33
その33
かつての姉はやさしくて、しょっちゅうぼくや京子に手製の料理を作ってくれた。
ぼくたちは子どもだったので、ホットケーキ、焼きそば、お好み焼きの、いわゆる「鉄板三部作」をリクエストしては、
「わーい! やったー! おいしい! おいしいよ、お姉ちゃん」
とよろこんでいたのだが、そのせいか、姉はその後、鉄板ものにたいしては絶対的な自信を持つようになり、それによって幸福感を味わったぼくも鉄板を学生カバンに常時しのばせている化粧のきつい女学生たちのことを、きょうだい思いのやさしいお姉さんタイプの集団なんだと成人するまで買い被っていた。
しかしぼくだけが不良系女子を買い被っていたのではない。そのころは世の中全体がスケバンだかヤンキーだかを過大評価していたのだ。そもそもぼくは斉藤由貴よりも天地真理のほうが好きだし、南野陽子よりも太田裕美のほうが好きだし、浅香唯よりも小野お通を演じたときの竹下景子のほうが好きなのだ。
「怖い系でグッときたのは賀川雪絵ちゃんくらいだな……」
「なにぶつぶつ言ってんの?」
「ん」
「話、聞いてた?」
「いや、ちょっと聞いてなかった」
「ここにちゃんと〝K〟って、イニシャル書いてあるでしょ!」
姉は紙パックのマミーに大きく書いてある「K」という自身のイニシャルをポンポンポンと大げさに指でたたきながらそう言った。
「おれはKだぜ」
「ふーん、じゃあ、あなた、このマミー買ったの? ねえ、買ったの? 買ったの? 買ったの? 買ったの? 買ったの? 買ったの? 買ったの? どうなのよ!」
姉は紙パックのマミーをあたかも印籠のように眼前に押しつけてきて、
「どうなのよ! どうなのよ!」
とすごい形相で連呼してきたので、ぼくは姉が持っているマミーをひったくって、姉の見ている目の前でごくごくごくと全部飲み干してやった。
「『ぐんぐんグルト』っていう、マミーにとてもよく似たお飲み物が発売されているのを、お姉ちゃんは知っているかい?」
「え」
「昔のマミーはいまのマミーより味がきつかったよね。誰かさんと反対だ」
「え」
「もう生涯、お姉ちゃんのマミーは飲まないよ。なぜならば、おれはこの家を出るからなのだ!」
ぼくはドンドンドンと激越な足取りで二階にあがって自分のミニミニ金庫から二千円札を取り出し、また一階に降りて、
「マミー代だ!」
とテーブルにそれを叩きつけたのちに、おもてへ飛び出した。




