38
その38
うらぶれた雰囲気の駄菓子屋の売り子さんは、ピンク色のジャージに、赤のエプロンという保育園の見習い先生のような身なりの小柄な女の子で、エプロンに付けられたイチゴのかたちをしたバッジには「あんず」と記されていた。
「あんずさんとおっしゃるんですか?」
イチゴのかたちをしたバッジを凝視して、まちがいないかよく確認したのちにそうきくと、
「はい。でも本名ではないんですよ」
とあんずさんは言った。
「わたし本名は舞香なんですけど、昔男子に『まっ、いーか』などと、よくふざけて言われてたので、あまり好きではないんです。そのことを上役に話しましたら、それならば、この店のおすすめ商品の中から名前をつけてくれと言われて……」
「ふむふむ」
「それで『あんず』という名前にしたんです」
「なるほどね。ちなみに、おすすめ商品というのは?」
「あんず棒。きなこ棒。うまい棒各種。チューチューアイス。ふ菓子。謎のインスタントおしるこ。メロンソーダ。あんこ玉――」
「ふむふむ――じゃあ、やっぱりその中からだと、『あんず』ちゃんということになるかもしれないね」
「ええ。メロンときなこも、ちょっとは考えたんですけど……」
「いや、でもやっぱりあんずちゃんがいちばんいい選択だったと思うよ。あんずちゃんて、なんか、小柄な子に合うもんね」
「そうですか、ありがとうございます。小柄な女子とか、相当好きそうですね」
「わかりますか?」
「うん。だって、いきなりデレデレだもん」
「マ・シェール」
「わたし身長一四六センチなんです。どうですか?」
「最強です」
店の前にはビンのケースを上手く組み合わせてつくったテーブルと椅子が一組置いてあった。
その椅子の一つに、ぼくはデレデレ感を隠すためにすわってみたのだが、即席ふうのテーブルにはおしながきのようなものが貼りつけられてあったので、ぼくは、
「えっ? ここで食べてもいいんですか?」
とあんずちゃんにきいてみた。
「はい。今年から店内でも食べられるようにしているんです。喫茶店とか、レストランのような感じも取り入れていこう、と上役が考えまして……」
「なるほどねぇ……」
テーブルに貼りつけられたメニューには、
「おしるこ、百円。甘酒、百円。オリジナル・クリスマスケーキ、三百円」
というようなことが記されていた。
それでぼくはしばし思案したあげく、
「じゃあ、この三百円のやつをお願いしようかな」
と義理で「オリジナル・クリスマスケーキ」というのを食べることにしたのだけれど、何分か待ったのちに、
「お待ち遠さま」
とあんずちゃんがもってきてくれたその「オリジナル・クリスマスケーキ」なるものの仕上がりというのは、なんというのか、やはり駄菓子屋さんがつくるものだけあって、素朴な感じというのがケーキ全体にかもしだされていることになっていて、手作りふうの生クリームをたっぷり敷き詰めた深皿には、四本のふ菓子と二本のうまい棒がいちおうローソクのように刺さっているのだった。
「……」
「どうぞ、食べてみてください」
「い、いえ、そんな……なんか、わるいし……」
「お客様でしょ。遠慮しないで食べて」
「は、はい。では、がんばります」
それでしかたがないのでとりあえず深皿の左上にささっていたふ菓子を一本引っこ抜いてそれをサクッとかじってみることにしたのだが、ふ菓子自体はむかしからあるごくふつうのものだったから思っていたほど困難な作業ということにはならなくて、というか、もともとぼくはけっこうふ菓子が好きなので、一本をあっという間に食べてしまった。
で、そのあとちょっと、ひと息ついて、
「もうぼくは責任を果たしましたよね?」
という感じであんずちゃんをチラッと見てみたりもしたのだけれど、あんずちゃんはぼくがあっという間にふ菓子を食べてしまったものだから、逆になんだか完全に自信をもってしまったようで、一本食べたあと姿勢を正しくして解放される瞬間を待っていたぼくに、
「もっと食べて」
とさらにプレッシャーをかけてきたのだった。
「えっ? いいんですか?」
「もちろん」
「やったー」
ぼくはあんずちゃんのエプロンの肩の帯の感じがなんともいえなくいいな、と思っていたので、ついそんなふうに無理してつくろってしまい、右上の二本目のふ菓子に着手してしまった。
「遠慮しちゃダメ。いっぱい食べて」
「えっ……ラ、ラッキー!」
ぼくはあんずちゃんのエプロンの肩の帯の感じが大好きだったので、三本目のふ菓子もついかじってしまった。
「もっともっと、食べて」
「えっ! ちょっと、待ってください。本当に、ホントーに、いいんですか? いいんですか? いいんですね?」
「召し上がれ」
ぼくはあんずちゃんの華奢な肩に掛かっている赤いエプロンの帯の感じがちょっとオーバーオールみたいでかなりキテいたので、けっきょくケーキをぜんぶ食べてしまった。




