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その22
ポテトチップスの四人は、
「これからバイトですので」
とやがて自転車で去って行った。
去り際にNORISHIOくんは、
「きょうはサワー類が半額ですよ、先生」
と三原さんに言っていて、どうやらNORISHIOくんは居酒屋でアルバイトしているようだったが、それをきいて、
「今晩一杯どうですか?」
と初めて飲みに誘ってくれた、もしかしたら将来義理のお兄さんになるかもしれない三原さんに、ぼくは居酒屋で飲んだり食べたりするのが大好きなのにもかかわらず、
「すみません。今晩は予定がありまして……」
とこたえていて――つまり、どうしてお断りしたかというと、この日の夜は図書館で働いているタカシナさんとそのお友だちさんたちとでヒデタ支那虎のショーを鑑賞することになっていたからなのである。
タカシナさんたちとは現地で待ち合わせということになっているので、ぼくは、
「早めに行くぶんにはいいだろう」
と思って〈三途の川〉に待ち合わせ時間よりだいぶ早く行くことにしたのだけれど、それはせっかちだからとか時間に遅れたくないからというよりも、どちらかといえば長時間の入浴でも短時間の入浴でも〈三途の川〉はおなじ料金だから、それならばなるべく精一杯入っておこうという計算があったためで、この発想は民宿の部屋から見える夕陽を、
「ほら、良一、ママ、見てごらん。きれーな夕陽だぁ。うわぁ……こんなきれいな夕陽、ここじゃないと見られないよ。来てよかったねぇ」
と必要以上に浴びまくる勤め人の父さんたちと通ずるものがあるのかもしれない。
ところでぼくは、幼少のころから誕生日のたびにここに来ては熱い湯に入っているからか、かなりサウナには強い。
最初の三十分を終えて冷たい風呂にざぶんと入ると、いつものように天井が傾いたのちに右回りに回転していったが、ぼくはこんなことは今までの人生でそれこそ何十回と経験してきていたので、あせったりおどろいたりするどころか、むしろこの目がまわっている状態を味わいながら思う存分楽しんでいる、いっぱいエンジョイしちゃっている、というくらいで、ふらつく自分のからだを支えるために水風呂に取り付けてある手すりにつかまりながらも、この楽しさは幼児が好んでおこなうあのぐるぐるまわりと通ずるものがあるのかもしれないと考えるくらい余裕があったのだった。
サウナ室にて汗をかき、冷たい風呂で目をまわす、というのを三回つづけたのちに湯のほうに移行する。
健康センター〈三途の川〉にあるいろいろな湯の中でぼくは「しびれ湯」というのを、いちばん苦手としていた。
これからタカシナさんたちとヒデタ支那虎の歌謡ショーを観るということで気力体力ともに充実しているこの日はちょうどいい機会なので、練習しておこうと思った。
そんなわけでとりあえず、しびれ湯の中にまずは入ってみることにしたのだが、湯に首までつかって一分ほどすると、案の定からだのいたるところがなんとなくびりびりとしびれだしてきて、ぼくは、
「やっぱり、おれはしびれ湯を苦手としているのだなぁ……」
と早くもくじけそうになった。で、これは手の内を変えてのぞまないと、とてもじゃないけれど太刀打ちできないと思っていったんしびれ湯からあがり、ぼくにとってはなぜかしびれを中和する作用がある「泡湯」に移動して、その泡湯の中で、泡の中にたたずみながら、今後のサウナ人生についてゆっくり検討してみることにしたのだが、泡湯の中には、からだはおろか顔ぜんたいもすべて泡泡泡泡泡泡泡泡になっている人がぷかぷか浮いていて、ぼくは、
「ここにいる旦那は、お湯に入りすぎて、のぼせて意識が朦朧としてしまって、顔じゅう泡泡になっていることに気がつかないでいるのかもしれない。そして呼吸が苦しくて困っているかもしれない」
とその人を見て思ったので、その人の顔についている泡を自分のお手手でやさしくていねいに拭き拭きして泡泡泡泡泡泡泡泡をだいたい泡泡泡程度になるくらい取り除いてあげてから、
「だいじょうぶですか?」
と声をかけた。
「ええ。ありがとうございます。でも、大丈夫なのですよ。これで、ちゃんと呼吸もできていますし、必要とあらば、しゃべることもできるのです」
それからその人は、
「あれぇ? 沢倉さんじゃないですか!」
と言った。
「ああ! 三原さん!」
「『予定がある』というのは、このことだったのですか」
「そうなんです」
ぼくは、ショーが始まるまでまだ時間があるから、しびれ湯の練習をしていたんです、と三原さんに説明した。
三原さんは、
「じゃあ、おしえてあげますよ」
とのことだった。




