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その11
使者はタカシナさんという(そう名札に記されていた)、地味で、清純で、おとなしそうではあるのだが、それでいて、けっこうしっかりしているというか、カエルなんかに遭遇しても取り乱したりしないで冷静に対処できそうで、まあある程度だから気は強いのかもしれないけれど、しかし、
「ああ、この子は気が強いんだ」
と思っていると、休日なんかにホットココアを飲むときはやっぱり小柄な女の子だから大きめのマグカップを片手だとなんだかんだきびしいので両手で持つことになって、それでココアパウダーは溶けにくいので、かなり熱めのお湯を用いるようにこの子は心掛けているから、よってふーふーは標準より多めにおこなうことになり、もちろんそのときもマグカップはずっと両手で持っているので、一生懸命な感じで、
「ふーふー」
していることになって、で、ときどき、
「おいしい」
などと小さな声でマグカップを見つめながらつぶやいてもいて、でもそんなふうに休日は過ごしていることは過ごしているのだけれども、たとえば急いでいるときなどは階段の手すりにつかまって滑り降りたり部屋中に寝巻きをぶん投げながらお着替えすることもできちゃう――というような感じのかわいい女の子で、そのタカシナさんは正しくひざ歩きを使っておっちゃんに接近していくと、おっちゃんの腕のあたりを少し突っ付く感じでゆすった。
タカシナさんは辛抱強くおっちゃんの腕のあたりを突っ付いたり、
「起きてくださぁい」
とやさしく呼びかけたりして、おっちゃんをどうにか起こそうとしていたが、おっちゃんは顔をピクピクさせたり歯ぎしりをよりヘビーにしたりはするものの、一向に起きる気配はなかった。
それで万策尽きたのだろう、タカシナさんはひざ歩きのバックで床のほうに撤退したのちにそこに立って、両方の手の甲を脇腹のあたりにあてて首をちょっと困ったようにかしげて、とろんとしたお目目でおっちゃんを見ていた。
ぼくはそんなタカシナさんのすがたに思わず見入ってしまったのだけれど、それはどうしてかというと、つまりなんていうか、ひとりの女の子が生まれ、やがてその女の子は大きくなって、小四くらいになればファミコンなどにも一時興味をもち、それを通りすぎれば、いつのまにか大人びた少女になって、十七歳の夏には透明感のある白い肌と艶のある黒い髪と青い空と白い雲が奇蹟的にそろって一瞬だけまぶしいほど美しくなり、その後それとはまたちがう一種落ちついた美を獲得するものの、ある日ポンとどこかのつまらない男と結婚してしまって、すぐに子どもも生まれ(第一子は娘)、その子どももすぐに大きくなって、いっしょにおつかいに行くようになる。
それで庶民的なスーパーに買い出しに行くのだが、ママにぴったりくっついてお利口にしている娘に定期的に笑顔を向けてはいるけれども一方では主婦の眼で肉や野菜やボンカレーなどをしっかりチェックしていて、それで彼女は光にかざすと産毛みたいに毛がうぶうぶしているセーターを着ているのであるが、あたかもそれを着ているから長時間でも平気なの、という感じでVの字に曲げた腕の肘の谷間のところにお買い物かごを引っ掛けていて、で、おつとめ品を求めてさまよっているぼくはそのお姿――プラスチック製の買い物かごとそれを引っ掛けている腕のシルエットと肉や野菜やお惣菜を見つめている視線とその目元にあるなんとなく弱々しい小皺に偶然遭遇して例によって見とれてしまうことになるのだけれど、そんなときにこちらが思わずいだいてしまう、なんともいえないある種感傷的な気持ちと同じようなものを、首をかしげたそのタカシナさんに感じたからなのではないかと思う。




