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その32
家にもどると親父もお袋も姉も妹もいなかったので、ぼくは洗面所で悠々と手を洗って、それから冷蔵庫に入っていた紙パックのマミーを、のどを鳴らしながらたてつづけに湯呑みで三杯飲んだ。
ごくごくのどを鳴らしたのちは、ローリングしたことによってなにげに汚れてしまっていた服を洗濯機のなかに放り込み、そしてあたらしい服に着替えた。
あたらしい服を身につけると、ぼくは「すすむ叔父さんに相談する」という事柄をどんどん前に進めていく気持ちになった。
ぼくはすすむ叔父さんの電話番号を知らなかったので、自宅電話近辺のどこかの引出しに入っている住所録のようなものでまずはすすむ叔父さんの電話番号をしらべることにした。で、すすむ叔父さんの携帯の番号をどうにかみつけて、いよいよすすむ叔父さんに電話してみると、すすむ叔父さんは五、六回呼び出し音が鳴ったのちに、
「もしもし!」
とかなり元気よく出てくれたのだが、しかしすすむ叔父さんはいまなんだか手がはなせない仕事だか急ぎの用事だかがあるようで、
「一時間くらいしたら、こっちから電話かけるよ。お前、携帯持ってんだろ?」
とのことなのだった。
ぼくは、仕事の知り合いから電話がかかってくるから、いったん止めちゃったんだ、うんぬんとすすむ叔父さんに説明したのちに、
「ずっと自宅で待ってますよ」
と言って受話器を置いたのだけれど、そのあと応接間のソファーでしばしぼぉっとしていると、どこからか、ピピピピピピィーという音がきこえてくることになって、
「ん? あっ、電話じゃなくて洗濯機か」
だからぼくはとりあえずそれを干してしまうことにする。
「よし、これで終わり」
洗濯物をすべて干してしまったあとは、すすむ叔父さんがかけてくる電話にすぐ出られるように、文庫本を一冊持ってまた一階に降りたのだが、それを読んでいると、やがてすすむ叔父さんから電話がかかってきて、そんなわけで、ぼくはいよいよすすむ叔父さんに仕事のことで相談することとあいなった。
「――というわけなんですよ。すすむ叔父さん」
ぼくがだいたいの事情を説明すると、すすむ叔父さんは、
「なんだか、訳わからんな」
と言った。
「なにか、いい仕事ありますか?」
「いいかどうかはわかんねぇけど、いくつかあるよ。まあたくみに向いているかどうかは何ともいえねぇけどな」
それから電話では何だからということで、ぼくはすすむ叔父さんと〈三途の川〉で落ち合って、お話しすることにおかげさまでなったのだけれど、それは雑談しているなかですすむ叔父さんがときどき日頃の疲れをとるために〈三途の川〉に行っているときいたからで、しかも今日の夕方はちょうど〈三途の川〉でくつろぐ予定になっているらしく、
「そこで温泉にでも入りながら、じっくり話し合って、それでお前、決めればいいじゃん。知ってんだろ? あそこの健康センター」
と話がたまたま展開したからなのだ。
すすむ叔父さんの、
「知ってんだろ?」
という問い掛けには、ぼくはもちろん〈三途の川〉をよく知っているわけだから、
「はい」
とこたえて電話を切ったのだが、昔からたよりになるすすむ叔父さんの元気な声をきいたからか、受話器を置いたとたんに将来の希望というか、明るい未来というか、玲子との愛の生活というか、玲子とオーバーオールとの幸せな人生というか、そういう良いイメージがあたまの中にたくさんうかんでくることになって、それで意味もなく握りこぶしを高くかかげたり、
「いつもサンキューな」
とオーブントースターにしゃべりかけたりしながら部屋中をダンス(強いて言えば阿波踊りタイプ)するように動きまわったのだけれど、ニヤニヤデレデレしつつキッチン方向まで踊って行くと、キッチンにはいつのまにか、キィキキイキイでお馴染みの姉が紙パックを右手に持ちながら仁王立ちしていて、姉はぼくと目が合うと、
「たくみ! わたしのマミー飲んだでしょ!」
と殺気立った剣幕で怒鳴ってきた。




