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その36
超ハイペースでお肉やお野菜を食べまくっていたために、
「イタタタタ」
と案の定お腹がおかしくなって、ぼくは胃薬をもらうことになったのだけれど、いずみちゃんにだいたいの場所をきいたのちに母屋に上がって、
「ん? 治ってるな」
とけっきょく胃薬は飲まずに、
「よーし、食べるぞぉ」
とお腹をさすりさすり再び庭に出ようとすると、奥の部屋のほうから、
「慎太郎」
と呼ぶ声がきこえてきて、だからぼくは、
「はーい」
と言って、その声のするほうへとりあえず行くこととなった。
「なんでしょうか?」
「いや、あのさ、なんかテレビの調子わるいんだよ」
慎太郎さんとまちがえてぼくを呼んだのは、おそらくいずみちゃんたちのおじいちゃんで、おじいちゃんは茶色のジャージの襟元や袖口からカラフルな下着を垣間見せていた。
「あれ? おたくさんは慎太郎じゃないね」
「はい。ちょっといま、胃薬をもらおうと思いまして……」
「ああ、そうなんだ。慎太郎の友だちかい?」
それでぼくは、おじいちゃんに自分はいずみちゃんと知り合いなんです、というようなことをいちおう説明したのだが、小型の冷蔵庫を物色しつつ相づちだけは打っていたおじいちゃんは、なんでも今さっき起きたばかりなのだそうで、説明し終わったぼくに、
「じゃあ、とりあえずそのへんにすわってていいよ」
と言うと、洗面所に移って顔などを洗い出した。
「ふー。目覚めイマイチだなぁ。ええと、沢倉くんでしたっけ?」
「はい」
「サイダー飲む?」
「サイダーですか?」
「うん。いや、おれさ、だいたいいつも起きたらサイダーなんだよ。ホントはビンのやつのほうが好きなんだけどさ、ビンのって最近送ってこないんだよ」
「取り寄せてるんですか?」
「うん。昔から定期便頼んでるんだ。コップいらないだろ?」
「は、はい……」
おじいちゃんは、ぼくのぶんのサイダーも小型冷蔵庫から出してくれて、
「はいよ」
と手渡してくれた。
「すいません。あっ『まどろみサイダー』なんて初めて見ました」
「まあいわゆる地サイダーってやつだな。飲んだことないか?」
「はい。なんかイギリスかどっかのお酒みたいなやつのサイダーのあれは飲んだことあるんですけど」
「おれさ、起きたらまずテレビ点けてさ、サイダー飲みながらぼーっと見て、それで眠れたらまた眠るんだけどさ、だいたい最近はお昼ごろ一回目が覚めて一時間くらいテレビ見てからまた寝てるんだけど、きょうはこんな感じでテレビの調子がわりぃから、起きちゃったよ」
おじいちゃんが言っている調子がわるいテレビというのは布団だとか茶箪笥だとか長方形の炬燵だとかミニ冷蔵庫だとかと共におじいちゃんの部屋に置いてあるもののことで、スイッチが点いたままになっている小型のテレビはたしかに例のザラザラ画像になっていた。
「ちょっと、みてもらえないかなぁ」
「はい」
それでみるにはみたが、ぼくはとくべつ電化製品にくわしいわけではなかったので、テレビのうしろ側なんかをのぞいても何もわからなかったのだけれど、幼少のころテレビの調子がおかしくなるとよく祖母がやったように、テレビのあたまや横腹をボンボンボンといいかげんにたたいてみると、テレビは一瞬の沈黙のあと、
「あっ、映った!」
鮮明に映像がもどることになった。
「スゲー! スゲーじゃん、沢倉くん」
「映りましたね」
テレビのチャンネルは××市民テレビに固定しているとのことなので、ほかのチャンネルの映り具合は確認しなかった。ちなみにこの時間帯の××市民テレビは、何やら討論番組のようなものを放送していた。
「おう、やっぱりまだやってる。沢倉くん、見ようぜ」
「はあ」
「これさ、昨夜からずうっと討論つづけてるんだよ。知ってる?」
「ちょっと見たことはありますけど、昨夜からって、いったい何時間やってるんですか?」
「えっ、だって、いまはそれがあたりまえじゃん」
「そうなんですか?」
「沢倉くんはあんまり知らないんだな。この番組、たしかに昔は長くても六時間くらいだったけどさ、ここ何年かでどんどん延長するようになって、まあ休憩をはさむ場合もあるけどさ、五日間くらいぶっつづけで討論するときもあるんだよ」
「いまは、そんなことになってるんですか」
おじいちゃんは布団に寝っ転がりながら、うまくお口の角度をつくってサイダーを飲んでいた。
「あっ! 映った! 沢倉くん、いま見た?」
「なにがですか?」
「うーんと、あっ! コイツ、コイツ。この細くてダブダブの紺の背広着てるコイツ。わかった? コイツさ、しょっちゅうこの討論番組見にきてるんだよ。でさ、たまに見てる奴らにも意見きくときあるでしょ? それでコイツはそのときものすごく積極的に『ハイ、ハイ!』って手ぇ上げるからさ、よく指されて意見言うんだよ。でもさ、それがすごいんだよ。めちゃめちゃとんちんかんなんだ。コイツ、なんかヘンな奴なんだよ」
おじいちゃんのこの和室の片すみには、お歳暮かなんかでもらったような毛布の空き箱が置いてあって、そこにはチップスターだとかベビースターラーメンの六連ミニパックだとかカップラーメンだとかカップ焼きそばだとかが、きちんと並べられてあった。
一般的なイメージからすると、お年寄りというのはあまりこういう類いのものは好まないはずだが、サイダーの飲みっぷりから推測するに十中八九おじいちゃんの食料だった。
もちろん、ぼくはそこらへんのことをおじいちゃんに確認したわけではない。しかし、
「あっ、アイツ、うにせん食ってる」
とテレビを指さしながら見ていたおじいちゃんに、てきとうにうまい棒を手渡してみると、おじいちゃんはそれを無言のまま受け取ったのちに無言のまま食べだしていたので、
「ふむふむ――やはり食べ慣れている感じだな」
確認しなくてもそのことは明白だということができるのである。
「うまい棒のこと、一郎にはゼッテー言うなよ」
「一郎さん?」
「おれの息子。長男。食べちゃダメだって、言われてるんだ」




