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その20
ぶっとびボヴァリーズに大勝し、自身も三打数三安打、ノーエラーと大活躍だったので、試合後のひとみちゃんは終始ご機嫌だったのだけれど、ぼくは試合の中盤から、いつのまにかひとみちゃんのお兄さんの三原民吾氏と話し込むことになっていたので、試合後の昼食会でもひとみちゃんとは、
「あさ美お姉さんて、誰なの?」
「三十五、六のポータブルゲーム好きの婦人」
という程度しか会話する機会がなかった。
ところで、その三原民吾さんは、
「それじゃあブルーシートは、常時持参しているのですか?」
というようなことに、どうやら関心をもっているらしいのである。
「そうなんです。でも、これから寒さが本格的になってきますから、どのようにして凌ごうかと、いまは考えているのですけれども……」
「そうですよねぇ。もうすぐ冬に入ってきますものね……あの、寝袋というのは、どうなんでしょうね。あれだったら、寒さは防げるかもしれませんよ」
「そうですね。寝袋かぁ……それはいいかもしれないですね」
「沢倉さん。どうか気を悪くしないでください。べつにわたしはふざけたり茶化したりしているわけではないのです。ただ、なんというか……わたしは、あの……わたしの師匠は、毎日バードウォッチングみたいなことをしているのですけれども、つまり……わたしは……そういう感じを、めざしているのです」
「それじゃあ、どちらかというと、のらくらさんになるのを……」
「そうですね。そういうことになります」
「でも、どうして、そちらさんのほうを、めざしているのですか?」
「その……つまりですね……駅前のコンビニエンスストアなどで、冬に学校帰りの地味な女の子たちが肉まんを、あっ、それは、あんまんかもわかりませんけれども……とにかくそういうものを、ほおばっていますよねぇ」
「たぶん、肉まんじゃないですかね。だいたい」
「ええ。わたしもそう思っているのです。それで……そのう……なんでしたっけ?」
「学校帰りの地味な女の子たちが、おそらく肉まんをほおばっている、というところまでです」
「ああ、そうでしたね。肉まんをほおばっている。そのとき、冬ですから、とうぜん寒いのですけれども、まだ学生でお腹がすいていますから、すぐその場で、もちろん店の外ですけれども……食べるのです。そのとき、おそらく、納得できる味だったからだと思うのですが、彼女たちは肉まんをほおばりながら、お互いにときどき見つめあって、クスクス笑ったりなどします。場合によっては『おいしいね』というような会話もはさんだりもするのです」
「ふむふむ」
「彼女たちはもうそれなりに大人で、つまり幼児のように純粋というわけではありませんが、それでもやはり、その肉まんをほおばって笑っている……その、一生懸命肉まんをほおばっている……その一瞬はとても無邪気で、なにかしら、わたしの心に突き刺さってくるのです。しかし彼女たちもそのあと三年もすればそのように肉まんなどはほおばりません。わたしはそれを知っています。ですから、それを、わたしは、知っていますから、つまり、なんというか……そのことを思うと、悲しくなってしまうのです――わたしは二十代の後半を生きている人間です。沢倉さんは、失礼ですけれども、おいくつなのですか?」
「今年二十七歳です」
「それじゃあ、わたしよりふたつくらい下なのですね。とにかく、この年齢を生きている人間にとって、この心境……つまり、悲しくなってしまったりする、というようなことは、ひたすら重荷であるばかりで、ただ生きていくだけでも、たいへんですが……さらに、重荷によって……つまり、生きていくのが、よりたいへんになってしまうのです」
「うんうん……」
「そういうわけでわたしは、二年ほど前からのらくらさんになることにしたのです。しかしほんとうはのらくらな事柄を勤勉に取り組みたいのかもしれません……そうですね……わたしが本当にやりたいことは、そういうことです」




