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その10
高林夫妻はパンを食べおえると、
「午後は使命があるのです」
うんぬんと去っていったので、ぼくはとりあえずまた図書館にもどることにした。
××市立図書館の本館には相撲部屋の親方が座布団を敷いてすわっているような、そば屋の座敷のような、そんな畳のスペースがあり、そのスペースの中央はなぜか掘炬燵のようにちょうど畳一畳ぶん凹んでいて、その凹んだところにも畳が敷いてある。
おそらくそこは靴をぬいで上がっていって掘炬燵のように足を入れてすわるようにつくられたのだろうが、レファレンスの人にそれを確認したわけではないので本当の使用方法はいまだに謎である。
ときどき日曜日なんかだと小四くらいの女の子たちがそこに行儀よく足を入れてクスクス無邪気に笑ったりしていることもあるのだが、たいてい平日はさまざまなおっちゃんがそれぞれその凹みにもぐりこんで、うたた寝を決めまくっているのだった。
おそらく、そのうたた寝自体はある程度黙認されている。しかし、いびきがあまりにもうるさかったり、あるいはいびきは低音(小さな寝息)でも、単独で規定以上長居している場合には、図書館のスタッフが靴をはいたまま、しかし畳は汚さないように〝ひざ歩き〟でおっちゃんたちに接近していって、寝ているおっちゃんを軽くゆすって起こす決まりにはなっているのだ。よって月末の館内整理日には、そのひざ歩きの秘密特訓もじつはしているのである。時給は出ないが賄いは出るのである。特訓および賄いはあくまでも想像なのである。
図書館にもどってみると、やはりひとりのおっちゃんが、凹んだ一畳にもぐりこんで、うたた寝を決めていて、そのおっちゃんは自宅にいるかのように安心しきって、お口をチュパチュパさせていた。
おっちゃんは横向きでひざを抱えてもぐっていたので、曲げたひざの裏あたりに三角のスペースを空けてくれていて、だからぼくは、
「おっちゃんの、スマートに差し出す、他者にたいするそのやさしさ……今後自分も見習いたいッス」
という気持ちでおっちゃんの好意にあまえてそのスペースに足を入れてすわることにしたのだが、このところ敬服しているバルザックの『従妹ベット』をそんな姿勢で読んでいると、おっちゃんは徐々にチュパチュパの規模を拡大していき、しまいには歯ぎしりだとか寝言にまで活動を広げていって……で、当初あった感謝の気持ちもそれによって、
「いくらなんでもチュパチュパしすぎだゼ」
という感じで急激に薄らいでいったのだけれど、そうこうしていると、案の定〝ひざ歩き〟の使者が、どこからか忍び足でちかづいてくることになって、
「ほら、やっぱり来たゼ」
そんなわけで、おうち感覚で油断しまくっているこちらのおっちゃん氏は、いよいよゆすられて起こされることとなった。




