃんと好きって言ってくれるもん!」
言い捨てて亜音は部屋を出ていく。
俺は亜音という人間を見ている。「自分を見てくれる人に愛してほしい」。亜音を混乱させる羽良くんがいなくなれば、俺の気持ちも信じてもらえるだろうか。
亜音を助けるためだ。羽良くんを亡き者とし、そのための自分のアリバイを確保したい。その協力を祐樹に要請する。もう存在しない「坂下愛音」を見る祐樹をどう説得するかだけが問題だ。そこさえ乗り越えれば、明日は台風が来ることも加えて、俺が殺したと発覚することはないだろう。ただ、昨日の調子で話しても協力は得られない。軽く愚痴るような調子で話せば、肯定が返ってくるか。
「祐樹ー、ちょっと聞いてよ、さっき羽良くんの話聞いてたんだけど、彼、会いたくないんだって、亜音に。」
「へえ、そうか。」
いきなり部屋に来て勝手に話し始めた俺に、祐樹は少し戸惑ったものの、すぐに話を聞く態勢に入ってくれた。ついでに、祐樹にも亜音のことを伝えておく。すぐに意識しなくなるだろうけれど。
「亜音は口で言うほど羽良くんに執着してないし。」
「意外だな。」
彼女を真っ直ぐに見ていない人間から見れば、そうなるのだろう。上辺は求めているから。
「祐樹も、亜音が無理してる姿は見たくないでしょ?羽良くんもさあ、亜音のことが本当に好きだって言うんなら、もっと亜音のことを考えてあげれば良いのに。」
「何かあったのか?」
本題に入っていないことを読み取ったのか、問いかけてくる。そうしてくれたほうが、求める結論に導きやすくて助かる。
「さっき羽良くんから相談されてたの。祐樹が仲直りに協力してくれているから仲直りしなきゃいけない、って。」
「無理に会わせるつもりはないんだけどな。それに俺には天川も早くいつも通りに話せるようになりたがっているように見える。」
随分お気楽な見方だ。羽良くんは亜音のことを想って言っているわけではないのに。
「そう?気まずくって、会いづらくって、避ける。関係ない愛音くんまで巻き込んで、ね。今まで通りなら、亜音が妥協して問題の先送りをするだけだと思うけど。昨日も言ったけどさ、羽良くんがいなかったらこんな面倒なことにならないんだよね。」
さあ、祐樹は乗ってくるかな。ここからだ。羽良くんがいなくなることのメリットをどれだけ伝えられるかが勝負だ。
「亜音は自分を見てもらえないって言わないし、愛音くんは何が起きているのか分からないとはならないし。」
「そうだな。」
亜音のことは祐樹には理解できないかもしれないが、愛音くんのことなら分かるだろう。今のところの不安は、返事が適当なことくらいか。昨日反対した内容なら、食いつくか?
「羽良くんがいなかったら良かったんだよ。」
「そうだな。」
「…いなくなったらいいんだよ。」
「そうだな。」
声を低くして言っても、同じような声しか返ってこなかった。午前中に何かあったのだろうか。具体的な提案をしてみる価値がありそうだ。
「明日くらいには台風が来るそうだから、事故が起きても仕方ないよね。」
「足元には気を付けないといけないな。」
事故に見せかけて殺すことができる、という含みを持たせても、ただの世間話と同じようにしか返してもらえない。
「背後にもね。」
「そうだな。」
「外だったらなおさら、視界が悪いから危ないね。」
「そんな天気の日に誰が外に出るんだろうな。」
後ろから近づいても気付かれにくい。そんな思いを込めて言っても、溜息交じりの答えが返ってくるだけだ。
「ピークは明後日から明々後日でしょ。明日なら、花壇の様子を見に行ってもおかしくないんじゃない?」
「お前は行くのか。」
「行く行く。羽良くんにも作業を手伝ってとか何とか言えば良い。んで、池にバッシャーンってね。」
「そうか。」
真面目に聞いているのかは分からないが、ひとまずの同意は得られたようなので、具体的な話へ進める。机に置かれたままになっていたルーズリーフとシャーペンを借り、「羽良くん殺害計画」と書く。祐樹はそれを呆れたように見てくるが、それを無視して話を続ける。
「怒られても知らないぞ。」
「まず、俺が羽良くんを東の池の周辺にある花壇まで誘う。で、池に沈める。祐樹はその間、俺と一緒にいたって言うだけ。簡単でしょ?」
紙に書くほどのことでもなかった。
「分かったよ。」
「実行は明日か明後日かな。」
祐樹の協力が得られそうだと分かったところで、扉が叩かれた。
祐樹が扉へ向かっていく。
「橘、悪い、三津はいるか?花壇の台風対策を、」
珍しいことに古川先生が来たようだ。不自然に言葉を途切れさせた古川先生は、足元を見ている。その視線の先を追うと、一枚の紙が落ちている。それはさきほど、俺が書き込んでいたものだ。
「なんだこれ、「羽良くん殺害計画」?お前らな、」
「三津の愚痴を聞いていただけですよ。」
自然な様子で返す祐樹。古川先生もまさか本気だとは思わないだろう。
「ま、ほどほどにしておけよ。それより三津、花壇はいいのか。」
「これから行きます。」
今のところは疑われなくとも、羽良くんが実際に死んでしまえばそれも変わるだろう。どうにかする必要がある。
学生寮の東に歩いてすぐ近くに、池がある。その周囲には花壇がめぐらされており、西から南、と順に防風ネットを張っていく。
残すは北側だけになった頃、古川先生にも疲れが見え始めた。
「ピークは明後日から明々後日にかけてだ。残りは明日にしてもいいだろう。」
「そうしましょう。」
今、俺が古川先生といると知っているのは祐樹だけだ。もしかしたら時任先生も知っているかもしれないけれど、戻ってくる時間など把握していないだろう。花壇の世話が終われば、もともと古川先生とは一緒に寮に戻らないから、俺が一人で帰っても何も怪しいことはない。羽良くん殺害を疑われないよう古川先生をどうにかするには、今がチャンスだ。
俺と古川先生は残った支柱とネットを持って歩いている。俺は池から遠い側を歩くように気を付ける。
池の柵が壊れている箇所に差し掛かった時、古川先生を池へと突き落す。そして動かなくなるまで水に沈めた。死体は浮いてくる。だから見つからないよう、花壇に使われていた煉瓦と古川先生をネットで結び付け、なるべく池の中心に置いておく。
あとは、何事もなかったかのように寮へと帰るだけだ。今日は雨が降っているから、池に入ったことで全身がずぶ濡れになっていても、怪しまれることはない。花壇で作業をしていたのだから、土がついていてもおかしいことはない。
古川先生殺害に関しては露呈することがなかった。しかし、羽良くんについてはまだ解決のために行動できていない。明日、実行する予定を決めただけだ。
夜、何か言いたそうな様子の亜音が訪ねて来た。
「三津先輩、」
「なに?羽良くんと仲直りできなかったの?」
「いえ、そうじゃないんですけど…。伝えたいことがあって。」
「ふーん?」
追い詰められているような雰囲気が薄く、どことなく気合が入っているような気がする。そして、相談したいことではなく、伝えたいこと。何か進展があったのだろうか。
部屋の中へ誘うと、話の続きを促す。
「私は、「坂下愛音」という人間の愛してほしい、見てほしいという願いから生まれたと思っているんです。だから、それが叶うように行動してきたんです。」
「そうだね。嘘を吐いてまで。」
俺はそれに賛同しないが、今話したいことはそれではないのだろう。昼間にも言ったようなことを、再び言う必要はない。
「どちらも同時に叶えてくれる人がいれば、一番良いんです。羽良が見てくれるか、」
俯いていた彼女がまっすぐにこちらを見てくる。大きく息を吸い、けれど小さな声で続ける。
「…三津先輩が、好きって言ってくれるか。私は気付いているんです。どうして、いつも三津先輩が私に冷たい言い方をしているのか。確かに以前の私は、優しくされたら愛音と混同されていると疑っていました。今でも羽良は混同していると思います。」
そこを認められるようになったのなら、信じてもらえるだろうか。そう、期待しても良いだろうか。
「けど、三津先輩だけは、私を見てくれているって分かっているんです。今ならもう、信じられるんです。」
「そっかあ。じゃあ、わざわざそんな振りをしなくても良いわけだ。」
満面の笑みを浮かべてくれる亜音。期待したように見上げてくる。
「…好きだよ、亜音。」
「私も好きです。」
これで、亜音が羽良くんと自分に嘘を吐く必要はなくなった。彼女が少しは救われてくれると思いたい。




