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その9
〈大和田屋〉には店内でお食事できるいわゆるイートインスペースがあるので、ぼくたちはそこにすわっておのおのが購入したものを食べることにしたのだが、ぼくが買った食べ物も高林夫妻の食べ物も、長さが三十センチくらいのやたらに細長いコッペパンみたいなやつ一個で、しかもぼくはお一人様でパン一個だったけれども高林夫妻はふたりでその細長パンひとつだったので、テーブルの上は小学生感がはなはだしいことになっていた。
そのようにはなはだしかったからだろう、電子レンジでなにかを温めようとしているお客やカップラーメンにお湯を入れようとしているリピーターらは案の定ジロジロこちらを見ていた。ぼくはそれに対し、初めは軽く会釈して対応していたのだけれど、飲み物を買っていた素朴な勤め人やお菓子類を買っていた素朴な女性やアメリカンドッグを鬼のように買い占めていた素朴なヤンキーまでもが、こちらに視線を向けていたので、いよいよぼくも対応の甘さを痛感したのであった。
そんなわけだったので、こののちは声には出さないで、お口の動きだけで、
「ご心配をおかけしております」
という対応も付け加えつつ、細長コッペの袋を開けて、ちょこっとだけ顔を出し、その出ている部分を反省している表情をつくりつつかじり、かじっちまったら、また少し顔を出して、それを猛省しつつかじっていった。
しかし連中はぼくらが消去法的に購入したこちらの一品に着目しているのではなく、高林夫妻の振る舞いにじつは着目していたのであった。ちなみにこのことは、細長いコッペパンの三合め付近までかじかじしちまったときに、ふと気がついたのである。
高林夫妻はイートイン用の白い椅子から立ち上がって、なにやら祈りのような文句を、
「おお! 今日も、わたしたちにパンをあたえてくださり、本当にありがとうございます。おお! このパン。このパンはなんと、長くて、お得感が有るのでしょう!
おお! このパン。このコッペパン、すべてに、クリームが、まんべんなく、ぬられていることに感謝しまぁす。おお!」
という感じでつぶやいていた。
高林夫妻はけっこう長い時間、先のようなことをつぶやいたのちにようやく夫婦共同でぼくが食べているのとおなじ細長いパンを、ひとかじりずつ交代で食べだしたのだが、
「はい、どうぞママ。おいしいよ」
「うん、おいしいねパパ。はい、どうぞ」
などと言いながら、ポロポロと涙のほうもこぼしていたので、目の前で普通に食べているぼくとしてはきまりが悪いというか、目の前でお口の中に細長パンをキープさせておきながら牛乳をもぐもぐの中盤に注入しているぼくとしては、まことにきまりが悪いというか……それで高林夫妻のように本物の涙をながすことはできなかったけれども普通にしているのもつらいものがあったので、ぼくはハンカチで目頭をてきとうにおさえながら、
「感謝しまぁす」
と、パン、牛乳、「感謝しまぁす」というような順でいわば〝三角食べ〟のリズムで発言を入れて、その場をどうにか取り繕ったのである。
「あっ、素朴な女性さん、ご心配おかけしております。かじかじさせていただいております。感謝しまぁす」




