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その44
夜の十時を過ぎ、玲子の身仕度もすっかり整えられたころには、もうほとんどの親族がそろっていることになっていた。
お母さんのほうの親族は、実の妹さんとその旦那さんくらいのもので、それほど多くはなかったが、お父さん方の親族は、お父さんの弟二人、妹三人、それからご学友六人、プラスそのそれぞれのご親族、というけっこうな人数になっていた。そしてこのときはじめて知ったのだが、お父さんの弟二人は、なんでも二人ともお父さんとおなじように店を経営しているらしく、お父さんのすぐ下の次男氏は××市のE地区で日本そば屋さんを、その下の三男氏はこのマンションの二階でおでん屋さんを、それぞれ営んでいるということだった。
「今度、わたしのほうの店にも来てくださいよ」
××市のE地区でそば屋さんをやっている次男氏はぼくにそう声をかけてくれた。
披露宴といっても、じっさいは、ちょっとした顔見せ程度のものだったので、ぼくが軽く自己紹介をしたあとは、すぐ食事会のような感じに移り変わっていくことになっていったのだけれど、ぼくたちのために大勢あつまってくれたがために部屋の中は満員電車のような趣になっていたから、お父さん特製のひとくちチャーシューのおつまみが大皿ではこばれてきたときも、おのおのあたまの上に大皿をのせながら皿をみんなに回さなくてはならなかった。
ぼくに大皿がまわってきたとき、チャーシューは一枚しか残っていなかったので、それをペロリと食べたのちは、大皿を台所へ片付けなければならなかったのだけれど、ちょうどイトーキの学習デスクの上に避難していた男の子が、
「ペーピーにあとで片付けてもらうよ」
と言って大皿をあずかってくれたので、おかげさまで面倒な思いをすることにはならなかった。
そんなあたたかみのある交流でちょっと気がゆるんだのだろうか、ぼくはお父さんのご学友の奥さんの妹の旦那の従兄弟が会の序盤からさかんにふっかけてきていた議論のようなものに、つい付き合ってしまった。
「消費者のニーズにはこたえなくてはならないですよね!」
と玲子のお父さんのご学友の奥さんの妹の旦那の従兄弟の松野さんは言った。
「ですよね……」
「そうですよね。そうなんです……もちろん、そのとおりなんです。だけどね、そのへんのことを、佐々木はわかっていないんですよ」
「ああ……」
「あいつは、ちょっと、だから、今度、とばしてやろうと思ってる。キープしておきたい人材じゃないもん。ほら、俺のチームのスタッフは、優秀な人材でかためておきたいから」
玲子のお父さんのご学友の奥さんの妹の旦那の従兄弟の松野さんがなにを言っているのかぼくはまったく理解できなかったので、とりあえず当てずっぽうに、
「それじゃあ、後釜に、あの子……、なんて言ったかなぁ……、あの今井さんところの、すらーっとしたかれ。かれなんかは?」
というふうにきいてみたのだけれど、松野さんは、
「ああ、かれ。かれは、んー、そうねぇ、適性はたしょうあるかもしれない。だけどね、まだニーズにこたえるのは無理だろうね」
という感じで、それから、
「俺は仕事ができる子は、どんどんめんどう見るけど、そうじゃない子は、話したくもないんだよ」
と腕を組んでいるのだった。
「俺にもさぁ、ある上司から任されたプロジェクトを、上手くできなかったことがあったんですよ」
「ええ」
「それでさぁ、そのお世話になった上司に『今回のプロジェクトはできそうにありません』って、あたまを下げて言ったらね、上司に『君はこんなこともできないのかね』って言われて……それでくやしくてねぇ、ぜったい見返してやろうと思ってさ、イチからスキルを学んだよ。ニーズにこたえるためのね。そうしたら、スタッフが少しずつ俺についてくるようになったんだ」
「スタッフは大勢いるのですか?」
「けっこういるよ。だけど、ニーズにこたえることができるのは、ほんのひと握りのスタッフだけだね」
その後松野さんは部長の息子の問題だとか課長はそろそろ早期退職して田舎に小さな家を建てて午前中は釣りをして午後はあぜ道にすわって風景画を描いたほうがいいだとか、正田君は早く離婚して涼子ちゃんとけじめをつけたほうがいいなどとしゃべっていた。
玲子のお父さんのご学友の奥さんの妹の旦那の従兄弟の松野さんとは初対面だったので、なんともいいきれないけれど、おそらくかれは、職場に入ってまわりの人に「おはようございます」と声をかけられると同時に観葉植物の位置を、
「ねえ、ホントにここでOKだと思っているの? この位置だと、お客様にご迷惑をおかけして、ニーズにこたえることができないんじゃない? 正木君どう? 岸井君どう? 千葉君はどう? うん、そうだね、じゃあ、やりなおし! え? そこでいいと思っているの? そこでニーズにこたえられると思っているんだ? んー、失望だね。じゃあ、少しだけおしえてあげるよ、今回だけね。ここ! ここ! OK? ここ! じゃあヒントはおしえたから。そのシクラメンのほうは考えてみな」
と言うタイプか、あるいは、シクラメンに水をあげるのだけがご専門の人なのかもしれなかった。
議論の最中ぼくはどうしてもさっき見た上村香子の若い時のお姿をもう一度見たくなって、だから、
「ええと、ニーズにこたえるには……」
などと調べ物をするふりをしながら、またぞろ例の雑誌をパラパラめくった。




