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その37
それからしばらくはふたりで××市民テレビの討論番組をときどき笑ったりしつつ見ていたのだが、ふと気がつくと、
「あ、いけない」
すすむ叔父さんと約束している時間を過ぎていることになっていたので、おじいちゃんに事情を話したのちにお暇することにした。
「急がなくちゃ」
いずみちゃんたちが住んでいる屋敷を出たのちは、しばらく全力で自転車を走行させていたのだが、怠け者神社を突っ切ってから二番目の信号でしばし待っているときに、
「そうだ。すすむ叔父さんの携帯にとりあえず連絡しておこう」
と指を鳴らすことになって、だから手作りふうのお弁当屋さんの横っちょにあった公衆電話に酒井ゆきえのテレホンカードを突っ込んで電話をかけてみた。
「もしもーし!」
すでに〈三途の川〉の中にいたら携帯はつながらないかもしれないなぁ、などと心配しながら電話をかけたのだけれど、すすむ叔父さんはこんなふうに元気よく電話に出てくれたので、ぼくはたしょう口ごもりながらもちょっと緊急の用事があって遅れてしまいますが、もうすぐそちらに着きますうんぬんというようなことを言った。
「おお、わかった。ん? おれ、もうこっち来てんだよ。いや、もう入っちゃったよ。それでマッサージも受けちゃってさ、いま、カプセルで少し寝てんだよ。お前、だからこっち着いたらカプセルのほうに来いよ」
「わかりました」
「じゃあな」
「はい。すいません」
すすむ叔父さんが言った〝カプセル〟というのは要するにカプセルホテルみたいな部屋のことで、この健康センターには仮眠用にそういう設備もあるのだが、こちらは別料金なのでぼくはじっさいにカプセルを体感したことは一度もなくて、ちなみに仮眠したい場合は、硬い枕と薄いタオルケットが自由に使える大部屋で間に合わせているのである。
「やっぱり実業家は、仮眠もカプセルとかで取るんだなぁ……」
このあと――じつはまがる道をひとつまちがえたが――どうにか〈三途の川〉に到着し、
「ごゆっくりどうぞ」
と浴衣だとかバスタオルだとかを受付の子から手渡されると、ついぼくはある種のプログラミングと長年つちかってきた技術(?)のような作用のあれで総合浴場にボケボケでおもむいてしまったのだが、遅刻しているわけだから、まっすぐすすむ叔父さんのところに行ったほうがいい、というのを「はっ」と気づいたのは、もうサウナを二セットほどおこなったあとだったので、ぼくは、
「まあ、中途半端に上がってもしょうがないな」
と思って、そのあともしばらくはさまざまなお湯を堪能したのである。
さっきも言ったが、ぼくはカプセルを利用したことはないので、いまいち「カプセルホテル風の仮眠場」がある場所を把握していない。
そんなわけだったので、風呂から上がって浴衣に着替えたのちは、カプセルがある場所をきょろきょろしながらまず探すことになったのだけれど、そもそも〈三途の川〉というところは、風呂関連のほかにも、居酒屋だとか、バーだとか、ダンスホールだとか、宴会ホールだとかがあり、しかも一部では「迷宮城」とも「おばけ屋敷」とも呼ばれているので、ちょっとまがる廊下をまちがえたり、わかりづらい階段を見落としたりすると、なかなか元の場所にすらもどれないのだった。
「あのう、すいません。カプセルがある場所はどのあたりなのでしょうか?」
お膳のようなものを持っていた和服を着ている女子がちょうど通りかかったので、ぼくはこんな感じできいてみた。
「カプセルは地下にあります」
「そうですか。ところで、ここはいったい何階なんですかね?」
「ここは、お花畑の館になっております」
「ふむふむ、そうですか……」
ぼくが困惑していると、和服の女子はピッチ走法でつつつつうーっと行ってしまった。
「あれ、行っちゃった。愛嬌ないなぁ。まあ、いいや。地下っていうんだから、とりあえず、下に降りて行けば、いいだろう……」
このあとしばらく探したのちに、襖でカムフラージュされてある畳敷きの和風エレベーターをようやく見つけたのだが、それに乗っていよいよ地下に降りてみると、そこは、
「ここも違うか……」
うらぶれた雰囲気の駄菓子屋さんということになっていて、その駄菓子屋の売り子さんは、ぼくをみるなり可愛らしい声で、
「モン・シェール」
とかわいく首をかしげてきた。




