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その42
紳士はふ菓子を普通にサクッとかじるのではなく、まるで太めの葉巻を吸うようにチュパチュパやっていた。そしてしばらくそんな食し方でふ菓子を堪能してから、ぼくにぽつりと、
「甘口だな」
と言った。
「そうですね」
「でも、物はわるくない」
「ええ。決してわるくはないですね」
「これはきっと、十二年もののワイルドターキーか、サンガリアの『ラムネくん』と相性がいいだろう」
「そうかもしれません。旦那さんは、ふ菓子をよく楽しまれるのですか?」
「ときどきね。若いときは、けっこう重いのが好きだったけど、いまでは、やっぱりミディアムを楽しむことが多いかな」
カプセルルームの室内はさすがに寝るための部屋だけあって立つことはできなかったけれど、ふつうにすわっているぶんには天井にあたまをぶつけることもなかったので、ぼくは部屋の壁に寄り掛かりながら足をのばしてすわらせてもらっていた。
ルームの中にはビジネスバッグと、それからかなり分厚い書類の束のようなもの以外はとくべつ目立つようなものはなく、だからぼくは紳士の顔を凝視しつづけるのもちょっと密室だしあれなので、そちらをなんとなく見つめるようにしていたのだけれど、そんなふうにしていると、
「まったく……目を通さなくてはならない書類は次から次へと、送られてきますなぁ」
と紳士はまるで弁解でもするかのように言ってきて、だからぼくは、
「ああ、そうですか」
とふ菓子を大旦那然とチュパチュパしつつこたえることになった。
「若いころは出世したい、出世したいと思っていたものですが、いざ出世して上役になってしまうと、それはそれで、たいくつなものです」
分厚い書類の束や、このカプセルルームで仮眠していることや、それから出世や上役などの独特の用語(?)から推測するに、たぶんこの紳士はさっきまであんずちゃんがさかんに言っていた例の〈三途の川〉の上役のひとりなのかもしれなかったが、だとしてもぼくはとくべつ上役たちに用事もないし文句もなかったので、そのあたりのことは紳士に確認はせずにいた。
ふ菓子を食し終えた紳士はつぎにオリジナル・クリスマスケーキにとりかかった。生クリームを敷き詰めた深皿に刺さっていたキャラメル味のうまい棒の先っちょの上っ面を軽くかじったのちにまるでスプーンのように用いて下地の生クリームを味わいだす。
「ときにお若い方。三年前の夏の始めに、おそろしく大きな台風があったのを、おぼえていらっしゃいますか?」
「ええ――それは『キティちゃん台風』のことですよね?」
「そうです。あのとき何か被害にはあわれませんでしたかな?」
「とくべつ大きな被害はうけませんでした」
「そうでしたか。それはよかったですねぇ」
「それがどうかしたのですか?」
「いやね。あのとき、私の妻は例の強風でふっ飛ばされて、電柱に頭をぶつけてしまいましてね……」
ぼくはこのあと紳士がその話を本格的に展開させていくだろうと思ったので、
「きかせてもらいますよぉ」
というような姿勢と表情をあらためてつくって、やさしさ百パーセントで待ちかまえていたのだが、紳士はいくら待っても、ひたすらうつむき加減で沈黙していて、で、いいかげんぼくも偽善的な表情をキープしていられなくなったので、紳士の顔をのぞきこんだり、広いおでこにやさしさ百パーセントの爪コンコンをお見舞いしたり等してみたのだけれど、それでも紳士はいっこうに動く気配をみせなくて、
「うーむ……薄目開けてるけど、軽くいびきもかいてるな」
つまり紳士はお眠りになってしまっていたのだった。
もともとぼくはここに長居する義理も筋合いもなかったので、早々に紳士のカプセルを退却したのちは、またぞろすすむ叔父さんを見つけるために、ほかのカプセルルームにお声をかけさせてもらうことにしたのだけれど、三カプセルほどいわゆるはずれでまた徐々にいじけ気味になっていると、あんずちゃんともう一人、ちょっと斜視にらみ気味のきれいな女の子が、
「おーい!」
とさけびながら走り寄ってきて、で、
「たくみさん、この子、カチューシャちゃん」
ということらしいその斜視にらみ気味のきれいな子が、
「あの、これ。すすむ叔父さん様からの伝言――たくみさんに渡してくれって」
と半分に折ったメモ用紙をぼくに差しだしてきた。




