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ズルタン戦記  作者: えんせい


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2/23

2、兄


このようにして一命を取り留めた赤子であった。しかしこれはまだ、過酷な運命の、ほんの序章に過ぎなかった。


あの不思議な夜から、3日後の朝。ズグリ・ウィドックスが、我が家に到着した。当のズグリは悩み顔である。悩みの種は、勢い子供を引き受けてしまったものの、さてどのようにして家族に説明しようかというものだった。


普段は、自分が利益を得るためなら手段を選ばず、自由・平等・博愛という言葉が何よりも嫌いな男なのだ。そんな男がいきなり、捨て子を拾ったと言おうものなら、俺の威厳が保てんと、少しねじ曲がった自尊心をズグリは、人知れず発揮していた。


しかし他に、案を考えるにしてもどこか、不自然になってしまうため少し癪に障るが、王都から帰る途中に捨てられていたと、説明することに決めた。


木造で、それほど大きくない家だが、ズグリは我が家が大好きだった。辺鄙な村の中ではあるが、このあたりでは一番大きく、それが何より彼の自尊心を、満足させた。何より、7日だけとは言え、帰ってきたときの安心感は、格別であった。


「おーい帰ったぞ!ドアを開けてくれ!」


ズグリは、嬉しそうに叫んだ。


「今お開け致します。お待ちください。」


使用人のラシケスが出迎え、ドアを開けた。


「聞いてくれよラシケス!王都から帰る途中に赤子が、捨てられていてな!可哀そうだから拾って帰ってきちまった。今日から、俺の子供として育てることにするよ。」


ラシケスは、内心少し驚いて瞳孔が一瞬開きかけた。この男がそんな慈善的な行為を、普段から罵っているのを聞いていたし、何より当のズグリは、そんなことを絶対にしない男だと10年にも及ぶ付き合いで、知りすぎるほど知っているからである。


だが普段から、落ち着き払っているこの男は、すぐに平静を取り戻し、人間であればあれこれ問い詰めたい、好奇心が湧きもしたが、そんなことを聞けば、ズグリの機嫌が悪くなることを、知っているため「それは、素晴らしいですねズグリ様。貴方様は愛の化身です。」と大袈裟に褒めただけに、留めた。


「ははっ!そうだろ!そうだろ!ところでフォルトゥーナは、どこだ?」


「フォルトゥーナお坊ちゃんは、今遊びに出かけていらっしゃいます。」


「そうか土産も用意してある!王都に行ってきたついでに買った、お菓子だ。」


「ありがとうございます。」


赤子を投げ入れようとしていた男とは思えないが、彼はラシケスのことが気に入っていた。なぜなら彼は、有能だからだ。家事、犬の普段の世話などは、ほとんどこのラシケスが担当している。仕事は丁寧で素早く、常に気配りを欠かさずそれでいて文句の一つも言ったことがない。だがその何よりも、ラシケスの無口なところが好きだった。彼は多弁な人間、特にべらべら喋る人間を見るだけで虫唾が走るタイプの人間であり、女が井戸端会議などで他人の噂話をしているのを見ると、内心悪態をつくのだった。


彼の妻も無口な女であり、そんなところを気に入って結婚したのだったが、3年前に息子のフォルトゥーナを、出産したときに亡くなってしまったのだった。以来、この家には、ズグリ、息子のフォルトゥーナ、召使のラシケス、そして沢山の犬達が生活していた。


ズグリは、旅の疲れをすぐに癒したかったが、犬達の調子が気になり、犬舎を見に行った。彼は、物心ついたそのときから、犬が大好きだった。訓練さえすれば自分の忠実な下部となってくれるからだ。特に狩りをする姿が好きで好きで堪らなかった。訓練され統率された動きで、哀れな獲物を追い込んでいくその姿が、犬の筋肉が躍動する、その姿が心底美しいと思った。


ズグリが、10歳ぐらいのときのことである。父親から犬を調教するよう命令された。代々、犬の調教師の家系ウィドックス家の伝統で、まず最初に気性の荒い犬を我が物とすることが、義務づけられていた。普段から誰彼かまわず噛みつき、吠え休むことを知らない狂犬をズグリは、たった3日で完全に調教したとき彼は兄を差し置きウィドックス家の、次期当主となることが決まったのである。


彼は、犬が元気だとわかると、さらに上機嫌になった。その後湯あみをし、果実酒を数杯あおり、2階の自室のベットに入り、寝てしまった。


夢を見た気がする。不思議な夢だった。昔飼っていたズルタンという犬の夢だった。


もう辺りは、薄暗くなっていた。下では食事の準備が進んでいるのか、いい臭いが漂ってきている。ズグリは、服を着替え下に降りた。下に降りると食卓においしそうな、出来立ての料理が並んでいた。そして世界の何よりも愛する、3歳になるかわいい1人息子のフォルトゥーナが座っていた。


「お父様、お帰りなさいませ!」


フォルトゥーナが、満面の笑みで元気よく答えた。


「フォルトゥーナ!元気だったか。この7日何があった。聞かせておくれ。」


彼も、満面の笑みだった。街に出れば冷笑と嘲笑ばかりする下品な、それでいて弁えるところでは、権力者に媚びを完璧に売ることのできる世渡り上手な男が、息子の前では、本心から優しい父親になった。彼は、フォルトゥーナを溺愛していた。それはフォルトゥーナの見た目が天使と見間違うほど美しい容姿を、持っていたこともそうだが何よりその明晰な頭脳が、彼を沈溺させた。


フォルトゥーナは、この7日あったことを理路整然と話した。


「そうかそうか!そんなことがあったのか!」


「はい!とても充実した7日間でした。お父様は、王都はどうでしたか?」


「いや待て!フォルトゥーナその前に重大発表がある。」


「あの赤子のことでございますか、もしかしてさる貴族の、ご子息とかですか?」


フォルトゥーナは、自分の父親の性格を、この年でほぼ完璧に見抜いていた。彼がただの慈善で、今にも死にそうな赤子を拾ってくるはずがなかった。それに馬車には、毛皮が、それも特に最上級のものが、積まれているのを見て推測し、鎌をかけこの男の反応から事の真相を探ろうとした。それにルオーニス王国では、王子が死産と発表されていたのを知っていたので、もしかするとこれはルオーニス王国の王子ではないかと疑い始めていた。


ズグリは、一瞬どきりとした。この子の頭脳は鋭るどい、いや鋭過ぎるぐらいだと思った。我が息子ながら時に恐ろしくなるほどだ、だが同時に、いやそれ以上に将来が楽しみでもあった。


「違うぞフォルトゥーナよ、この子は、名前もわからぬ橋の上に捨てられておったのだ。いや儂も通り過ぎようかと思うたが、この赤子な儂を大きな瞳で見つめてくるのだよ、それで哀れと思って持ち上げたとき、こやつ儂の腕を掴み離してくれなんだ。儂はそのとき人間の生命力の美しさを感じての、それで儂の息子として育てることに決めたのだよ。」


ズグリは、父の一瞬の動揺を見逃さなかった。


「そうなんですか!お父様は本当にお優しい。」


「うむ!うむ!」


ズグリは、満足げに呟いた。


やれやれこれで確定だなと、フォルトゥーナは思った。


「(この子は、高い確率でルオーニス王国の王子だ。見たところ体が弱そうなので、父に養子に出したのだろう。以前から国王と父は懇意にしていたしな。別に不思議ではない。だがまだ確証はない。父は、酒好きだから後々酔っぱらったときに、ラシケスにいろいろ話すだろう。ラシケスは、ラシケスで街の酒場でこのことを、漏らすだろうからしばらくしたら酒場の主人に、聞いてみればいいだけのことだ。それにしても弟か、、。」)


彼は、自分の父親があまり好きではなかった。なぜなら彼が意地汚くプライドのない人間だということをこの3年間の生活で、知ったからだ。だが将来確実に自分が、ウィドックス家の次期当主となるため表面上は、理想の息子を装っていた。自分の頭脳をもってすれば王国の要職に就くことも可能だろうと思った、しかし彼はそんなことには興味がなかった。彼はこの年にして、精神の自由とか、人間の幸福とは何だろうという哲学的なことをすでに考え始めていた。そして彼は、考えぬいた末、自分の周囲の人をできるだけ幸せにしようと決めた。人の笑顔、喜んでいる姿を見るのが何より好きだったからだ。将来は、ウィドックス家の当主となり、村の貧しい人々に支援をすることを夢としていた。


「ところでお父様!名前は、どうしますか?」


「それならもう決めてあるぞ!ズルタンだ!昔うちに老犬がいたことがある、そいつはもう歯が抜けちまって役立たずになっちまったもんで、俺の父上が殺そうと決めたんだが、結局なぜか殺せず天寿を全うした犬の名前だ。父上のあんな姿を見たのは初めてだった。何しろ年を食って役立たずになった犬は、すぐに殺しちまってたからな。さっき寝たときに夢の中に出てきやがった!これも何かの啓示だ!だから今日からこいつは、ズルタン!ズルタンだ!」


「ズルタン!とってもいい名前ですね!」


フォルトゥーナは、うれしくなってズルタンが寝ている2階の部屋に走って駆け込んだ。


「今日からお前はズルタンだよ!お前のお兄さんだ!ズルタンお前を世界一幸せにしてあげるよ!」


フォルトゥーナは、心の底から嬉しそうな笑顔でズルタンを見つめた。





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