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その13
日が暮れるまでバルザックを読んで、
「そろそろ帰ろうかな」
と図書館を出たときには、もう雨はすっかりあがっていた。
図書館から家までの道すがらには〈三途の川〉という健康センターがあるのだけれど、この健康センターはサウナなどのほかにも宴会ホールのようなものもあるからか、いつでも大盛況で、ちなみにぼくの家も家族の誰かが誕生日だったりすると、たいていこの〈三途の川〉に出向いてそれを祝っている。
去年のぼくの誕生日のときも家族でこの〈三途の川〉に行くことになって、さすがにもう子どもじゃないわけだから、ぼくは内心相当億劫だったのだけれど、京子に腕を引っ張られるような感じでしかたなくこの〈三途の川〉に来てみると、
「フランク・シナトラっぽい感じなのかな……」
その日はたまたま〝ヒデタ支那虎〟という名前の中年歌手の歌謡ショーがおこなわれることになっていたのである。
そんなわけで、ぼくはサウナを堪能したのちにビールを飲みつつこの歌謡ショーを観ることになったのだが、ヒデタ支那虎という歌手はこの界隈でしか知られていないけれど、歌声というか歌唱力というか……とにかくヒデタのうたう歌そのものは、ビールを飲みながらいい加減に聴いていても最後にはビールを置いて正座して聴き入ってしまうくらいすばらしいものだった。
「カセット買っちゃおうかな」
「お兄ちゃん、わたし録音してあるよ」
「ホントか?」
「うん――話し声とかいっぱい入っちゃってるだろうけど」
けっきょくその日を境にぼくたち家族はすっかりヒデタ支那虎の大ファンになってしまったのだがところで、大ファンと言いつつカセットも買っていないし、このこともすっかり忘れていたのだが、今晩××市民テレビの「ゴーゴーミュージックショー」に、そのヒデタ支那虎が生出演することになっているのだ。




